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眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO  作者: タカノ
第二章
29/58

第二十九話『ドミナント』

 荒川区のとあるアパート。

 その一室に私刑人こと青駕来滾は住んでいた。

 青駕来はヘッドショップでの戦いのあと帰宅。

 服を着替え、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを一気に飲み干し一息つく。


──顔を見られた。拝揖院がどの程度の組織かは分からないが、いずれ身元を特定されるだろうな。


 そして、これからについて考える。


──その前にザナドゥの件はケリをつける。その後は……あの男の元へ行くか?


「まぁ良い。考えるのは後だ。先ずは……」


 行動を開始しようとした、その瞬間、


「禍仕分手」


 何処からともなく声が聞こえた。


「……なに?」


 不意に耳元で聞こえた声と手を叩く音。

 それにより間世に転移された青駕来は一歩も動かず周囲を警戒する。


──なんだ? どこから聞こえた?


 間世の自分の部屋を見渡す。

 窓も開いていない密室で、室内には自分だけ。

 そんな状況で、今自分は一体誰の声を聞いたのか?

 答えは、衝撃とともにやって来た。


「っ!?」


 轟音が届き、次の瞬間には窓ガラスが叩き割られる。

 散らばるガラスを踏みつけ、一人の男が部屋に侵入する。

 黒い法衣に袈裟。

 服装に似つかわしくない派手な色の髪と両耳にピアス。

 右手には錫杖を握っている。


「ど〜もっす! 青駕来滾さんっすね? 憑霊術を用いた連続殺人の罪で拘束させてもらうっす」


「拝揖院か。ずいぶん早いな。それに乱暴な登場だ」


「インターホン押したほうが良かったすか?」


 現れた男──禅の軽口を無視し、青駕来は動く。


「"腐端正"」


 光が発生し、禅に迫る。

 禅はぴょんと後退し、ベランダの手すりに乗る。


──帚木くんの報告通り、光に触れたものを腐らせる能力っすね。


 光の触れた窓ガラスの破片と床が腐り落ちたのを見て、情報を整理する。


「ま、当たらなきゃどうってことないすね」


「"泥濘(ぬか)れ"」


 禅が行動を始めるより早く、青駕来がさらなる手を打つ。

 光が粘性を帯び、やがて発光する泥のような物質に。

 それは床からアパート全体をつたい腐らせ、アパートを崩落させる。


「うおおっ!?」


 手すりから飛び跳ね、崩落から逃れる。

 そこへ触手のような形になった発光する泥が迫る。


「よっ! ほっ!」


 それを身軽な動きでかわす。


「こっちもいくっすよ」

 

 そして右手に持った錫杖をかざす。


「"遥谺(はるか)()"」


 錫杖の遊環が擦れ、しゃらんしゃらんと音を鳴らす。

 その音は周囲に反響する。

 何度も何度も反響を繰り返し、その度に音が大きくなる。


「なんだ……?」


 不快なほどに大きくなった音に顔を顰める青駕来。

 次の瞬間、


「っ!?」


 凄まじい轟音とそれがもたらす衝撃に吹き飛ばされる。

 

「音を操る能力か!」


「御名答ーっす」


 空中を吹き飛びながら叫ぶ青駕来に禅が答える。

 彼の憑霊──遥谺主の能力は音の反響を自由自在に操作するというもの。

 今のように音を何度も反響させ増幅し、衝撃波を放つことが出来る。

 また青駕来を間世に引きずりこんた時のように、ある音を遠く離れた人物にピンポイントで届けることもできる。


「どんどんいくっすよー!」


 錫杖を揺らす。

 しゃらんしゃらんと音が鳴り、反響し、瞬く間に轟音へと変わり、青駕来へ襲いかかる。


「ぐっ! おおおっ!?」


 空中であらゆる方向から衝撃波を浴び続ける。

 地面に足をつくことすらかなわず、空中をあっちへこっちへ。

 骨が軋みをあげ、平衡感覚が失われていく。


「このっ……!」


 発光する泥の触手を禅にけしかける。

 しかし、衝撃波によって弾け飛ぶ。


「くそっ!」


 触手の一つで自身の足を絡め取り、強引に着地。


「やるっすね」


 不意に背後から禅の声が聞こえ、素早く振り返る。

 しかし、そこに彼の姿はない。


「がっ!?」


 隙だらけの背中に錫杖が叩き込まれる。


「だめっすよ。音を頼りにしちゃ。俺の支配下にあるんすから」


 今のは音を反響させ、青駕来の後ろから声を発しているように錯覚させたのだ。

 

