第三十二話『腐爛』
「一足遅かったな」
吹き飛ばした扉を踏み越え近づいてくる天平に青駕来が言う。
「俺はお前を探してたんだよ。青駕来」
天平は拝揖院を出たあと、青駕来の住むアパートへ。
そこで戦闘を終えた直後の禅と遭遇し話を聞いた。
青駕来を探して駆け回っていたところ、青駕来──というより腐端正の霊気とでも言うべき気配を感じ、池袋にあるこの風俗店までやって来たのだ。
「それは誰だ?」
汚泥と化した甘楽を指して天平が問う。
「ザナドゥの製造者さ」
得意気な青駕来。
「これで問題は解決だ」
天平は何かを言いかけ、やめた。
息を吸い、そして吐く。
「拝揖院禍霊対策局第二部隊、帚木天平だ。拘束させてもらうぞ。禍仕分手」
パンッと手を叩き間世に転移し、臨戦態勢。
「拘束ね」
今度はすぐ現世に戻るようなことはせず、青駕来も臨戦態勢をとる。
「殺すと言えないのか?」
「お前とは違うんだよ! "明星"!」
憑霊術を発動。
球体の一つを前方に固定し、手を銃の形にして構える。
「"明星・射光"!」
球体からレーザービームが放たれる。
それは青駕来から放たれている紫黒色の光を素通りし迫る。
「ふん」
青駕来は最小限の動きでそれを回避すると、お返しとばかりに紫黒色の光を天平に向けて放つ。
天平はそれを球体との位置交換で回避。
「"明星・射光"」
位置を交換した先で再びレーザービームを放つ。
天平は入れ替わる先に、必ず二つの球体を用意している。
縦に並ぶ形で浮遊している二つの球体の、後方の球体と位置を交換。
それにより前方の球体からすぐにレーザービームを放てる。
そのやり方であらゆる方向から青駕来にレーザービームを浴びせる。
「ちぃっ!」
あらゆる方向から次々と飛んでくるレーザービームへの対処に追われる青駕来。
「"泥濘れ"」
紫黒色の光が粘性を帯びてゆき、やがて発光する泥に変わる。
その泥で壁を作りレーザービームを防ぐ。
さらに青駕来は泥を触手のような形に変え、鞭のようにしならせる。
振り回される泥の鞭を回避する天平。
その状況でもレーザービームを放ち続ける。
「中々やる」
青駕来は泥で大剣を作り、接近戦を仕掛ける。
しかし天平は乗らず、相変わらず位置交換を繰り返しながらレーザービームを放ち続ける。
「逃げ腰だな」
嘲るように青駕来が言う。
「なら、逃げ道を潰してやろう」
泥の触手を、周囲に浮遊している球体にけしかける。
球体が無くなってしまえば、位置交換による瞬間移動も出来なくなる。
「ちっ!」
天平は球体を操作し、泥の鞭を回避させる。
球体の操作に意識を向ける天平に、青駕来が迫る。
「っ!」
振るわれる泥の大剣をしゃがんでかわす。
そのまま後退し、レーザービームを放つが大剣で防がれる。
その間にも泥の触手による球体への攻撃は続いており、天平はなんとか回避させ続けている。
「いつまでもつか見ものだな」
大剣を両手で振りかざし追撃を仕掛ける青駕来。
天平はそれを回避しながら、五つの球体をすべて上空に移動させる。
そして人差し指を天に向け、
「"明星・遍照"」
抖擻発動により全方位へ強烈な光と熱を放射。
「なんっ……があああああああああっ!」
光を浴び熱に焼かれ、青駕来は両腕で顔をかばうように覆う。
その隙をついて、天平は距離を取り五つの球体を自身の前方へ集める。
五角形に配置し、銃の形にした手を構える。
「"明星・射光"──"光芒桔梗"!」
「っ!?」
五角形のレーザービームが放たれる。
青駕来はとっさに泥をすべて収束した壁で防御。
直撃した瞬間、大爆発。
地下室の屋根も壁もすべて吹き飛び、爆風と土砂が荒れ狂う。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
爆風で地上へと吹き飛ばされた青駕来を追って天平も地上へ。
その彼を肩で息をしている青駕来が睨む。
レーザービームの直撃は避けたものの、すぐ目の前で発生した爆発の熱と衝撃でそれなりのダメージを受けたようだ。
「もう少し威力あげてよかったか」
天平が悔しげに呟く。
あくまで目的は捕らえること。
殺さないようにと威力を調節したが、無力化するには少し不足だったようだ。
「今の一撃で……仕留めるべきだったな」
青駕来が右手で刀印を作ろうとする。
「させるかよ!」
禅は当然、天平と青駕来が掛祀禍終を使えるという情報を共有している。
先程までのレーザービームの乱れ撃ちも掛祀禍終の発動を防ぐため。
掛祀禍終の発動には必ず刀印を組む必要がある。
刀印を組ませさえしなければ、発動そのものを防ぐことができる。
「"明星・射光"!」
「ちぃっ!」
再びレーザービームの乱れ撃ちが始まる。
回避と防御に追われる青駕来。
それでも動きながら刀印を組もうとする。
しかし、
「"明星・遍照"!」
「っ!」
強烈な光と熱から顔を守るため、その行為を中断せざるを得ない。
──このまま押し切る!
