第二十四話『第四部隊』
天平が禍対へ正式に入隊してから早くも一ヶ月以上が経過した。
青鶯高校では一学期が終わり、待ちに待った夏休みに突入。
そんな中、天平は夏休みにも関わらず制服姿で文京区は音羽にいた。
遊びに来ているわけではない。
禍対の仕事だ。
なぜ第二部隊の管轄ではない文京区に来ているのかというと、話は数日前に遡る。
☆
「第四部隊への応援ですか?」
「ああ」
その日、天平は喬示とラーメン屋で夕食をともにしていた。
七月に入ってから、天平は喬示が時間のある時に修業をつけてもらっていた。
癲恐禍霊との戦いで、力不足を痛感したためだ。
修業のあとには、いつもこうして喬示に夕食を奢ってもらっていた。
「第四は今ちょっと面倒なヤマ抱えててな。人手が足りねえから、誰か貸してくれって言うんだよ」
「俺で良いんですか?」
「ああ。お前が行け」
「分かりました。いつからですか?」
「夏休みの初日からだ。第四の事務所に行って、そこからは梓真さんの指示に従え」
☆
そうして第四部隊への応援を命じられた天平は第四部隊の事務所がある文京区へとやって来たのだ。
音羽通りを歩き、喬示に指示されたオフィスビルにたどり着く。
エレベーターで目的のフロアに行き、第四部隊の事務所へと入る。
第二部隊の事務所と同じような作りと内装の部屋に、梓真がいた。
「帚木く〜ん。いらっしゃ〜い。よく来てくれたね〜」
「お久しぶりです幸富隊長。今日からよろしくお願いします」
「そんな畏まらなくて大丈夫だよ〜。こっちが手伝いに来てもらってるわけだからね〜」
向かい合う形でソファに座り、梓真からコーヒーが差し出される。
「それじゃあ早速仕事の話しよっか〜。喬示からなにか聞いてる?」
「第四部隊が面倒なヤマを抱えてるとだけ」
「そうそう。ザナドゥって違法薬物知ってる?」
「ニュースで見たことあります。名古屋当たりで流行ってるって。夢遊病みたいな症状が出るとか。あれ……でも最近ニュースでやってないな。どうなったんだろ」
「今は報道規制がかかってるからね〜。ニュースや新聞では取り扱ってないんだよ〜。SNSとかだと結構書き込みがあるけどね〜。実はあれ寄処禍関連なんだよ〜」
梓真がテーブルにある物を置く。
いわゆるパケ袋と呼ばれるジッパー付きの小さなポリ袋で、中にはピンク色の粉末が入っている。
「これがザナドゥだよ〜」
「え? 本物ですか?」
「うん。押収されたやつ。これ、なにで出来てると思う?」
天平は考えるが、薬物の知識などない彼に分かるわけもない。
「正解は人間の骨でした〜」
「ええっ!?」
天平はポリ袋を手に取りまじまじと見つめる。
「それ以外にはなんの成分も発見されてない。なんでピンク色なのかも不明。つまり寄処禍の仕業だよね〜」
「寄処禍の能力で薬物を作り出してるってことですか……」
「そういうこと〜。半年くらい前に判明して拝揖院に移管されたんだけど、この手の寄処禍犯罪は初めてだから対応が遅れててね〜。ついに一ヶ月くらい前から東京でも流通しだしちゃったんだよ〜」
「第四部隊が担当してるってことは城北地区に流通させてる組織があるってことですか?」
梓真はニコッと笑い、写真を取り出し、テーブルに置く。
天平が手に取って見てみると、そこにはガラの悪い二人の男が写っていた。
「そいつらは、串間兄弟って言ってね〜。"蛇蝎"って反社会的組織を率いてる。十年くらい前から池袋を拠点に活動してて、他の反社会的組織を潰したり取り込んだりして、城北地区の裏社会はほぼほぼ掌握してるんだよ〜」
「こいつらも寄処禍ですか?」
「十中八九ね〜。ただ確定的な証拠が無くて、反社同士の抗争で暴れてるうちは見逃してたんだけど、どうやらザナドゥを東京で流通させてるのがこいつらっぽくてね〜」
「ザナドゥを作ってる寄処禍とはまた別ですよね。寄処禍の犯罪者同士で組んでるんなら確かに厄介ですね」
「問題はそれだけじゃないんだよね〜」
梓真はさらに複数の写真を取り出す。
「これはグロ注意ね〜」
「うわ……」
天平は写真を見て顔をしかめる。
それらに写っているのは腐乱死体。
どの写真の死体も身体の大部分が汚泥そのものと化してしまっている。
明らかに普通の人間の仕業ではない
「二年前から都内でこういう死体が見つかるようになってね〜。被害者はいずれも前科持ちとか反社会的組織に属してたりで、禍対では私刑人って呼ばれてる」
「私刑人……」
「そしてこの写真に写ってるのは蛇蝎の構成員やザナドゥの中毒者。つまり私刑人は今、ザナドゥに関わる人間を私刑のターゲットにしてるってことだね〜」
「なんか凄いカオスな状況ですね……」
「ね〜。隊員が二人も出張で欠けてるタイミングでこれだから参るよ〜」
