第二十六話『痴態』
「テメェがやったのか?」
倒れ込んでいる男たちを見て串間弟がドスの効いた声で言う。
刈り上げた短髪に、耳にはピアス。
両腕にはがっつりと入れ墨。
「……だったら?」
「決まってんだろ! ぶっ殺す! 大迫ぉ!」
大迫と呼ばれたもう一人の男が動く。
「"爪弾"」
両手の爪が伸び、右手を振り上げる。
──串間兄弟以外にも寄処禍がいるのかっ!
天平はバックステップで回避し、禍仕分手を発動。
三人は間世に転移される。
「なんだこりゃ?」
突如として夕暮れに変わった風景に面食らった様子の串間弟。
一方の大迫は攻撃を続ける。
「"明星"」
「うっ!?」
天平も憑霊術を発動して応戦。
光り輝く球体を大迫の腹部に当て吹き飛ばす。
派手な柄シャツが熱で焼ける。
衝撃と熱によるダメージに大迫は膝をつく。
「テメェ……何者だ?」
「……拝揖院禍霊対策局第二部隊の帚木天平だ。寄処禍犯罪者としてお前らを拘束する」
「拝揖院? テメェみたいなガキがそうなのかよ」
「拝揖院は知ってるのか?」
禍仕分手のことは知らないようだった串間弟が拝揖院という組織は知っている様子。
それを不思議に思う天平だったが、ゆっくり考えている暇はない。
「はっ!」
大迫が天平に向け右手を伸ばす。
その手の指には長く鋭利な爪。
それが天平に向けて"発射"された。
「うおっ!?」
驚きながらも最小限の動きでかわす。
大迫は舌打ちをしながら接近。
右手にはすでに爪が"装填"されている。
そこに球体を飛ばす。
簡単に回避されるが、その球体と位置を入れ替える。
「なにっ!?」
驚く大迫を思い切り蹴り飛ばす。
「なにやってやがる」
蹴り飛ばされ地面に伏せる大迫を見て、串間弟がため息を吐く。
「ガキ一人相手に二人がかりってのも格好がつかねえが、しょうがねえか。ただのガキじゃねえしな」
そう言って、一歩前に踏み出す。
「"炥蠍"」
串間弟が憑霊術を発動。
両腕が炎に包まれ、やがて蠍の鋏のような形になる。
さらに臀部にはこれまた炎で象られた蠍の尾。
「行くぜぇティン平!」
さながら炎の蠍人間といった風体になった串間弟は、天平を珍妙な呼び方で呼び突撃。
炎の鋏による攻撃を球体との位置交換で回避する。
しかしそこに立ち上がった大迫の攻撃も迫る。
──複数を相手にするのってやりにくいな。対人戦自体初めてだし。
中々に息の合ったコンビネーションを見せてくる二人に苦戦を強いられる天平。
ただしそこには殺す気でやっている二人と、あくまで無力化を目的としている天平のスタンスの差によるものが大きい。
──殺さない程度に威力を調節しなきゃな。
「"明星・遍照"」
天平が上空を指差す。
その位置に球体がやって来るやいなや、強烈に発光。
その熱で自分を挟むように位置していた串間弟と大迫を焼き焦がす。
「ぐおおおっ!」
「っううっ!」
強烈な光と熱により火傷を負った二人はたまらず後退。
光の降り注ぐ範囲から離脱する。
天平はその隙に大迫に迫る。
──同時に相手するんじゃなく、一人ずつ片づける。
喬示に教わった相手が複数の場合の戦い方を実践する。
腹を蹴り下へ向く顔にアッパーカット。
僅かに浮いた身体に空手の上段蹴り。
ここでようやく、大迫が反撃。
浮いた状態から爪を飛ばす。
しかし天平は、それを浮いている大迫よりさらに高い位置に控えさせていた球体との位置交換で回避。
そのまま両足で大迫を踏みつけ地面に叩きつけた。
「がっ……はっ……!」
苦悶の声を漏らす大迫。
しかしまだ意識はある。
「タフだな……っ!」
大迫に乗ったままの天平に、炎でできた蠍の尾が迫る。
「調子に乗ってんじゃねえぞ! ティン平!」
「大迫には乗ってるけど調子には乗ってない」
「うるせえ!」
串間弟は右腕の鋏を開き、天平に向ける。
そこから火炎放射が放たれた。
「ちっ!」
素早く回避し串間弟に迫る。
しかしそこに爪が飛んでくる。
「本当にタフな奴だな!」
あれだけの攻撃を喰らったにも関わらず、すでに立ち上がっている大迫が天平に向けて爪を乱れ撃ち。
さらに串間弟からは二つの鋏から火炎放射。
球体との位置交換を駆使して避け続けるが、少しずつ追い詰められていく。
「くそっ! 早くどっちか片方を倒さないと」
「誰を倒すってぇ!?」
鋏から放たれる火炎放射が無数の炎弾に変わる。
炎の散弾銃のようなそれをギリギリで回避し続ける天平。
しかしそこに爪まで飛んでくる。
──まずい。これ以上はっ……
天平が避けきれないと思った瞬間、
「はいどーん!」
どこからか現れた仁尋が串間弟を殴り飛ばした。
「壇茨さん!?」
「よっすー! 大丈夫? てんぺーくん。あ、てか仁尋でいいよん」
ピースをしながら軽い調子で言う仁尋。
