第二十三話『あめなる花を星と云い、この世の星を花という』
時間は少し遡って広間。
夏鳴太が霳霞霹靂を振り下ろす。
凄まじい轟音を響かせながら、雷撃が広間の床に放たれる。
すると、床に穴があく。
物理的な穴ではなく、広間を上塗りするように張られた結界の穴だ。
「今や!」
「"明星"!」
天平は憑霊術を発動しながら、穴に飛び込む。
飛び込んだ先は空中。
その下に純礼が見えた。
「純礼ちゃん!」
着地し、純礼に呼びかける。
しかし、反応がない。
「純礼ちゃん?」
訝しむ天平の背後に夏鳴太が着地。
「あれは……」
少し先に入っていた涌井が純礼を見る。
「呪物と融合している?」
「えっ!?」
涌井の言葉に天平は驚き、純礼をしっかりと見る。
よく見ると、手足に蛭がびっしりと張り付いている。
そして、顔。
先ほどまで俯いていた顔があがる。
そこにも、純礼の美しい顔を覆い隠すように大量の蛭が張り付いていた。
「純礼……ちゃん?」
愕然とする天平。
「呪物と融合て。そんなんあるんですか?」
「そういう能力……というより機能を持った呪物は存在します。呪物としての存在意義をより効率的に果たそうとする働きの結果です」
「解除できるんですか!?」
「呪物と融合した時点で人間側の命は尽きます」
「そんな!」
天平の顔が青ざめる。
「ただし、それは普通の人間の場合です。寄処禍なら抵抗できるはずです」
「抵抗いうても完全に融合しとるように見えますけど」
「いえ。見てください」
涌井が指を差す。
そこには自分の身体から蛭を剥がす純礼の姿。
「呪物に対してまだ抵抗しています。外から攻撃を加えて呪物の力を削げば、援護になるはずです」
「なら俺がやる」
天平が踏み出す。
「一人でええんか」
「ああ」
短い返事。
夏鳴太はそれ以上なにも聞かない。
「あの時とは逆になったね」
天平が苦笑いしながら、純礼に言う。
あの時とは、天平が寄処禍に覚醒した日。
我を忘れ暴走した天平を純礼が止めた。
今の二人の立場はその時とまるっきり逆転している。
「□□□□□□──!」
不明瞭な声を発し、純礼が天平に迫る。
天平は明星と位置を入れ替え回避。
背中に蹴りを放つ。
それは幾重にも重なった花びらにガードされる。
「うおっ!?」
純礼が振り向きざまに腕を振るう。
腕に張り付いていた蛭が天平に向かって飛び、爆発。
瞬時に後退し、回避した天平。
爆風に紛れ、純礼が蹴りを放つ。
天平はそれを球体との位置交換で回避。
今度は距離を取り、手を銃の形に構える。
「"明星・射光"」
レーザービームを放つ。
右の太もも目掛けて発射されたレーザービームは見事に命中。
そして爆発した。
「なに?」
射光に対象を爆発させるような力はない。
今の爆発は純礼の太ももに張り付いた蛭によるもの。
戦車などにおける爆発反応装甲の要領でレーザービームが当たった瞬間に爆発し貫通を防いだのだ。
「なんで蛭が爆発するんだよ!?」
悪態をつく天平に純礼が無数の花びらを飛ばす。
それを球体との高速位置シャッフルでかわし続ける。
「□□□──!」
純礼は花びらに蛭を張り付けて飛ばす。
その花びらを縦横無尽に動かし、次々と張り付いた蛭を爆発させる。
「うおおおおおおおおおっ!?」
逃げ場もないほどの広範囲で巻き起こる爆発に天平が吹き飛ばされる。
「このっ!」
すぐさま起き上がり、人差し指で天を指す。
「"明星・遍照"」
上空に昇った五つの球体が強烈な光を放つ。
舞う花びらが焼け落ち、純礼をも焼き焦がす。
「□□□□□□□□──!」
熱によるダメージに悶絶する純礼。
「□□□──!」
そんな彼女の頭上に大量の花びらが収束。
それがドリルの形になる。
純礼の抖擻発動である刳為咲によって作られるものより遥かに巨大だ。
「なんか、いつもより強ない?」
「呪物の持つ力が加算されているのでしょう」
夏鳴太の呟きに涌井が反応する。
彼女の言うことは当たっている。
破瓜雫歃にはもはや再生能力を与えるほどの力は残っていないが、僅かばかりの霊力で臈闌花の力を強化しているのだ。
「□□□□□□──!」
巨大なドリルを天平に向け放つ。
天平は球体との位置交換で回避するが、
「□□□──!」
入れ替わった先にドリルが急旋回。
「そういう動きもできるのかよ!」
驚きながらも別の球体と再び位置交換。
しかし、ドリルも再び急旋回。
「"明星・射光"」
避けるのは困難と判断しレーザービームで迎撃。
ドリルの中心を貫き、先端部分が瓦解。
それでも回転する花びらは進み、天平を呑み込む。
「うわああああああっ!」
花びらの刃に呑み込まれる天平。
纏う光の熱が花びらを燃やしてくれたが、少なくないダメージを負う。
「くっ!」
球体と位置を入れ替え、花びらの渦から抜け出す。
「いつまで良いようにされてるつもりなんだ!?」
そしてそこから、純礼に向かって叫ぶ。
「こんなとこで終わるつもりか? お母さんをあんなふうにした奴を見つけ出して倒すんじゃないのか? いい加減そんな奴追い出せ! 純礼!」
「うっ……! うううううっ……!」