「図に乗るなよっ!」


 青駕来が激昂。

 それに呼応するように泥が噴き上がり、小さな津波のようになって禅に迫る。


「うおっと!」


 たまらず後退する禅。

 二人の間に距離が出来る。


「投降したほうが良いんじゃないっすか?」


 錫杖で肩をとんとん叩きながら、禅が軽い調子で言う。


「ふ、ふふっ。投降だと? 君こそ逃げるなら今のうちだ」


「なにを言ってんすか?」


 呆れたように言って、一歩踏み出す。

 しかし、その動きは青駕来のある行動で止まる。


「嘘でしょ?」


 冷や汗を流す禅。

 彼の視線の先。

 右手で刀印を組む青駕来の姿。


「"掛祀禍終"──"蓮迄溷(れんきつこん)()端正(たんしょう)"」


 擬いの神が顕現する。

 巨大な三面六臂の阿修羅。

 全身が酷く汚れており、三つの顔は右が憤怒、左が悲嘆の形相。

 そして真ん中は本能的な恐怖を呼び起こすような、おぞましい笑顔。

 膝と手を地面につき、四つん這いならぬ八つん這いと言うべき体勢で、周囲を睥睨する。


「……一つ聞きたいんすけど。どこで憑霊術の扱いを? 掛祀禍終なんて野良の寄処禍じゃそんなものがあることすら知りようがないと思うんすけど」


「教わったのさ。ある男にね」


「ある男? 誰すか?」


「教える必要があるか? これから死ぬ、君に」


 腐端正が腕を一本、振り上げる。


「冥土の土産に教えてやるって悪役がよく言うじゃないっすか」


 禅は錫杖を身体に立て掛け、両手を合わせる。


「"弑逆礼法・式微神籬"」


 神威を無効化する結界が張られる。

 これで一応は対等に戦うことが可能だ。


「これも知っている。掛祀禍終への対抗策。これを使うということは、君は掛祀禍終を使えないのか?」


 挑発でも嘲りでもなく、純粋な疑問として放たれた言葉に禅は苦笑する。


「誰でも彼でも使えるわけじゃないんすよ。憑霊術の奥義っすから」


「そうか。まぁどうでもいい。さっさと死んでくれ」


 腐端正が腕を振り下ろす。

 素早い動きで回避。

 錫杖を振り、衝撃波を放つ。


「無駄だ」


 腐端正の真ん中の顔が口を開く。

 そこから紫黒色の光線が放たれた。


「うおおおおおおおおっ!?」


 光線を回避する禅。

 光線は後方の建物に当たると、それを一瞬で汚泥に変える。


「やばすぎっしょ!」


 続けざまに放たれる光線を回避しながら、錫杖を振り衝撃波を飛ばす。

 しかし青駕来を守るように泥の壁が立ち上がり防がれる。


「粘るだけ無駄なことだ」


 今度は腐端正の左右の顔が口を開く。

 そこから放たれるのは紫黒色の光弾。

 不規則な動きで禅に迫る。


「おらっ!」


 衝撃波で光弾を撃ち落とす。

 そして錫杖の柄で地面を叩く。


「"遥谺主・聾桟敷(つんぼさじき)"」


「ん?」


 青駕来の耳に一瞬妙な音が届く。

 そして異変が起きる。


──音が……聞こえない?