射光と遍照の繰り返しで青駕来に刀印を組む暇を与えない天平の作戦は極めて上手く行っている。
しかし天平は知らない。
刀印を組む手は必ずしも自分のものでなくとも良いということを。
「んっ?」
青駕来の後方で発光する泥が柱のような形に盛り上がる。
次第にそれは人間の手のような形に。
そしてそれが、刀印を組む。
「おい……まさか……」
冷や汗とともに最悪の可能性が脳裏に浮かぶ。
阻止するための行動を起こす前に、それは現実となった。
「"掛祀禍終"──"蓮迄溷腐端正"」
青駕来の口から最も聞きたくなかった言葉が放たれ、汚泥で穢れた三面六臂の阿修羅が顕れる。
八つん這いの体勢で青駕来の背後に控えるそれを見て、天平は息を呑む。
「そんなのアリかよ……」
まったく想像もしていなかった方法で掛祀禍終を発動され驚いた顔の天平を見て、青駕来は見下すような笑みを浮かべる。
「弑逆礼法とやらは使わないのか? 先ほどのチャラついた坊主はそれで対抗してきたぞ」
──そりゃ使えるなら使うさ……。
天平が口には出さず反論する。
弑逆礼法は結界術に分類されるもので、憑霊術とはまったくの別物。
習得には当然、長い訓練が必要。
つい二ヶ月ほど前にこの世界に入った天平に扱えるものではない。
「どうやら使えないようだな」
天平の反応から彼が弑逆礼法を使えないと判断した青駕来。
腐端正の正面の顔の頭部に乗り、そのまま天平へ突進させる。
「"泥濘れ"」
周囲の地面一帯が泥沼と化す。
「くっ!」
足を泥沼にとられる。
位置交換で抜け出そうとするが発動しない。
蓮迄溷腐端正の力によって拘束されている以上、それから抜け出そうと能力を発動しても神威によって無効化されてしまうのだ。
身動きの取れない天平を腐端正の拳が殴りつけた。
「があっ……! ごふっ……!」
数メートル殴り飛ばされ、ビルの壁に激突。
おかげで泥沼からは脱出できたが、殴られた衝撃で血を吐き、腹部も爛れている。
「嬲り殺しだな」
腐端正が天平に迫る。
動くたびに泥沼の範囲が拡大していく。
「ちっ!」
天平は再び五つの球体を五角形に配置。
「"明星・射光"──"光芒桔梗"!」
五角形のレーザービームが放たれる。
先ほど放ったものより遥に威力の大きいそれはしかし、腐端正に手で軽く握りつぶされる。
神威──亜神、或いは擬神の放つ神の威光──によって同じ神の領域にいる者以外の力は無効化される。
それがどれ程の威力だったとしても、存在そのものの格が違う以上、一切通じないのだ。
「くそっ!」
再び泥沼に足をとられる前に、天平は球体をできる限り遠くへ飛ばし位置を入れ替えた。
それにより青駕来と腐端正から大きく距離を取ることに成功。
しかし、
「"蓮迄溷腐端正・羅睺"」
八つん這いの体勢から腐端正が猛然と立ち上がり駆け出す。
「は、速えええええええっ!」
あっという間に距離を詰めてくる腐端正に慄く天平。
「純礼ちゃんが居たら『速いんじゃなくてストライドが広いだけよ』って言いそうだなぁ。とか言ってる場合じゃない! うおおおお!」
一人で大騒ぎする天平。
球体を遥か上空へ。
それと位置を交換し池袋のビル群を飛び移りながら逃げる。
「無駄だ」
腐端正が巨体に似つかわしくない身軽さでジャンプ。
そして、大きな手で空中の天平を捉え、バレーボールのスパイクの如くに叩き落とした。
「ぐわああああああああああああああああああっ!」
空中からビル数棟を突き破り地面へと叩きつけられた天平。
「かっ……はっ……!」
全身から血を流し、立ち上がる力も沸かない。
「終わりだな」
青駕来が冷たく言い放つ。
腐端正を自分の元へ戻し、再び頭部に乗る。
そしてトドメを刺すべく進軍。
腐端正の足音が地鳴りのように響く。
天平はそれを聞きながら、薄れゆく意識の中で、以前に喬示とかわした会話を思い出していた。