天平の叫びを聞いた純礼が、うめき声をあげる。
先ほどまでとは違い人間の、純礼自身の声で。
「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□──!」
しかし次の瞬間には再び不明瞭な声に戻り絶叫。
大量の花びらを収束させ、先ほどよりも巨大なドリルを生成。
「お前もいつまでも調子に乗るなよ」
天平は球体を五角形に配置。
対角の球体へレーザービームを飛ばし、光り輝く五芒星が出来上がる。
「□□□□□□□□□──!」
「"明星・射光"──"光芒桔梗"」
向かってくる巨大な花びらのドリルに五芒星状のレーザービームが放たれた。
☆
「なに……これ……」
破瓜雫歃と融合した純礼の意識は暗闇の中にいた。
なにも見えない暗闇の中で、自分の存在が侵されるような形容しがたい恐怖を感じていた。
自分の身体を抱き締め、しゃがみ込む。
このまま死んでしまうのか。
母をあんな状態にした者をこの手で倒すことも出来ないまま。
母を救うことも出来ないまま。
その為に戦ってきたのに。
その為に強くなろうとしてきたのに。
不意に今までの日々を思い出す。
変わり果てた母を見て、寄処禍として戦う決意をした。
禍対に入り、来る日も来る日も禍霊と戦い続けた。
辛い、苦しい、怖い。
長年抑え続けてきた思いが溢れ出す。
「誰か……助けて……」
次の瞬間、強烈な光が射す。
その光を見て、純礼は一人の少年の姿を思い浮かべた。
「天平……くん……?」
光に向けて、純礼が手を伸ばした。
☆
レーザービームとドリルが激突し大爆発を巻き起こす。
それにより周囲に花びらと星のキラキラとした光が舞い散る。
「おお……」
その美しく幻想的な光景に、夏鳴太は思わず感嘆の声をもらし見惚れる。
一方の天平は真っ直ぐに前を見据えている。
煙が晴れ、純礼が現れる。
「ちっ!」
ダメージが殆どないのを見て、天平は追撃の構えを取る。
しかし次の瞬間、純礼の手が勢いよく顔面に。
そして蛭を引き剥がす。
「純礼ちゃん……?」
純礼が蛭をすべて引き剥がす。
すると蛭が収束し、再び壺に。
それをすかさず、花びらで切り刻み粉微塵に。
破瓜雫歃を完全に破壊し、ふらっと倒れ込む。
「純礼ちゃん!」
天平が慌てて駆け寄り抱きかかえる。
「ただいま……」
純礼が弱々しく微笑む。
それを見た天平も微笑みを返す。
「おかえり」
破瓜雫歃が破壊されたことで結界は崩壊。
廃村は消えてなくなり、四人は丘陵地帯に戻った。
村人たちもすべて消えたが、大量の白骨死体はこの場に山積み。
涌井はその事後処理に。
夏鳴太もそれを手伝っている。
負傷している天平と純礼は一足先に車に戻った。
「ありがとう。助けてくれて」
「お返しをしただけだよ」
「お返し?」
「純礼ちゃんも俺を助けてくれたでしょ。俺が暴走した時とか、あと猿の禍霊にやられそうになってた時も」
「そういえば、あの時の逆になってたのね」
そう言って純礼はどこか遠くを見るような目をする。
「今までのことを思い出してたわ」
「今までのこと?」
「禍対に入ってから、ずっと戦い続けてた日々。本当はずっと苦しかったし、辛かったし、怖かったの。でも考えないようにしてた。だって戦うしかないから」
天平はなにも言わず黙って聞いている。
「母を襲った寄処禍を見つけだして絶対に倒してやるって決めたから。でも逆に言えば、それがなかったら多分、途中でやめてた。貴方、前に言ったわよね。禍霊に襲われてる人がいて、自分にそれを祓う力があるのに、知らない顔して生きていくなんて出来ないって」
「うん」
「私はそれに対してこう言ったわ。知らない顔して生きていける人、少なくないと思うけどって」
「言ったね」
「私がそうなのよ。私はきっと知らない顔して生きていける」
純礼が俯きながら言う。
「私はそういう冷たい人間なのよ。分かるでしょ?」
「分からない」
「……え?」
「だから、分からないよ。俺はそう思わないもん。純礼ちゃんが冷たい人間だとも、禍霊に襲われてる人がいることを知らない顔して生きていける人間だとも思わない。まったく」
「私自身が言ってるんだけど……」
「自分が本当はどういう人間かなんて自分でも分かんないよ」
「でも……」
「それより俺はさっきから純礼ちゃんがなにを言いたいのかが全然分からない! なんの話してるの!?」
「だから……自信をなくしたって話よ!」
「なら最初からそう言ってよ! 回りくどいなぁ〜」
やれやれと首を振りながら言う天平に、純礼は言い返そうとして、やめた。
「お互いに頼りあって助けあえば良いじゃん。自信なくす意味が分からないよ」
天平の言葉に、純礼はなにも言わずじっと見る。
「なに?」
「あまりにもまっとうなことを言うから驚いたわ」
「酷くない?」
不満気な顔をする天平を見て、純礼はクスッと笑う。
「でもそうね。本当にその通りだわ」
純礼はそう言って、立ち上がる。
「あの日、貴方のことを助けて良かったわ」
天平へ振り向き、今までとは少し違う、あどけなさの残る微笑みを見せる。
出会えて良かった──とまでは、言わないでおいた。