 青駕来の耳になんの音も聞こえなくなった。

 すぐそばを八つん這いで這って歩く腐端正が発する音もまるで聞こえない。


「なにがっ!?」


 身体を凄まじい衝撃が襲い、空中に吹き飛ぶ。

 先ほどまでは衝撃波は爆音を伴っていた。

 その音で攻撃を察知し防御を行なっていたが、音が聞こえなくなった今ではそれもままならない。

 

「くそっ!」


 自分の声は聞こえるが、明らかに普段とは聞こえ方が違う。


──なにか分からないが、奴を殺せば済む話だ……。


「"蓮迄溷腐端正・羅睺(らごう)"」


 腐端正が勢いよく立ち上がる。

 羅睺とは仏教において四人存在する阿修羅王の一人。

 その手で太陽や月の光を遮るのでその名を付けられた。

 その由来の通り、二本足で立ち上がった腐端正は間近で見上げた場合、空が見えない程に巨大だ。


「いや……普通に立てるんすか!?」


 目を見開き驚く禅に、腐端正が六本の腕を振り下ろす。

 凄まじい衝撃が無音で炸裂。

 地面や建物が汚泥と化し飛び散る。


「が……あっ……!」


 うつ伏せに倒れる禅。

 衣服のあちこちが腐り落ち、皮膚もまるで火傷を負ったように爛れている。

 そこにさらに、腐端正の攻撃が迫る。

 自力では動けず、衝撃波を操作し、自分の身体を吹き飛ばす。


「ぐっ!」


 攻撃は避けたが、移動方法の代償で地面をバウンドする。


「いい加減諦めろ」


 腐端正の手に乗った青駕来が禅を見下ろしながら言う。


「聾桟敷は範囲内の音を吸収する技っす」


「なんだ? なにか言ったか?」


 禅がいたって普通の音量で喋るが、青駕来にはよく聞こえない。


「俺以外の範囲内の人間はまるで無響室にいるような状態になるっす。音がろくに聞こえず会話もままならない」


「なんだ。なにを言っている。遺言か?」


「じゃあ吸収された音はどこに行ったのか。答えは上っす」


 禅が空を指差す。

 相変わらず言葉は聞き取れない青駕来だが、その指の動きで空を見上げる。

 その瞬間、ソレは落ちてきた。

 聾桟敷が発動されてから生まれた音。

 そのすべてが吸い取られて球体状に押し留められ、中で反響と増幅を繰り返していた。

 爆弾の投下さながらに、凄まじい轟音と衝撃が撒き散らされる。

 周囲の風景を変えるレベルの破壊力に禅も青駕来も吹き飛んだ。


「いててててっ……」


 数百メートルの距離を吹き飛ばされた禅は、錫杖をしっかり握ったまま仰向けに大の字で倒れていた。

 音の爆弾は自身の憑霊で生み出したもののためダメージはなかったが、吹き飛んだ際のダメージがある。

 それでなくとも、身体中が爛れてしまっていて、激痛に苛まれている。


「引き分けってとこすかねー。掛祀禍終使える相手に引き分けはかなり頑張ったすよねー。しばらく憑霊術使えないだろうし仁尋か帚木くんに任せるっすよー」


 大の字で寝そべったまま、禅はしばらく動かなかった。

 一方の青駕来。

 彼はすでに現世に戻っていた。

 音の爆弾が降ってきた瞬間、自身を何層もの泥の殻で包んだが、あっけなく破壊され吹き飛ばされた。

 それでもダメージの大部分は打ち消せたようで、命に別状はない。

 とは言え全身はボロボロ。

 おまけに憑霊は掛祀禍終使用の反動で眠りに就いている。

 この状態で敵と出くわせば、まず勝ち目はない。

 そしてその敵はすぐそこまで迫っていた。


「いた! アイツだ!」


 ハイエースが停まり、中から武装した男たちが出てくる。

 そのうちの一人は青駕来が襲撃したヘッドショップの店員。

 実は襲撃の際にフードの下の顔を覗き見ていたのだ。

 天平が介入したことでその場から逃げおおせた男は、ある人物の指示で青駕来を探していた。

 そして今、見つけたというわけだ。


「おらあっ!」


「っ!」


 男の一人が金属バットで青駕来の頭を殴りつける。

 ふらふらとよろめく青駕来。

 憑霊が眠っていても寄処禍としての人間離れした身体能力や頑強さまでが失われるわけではない。

 しかし青駕来の身体能力や頑強さは寄処禍としては平均的であり、さらに禅との戦いで負った傷とダメージもある。

 そんな状況では彼といえど、どうしようもない。

 もう一発、頭へ金属バットの一撃を喰らい、青駕来は意識を手放した。

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