「どうしてここに?」
「補助員さんから連絡があってねー。まさか私刑人じゃなくて串間と戦ってるとは思わなかったけど」
「んだテメェ! そいつの仲間か!?」
「そだよーん」
起き上がった串間弟が叫ぶ。
仁尋はそれに対して軽い返事。
「なら殺す!」
串間弟が言うのと同時に、大迫が仁尋に向けて爪を発射。
「"悦背搲"」
仁尋は憑霊術を発動。
しかし特になにも変化は起こらない。
その間にも爪が迫る。
「仁尋さ……」
たまらず天平が声をかけるが間に合わない。
爪が仁尋へと直撃する。
「あんっ♡」
「………………………………え?」
爪は確かに仁尋に直撃。
しかし彼女には全くダメージは見られない。
ただしなぜか内股になり喘いだ。
「に、仁尋さん……?」
まるで状況を理解できない天平。
次の瞬間、
「がっ!?」
突如として大迫の身体がなにかに斬り裂かれる。
「なんだ!?」
大迫は傷とそこから噴き出す血を押さえ困惑の叫びをあげる。
「なにをした女!」
そして再び仁尋へ爪を発射。
仁尋はまたしても棒立ちのまま直撃。
「ああんっ♡」
「があああっ!」
またしても仁尋にダメージはなく、なぜか攻撃した側の大迫に謎の裂傷が発生する。
「仁尋さんの憑霊術か……?」
相変わらず状況は理解できない天平だが、恐らく仁尋の憑霊術の能力によるものだろうと推測。
そしてそれは当たっている。
仁尋の憑霊──悦背搲。
その能力は攻撃によるダメージを快感に変換し、さらにその快感分、攻撃をしてきた相手に切り傷を追わせるというもの。
無敵のように思える能力だが、攻撃を快感に変換するだけで無力化するわけではない。
今の仁尋が快感に悶えているように、戦闘には普通に支障が出る。
「よく分からねえが……。あの女には攻撃をするな! ティン平を狙え!」
串間弟の指示を受けて、大迫は狙いを天平に狙いを変更。
爪が迫るが仁尋が盾になるようにそれを受ける。
「あああっ♡」
「ちょっともうやめてくださいよ仁尋さん! 完全にふざけてるでしょ!?」
「ふざけてなんかないよう! こういう能力だからしょうがな……あんっ♡」
「も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
思春期の男子には刺激の強い艶やかな声を出し続ける仁尋に天平はタジタジ。
一方の大迫は血だらけ。
蓄積したダメージでまともに思考が働かなくなったのか、仁尋に向けて両手の爪をすべて発射した。
「あああああああああああんっ♡」
「がああああああああああっ!」
艶やかな叫びと悲痛な叫びが重なる。
大迫は全身を切り刻まれ、血溜まりに打ち伏せた。
「ティン平ー! そのふざけた女を下がらせろー! 一対一で勝負だー!」
「うるせー! ティン平って呼ぶんじゃねえー! いまさらなにが一対一だ!」
怒鳴ってくる串間弟に怒鳴り返す天平。
──つっても仁尋さんの"アレ"。俺も色々と悪い影響があるのは確かだな。
「仁尋さん! 後は俺がやりますから下がっててください!」
「んっ……♡ おっけー……」
潤んだ瞳に息を含んだ声。
思春期男子には目に毒なポーズで返事をする仁尋から素早く目を離し、串間弟へ向かう。
「来い! ティン平!」
「さっきからなんなんだよ! その呼び方!」
球体との位置シャッフルで撹乱し連続攻撃を浴びせる。
顔、腹、背中。
炎のある部分を的確に避けて攻撃を放つ。
「この……ぶっ!」
振り向きざまに、顔面に回し蹴り。
串間弟はそのまま数メートル吹き飛ぶ。
「やるじゃねえか……」
串間弟は立ち上がると、そばに倒れ込む大迫を尾で刺す。
「がっ!?」
まだ意識はある大迫が苦悶の声をあげる。
串間弟は大迫をそのまま尾で持ち上げ、腹部に発生した炎の口に入れる。
次の瞬間、串間弟の身体が燃えあがり、巨大な炎の蠍と化した。
「どうだ!? 俺の炥蠍は人間を喰うことで火力を上げる!」
「そいつ仲間だろ!?」
「だからなんだ? 火に薪を焚べただけのことだろうがぁ!」
「クソ野郎が……」
炎の蠍と化した串間弟は嘲笑うように言うと、天平へ向け突進。
一方の天平は球体を五角形に配置。
「"明星・射光"」
球体が対角の球体にレーザービームを放ち、光り輝く五芒星が出来上がる。
「"光芒桔梗"」
「ぐおおおおおおおおっ!?」
五芒星状のビームが放たれ、串間弟に直撃し大爆発。
前に癲恐禍霊に放たれたものと比べれば遥かに威力は抑えられていたが、串間弟を一撃でノックアウト。
炎は消え去り、丸焦げの状態で意識を失っている。
天平はそれを確認し、仁尋に視線を移す。
相変わらず思春期男子のなにとは言わない部分を刺激するポージングで地面に寝そべっている。
「なんか……今までで一番疲れる戦いだったな……」