梓真はそう言いながらも相変わらずのニコニコ顔。
「私刑人は行動範囲が広いから管轄跨ぎで捜査が難航してたんだけど、今は城北地区で活動し続けてるから、ザナドゥへの対処が最優先とはいえ、今のうちにこっちも叩きたいんだよね〜」
「なるほど」
「帚木くんには、この私刑人の捜査をやってもらいたいんだ〜」
「わかり……」
「おっはようごさいまーすっ!」
天平の言葉を遮るように勢いよく事務所の扉が開き、元気のいい挨拶とともに一人の人物が入ってきた。
現れたのは女性。
ショートパンツスタイルのセットアップスーツを着ていて、年は天平より三つか四つほど上に見える。
「おはよ〜」
「おはようございます」
「おお? 君が応援に来てくれる第二の新人くん?」
立ち上がって挨拶を返す天平に、女性はショートヘアを揺らしながらぐいっと顔を近づける。
「は、はい。帚木天平です。よろしくお願いします」
「てんぺーくんね。私は壇茨 仁尋だよ。よろしくー」
仁尋はソファに回り込み、天平の隣に座る。
そしてテーブルの上にコンビニの袋を置き、ガサガサとまさぐる。
中から取り出したのは、おにぎりだ。
「朝ご飯は家で済ませてきなよ〜」
「寝坊しちゃったんですぅ。あ、てんぺーくんも食べる? はいあげる」
「え? あ。 ありがとうございます」
梅おにぎりを受け取る天平。
仁尋は鮭おにぎりの包装フィルムを破り食べだす。
すると梓真がすかさず私刑人事件による死体の写真を仁尋の顔の前にかざす。
「ちょっとやめてくださいよ。ご飯時にー」
「ご飯時ではないよね〜」
「その写真出してるってことは、てんぺーくんには私刑人追わせるんです?」
「そうだよ〜」
「私刑人かー」
早くも鮭おにぎりを平らげ、二個目を取り出す仁尋。
「私刑人って絶対、寄処禍としての知識があるんだよねー」
「というと?」
仁尋の言葉に、今この場でおにぎりを食べるかどうか逡巡している天平が反応する。
「寄処禍犯罪者ってさ、憑霊術を犯行に利用するわけじゃん? 物理的な証拠は残らないから警察とかは誤魔化せるんだけど、拝揖院相手にはそうはいかないわけ。だってそれらの存在を知ってるんだから」
天平がふむふむと頷く。
「だから、事件当時の現場近くの監視カメラに映ってる人を片っ端から洗っていけば大抵すぐに見つかるんだよ。でも私刑人に関しては全然見つかんないの」
「それってつまり……禍仕分手で間世を経由して犯行に及んでるってことですか?」
「そうなるよね。だからさぁ、当時犯人は拝揖院関係者なんじゃないかってなってさ。内部調査があったんだよ。あの時はほんと嫌な感じだったなー。みーんなピリピリしててさぁ。居心地悪っ! みたいな」
仁尋が当時を思い出し、本当に嫌そうに言う。
「まぁ、その線はすぐになくなったけどね〜」
「それだけ捜査が難航してるってことですね」
「だから私刑人のターゲットが明確になってる今がチャンスなんだよね〜。蛇蝎を壊滅させるまではうちの管轄に留まるだろうから」
「分かりました。頑張ります!」
「仁尋も私刑人の担当ね〜」
「ラジャー。一緒にやろうよ、てんぺーくん」
「いや、別々に手分けして頼むよ〜」
「えー。一緒がいいですぅ」
「人手が足りないからって手伝いに来てもらってるのに一緒に行動してたんじゃ意味ないでしょ〜」
「むう。てんぺーくんはどう思う?」
「えっと、幸富隊長の言う通りだと思います……」
「むう!」
仁尋は口を尖らせ、二個目のおにぎりを平らげる。
天平もさっきからずっと手に持っているおにぎりを食べようとするが、
「隊長! 俺は何するんすかー!?」
「うわあっ!?」
突如、梓真の座るソファの背もたれの後ろから男が現れた。
天平は驚き、おにぎりを落とす。
「ぜ〜ん。いきなり起きたら帚木くんがびっくりするだろ〜」
「おっ! 君が助っ人くんっすね! 副隊長の相楽 禅っす! よろしくっす」
「よろしくお願いします」
天平はおにぎりを拾ってから立ち上がり、挨拶を返す。
その際に少し背伸びをして、向かい側のソファの後ろを見ると、マットレスが敷いてあるのが見えた。
どうやら禅はそこで今まで寝ていたようだ。
「禅は引き続きザナドゥの捜査を頼むよ〜」
「了解っす!」
──この人が第四部隊の副隊長かぁ。
禅はスーツではなく黒の法衣を身に纏っており、服装だけだと僧侶に見える。
しかし髪の色は派手で、耳にはピアス。
喋り方も少々チャラついている。
──晶さんもそうだけど、副隊長ってなんか軽い感じの人が多いな。
「それじゃ〜お仕事始めようか〜」
天平がそんなことを考えていると、梓真から号令がかかり、それぞれ行動を開始する。
こうして、天平の第四部隊での仕事が始まった。




