第二十二話『はかなそう』
広間に踏み入る三人。
しかし、なにも起こらない。
「ここで消えたんですよね?」
「ええ」
天平の問いに涌井が頷く。
「ここにも空間を上塗りするように結界が張られているのでしょう。そして特定の条件に合致する人間だけを引き入れている。その条件とは恐らく、十六歳の女性であること」
「結界の中にまた結界て、けったいなことしよるわ。あっ! 今のダジャレちゃうで! そんな寒いダジャレよう言わんわ」
「知らねえよ!」
緊張感のない夏鳴太に天平がツッコむ。
一方の涌井は意を決したような表情で口を開く。
「実は私も十六歳なんです!」
しんと静まり返る広間。
天平と夏鳴太は「嘘だろこの人」とでも言いたげな表情で涌井を見る。
「涌井さん? 流石にそれは……」
天平がなにかを言おうとした瞬間、涌井の姿が消えた。
「イケるのかよ!」
「判定ガバガバやんけ!」
絶叫する二人。
「おい! 俺らもこう見えて実は女やし、十六歳や! 入れぇ!」
夏鳴太が叫ぶが、なにも起こらない。
「流石にそれは本当に無理あるだろ……」
ツッコむ天平。
夏鳴太は舌打ち。
「こうなったら結界破壊するしかないわ」
そう言って抜刀。
「壊せるのか?」
「完全に破壊するんは厳しいやろが、穴開けるくらいやったらイケる筈や」
言いながら、正眼の構えを取る。
「"霳霞霹靂"」
刀身に電撃が発生。
それは次第に増幅していく。
「いくで!」
刀を振り上げる。
それと同時に雷が落ちる。
広間の屋根を突き破り、刀身へ。
そして、振り下ろした。
☆
一方、結界内に引きずり込まれた純礼。
「ここは……」
純礼の前には旅館の外と同じような廃村が広がっていた。
一つ違うのは奥に神社らしきものが見えること。
周囲を警戒しながら、ゆっくりとその神社に向かって歩く。
「っ!」
鳥居をくぐり参道を歩き、本殿に近づいたところで、鼻にツンとくる刺激臭が漂ってきた。
死臭とでも言うべき、吐き気を催すような臭いだ。
「これは……」
本殿に辿りついた純礼の目に入ったのは複数の死体。
どの死体も完全に白骨化してしまっている。
「……」
純礼は静かに目を背ける。
背けた視線の先に、ソレはいた。
ぱっと見は人間。
しかし、顔を含めたすべての皮膚に蛭がびっしりと張り付いている。
「禍霊……? いや、まさか呪物と融合してるの?」
純礼の読みは正しい。
彼女の目の前にいるのは、呪物と人間の融合体。
「■■──!」
聞き取れない奇妙な声を発し、蛭人間が襲いかかる。
「"臈闌花"」
純礼は憑霊術を発動し迎撃。
花びらの刃で切り刻む。
「■■■■■──!」
蛭人間は絶叫しながらも、なお純礼に迫る。
腕を振るい、張り付いている蛭を飛ばす。
蛭は腕から離れた瞬間に暴発。
「くっ!」
直撃は避けたが、爆発した蛭から飛ぶ粘液を腕に浴びる。
それはジューっと音を立て火傷を負わせる。
「このっ!」
純礼が大量の花びらを飛ばす。
蛭人間はそれに向けて蛭を飛ばし爆発させる。
そのまま爆風に紛れ、純礼に接近。
「"臈闌花・刳為咲"」
それを読んでいた純礼は抖擻発動によるカウンターをお見舞いする。
花びらのドリルを蛭人間の胴体に突き刺した。
「■■■■■■■■■■■■■──!」
蛭人間は大絶叫。
素早い動きで後退。
花びらのドリルを突き刺された部分には穴が開き、血がどぼどぼと流れ落ちる。
しかし次の瞬間には、体組織が再生し穴は完全に塞がってしまった。
「再生能力?」
それを見た純礼は顔を顰める。
「厄介ね」
花びらのドリルを猛回転させ、今度は純礼から仕掛ける。
狙いは頭。
素早い動きで距離を詰め、突き出す。
顔面にびっしり張り付いている蛭にドリルが触れた瞬間、大爆発が起きる。
「かっ…! あっ……!」
吹き飛ばされる純礼。
寸前でドリルを崩し、花びらでガードしたため、そこまで大きなダメージは受けずにすんだ。
一方の蛭人間は頭部が完全に吹き飛んでいるが、先ほどと同じように再生する。
「頭を潰しても無意味ってわけね」
再生能力を持つ禍霊なり寄処禍には大抵、それを潰せば再生が機能しなくなる核のようなものがある。
そしてそれは大抵、頭部であることが多い。
これまでの戦いの経験からそう考えた純礼だったが、あてが外れたようだ。
「そもそも禍霊でも寄処禍でもなく、呪物と融合した人間だものね。まったく、なにがどうしてそんなことになったんだか。本当に厄介だわ」
砂埃を払い、悪態をつく純礼。
「核があるタイプじゃないなら、やり方はあと一つね」
純礼はそう言うと、猛スピードで蛭人間に迫る。
「"臈闌花・刳為咲"」
両手に花びらのドリルを生成。
それを蛭人間の身体に突き刺す。
「死ぬまで殺してあげる」
「■■■■■■■■■■──! ■■■■■■■■──!」
滅多刺しをくらい絶叫する蛭人間。
身体中に張り付いている蛭を爆発させて抵抗するが、純礼はそれに大量の花びらを被せて威力を殺す。
その間も何度も何度もドリルを突き刺し、回転させ肉を抉る。
「■■■■■■■■──!」
たまらず逃げ出そうとする蛭人間。
しかし、
「"臈闌花・感電若"」
花びらを収束させ花冠に。
そこから噴き出す花粉が、蛭人間の全身を痺れさせる。
動きが鈍くなった蛭人間は逃げ切れず、あらゆる箇所をドリルで滅多刺しにされる。
「■■■■■■■──! ■■■■■■──! ■■──! ■■■■──! ■■■■■■■■■■■■■■■■──!」
逃げることも防ぐことも反撃することもできず滅多刺しにされ続ける蛭人間。
「しぶといわね」
再生能力の限界が見えないことに苛立つ純礼。
ドリルの回転速度を限界まで上げ、蛭人間の身体を刳抜き回す。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──!!!」
蛭人間がこれまでにない絶叫をあげる。
再生能力に限界がきたのか、傷が治らない。
そして次の瞬間には、身体中に張り付いていた蛭がすべて剥がれ、壺に変化する。
赤茶色で蛭の紋様が描かれた壺。
これこそが、この空間を作りだしている呪物。
名を破瓜雫歃。
十六歳の処女の性交による破瓜の血を注ぐと、それを霊力に変換する力を持った呪物だ。
さらにこれには人間と融合する能力もあり、今から百年ほど前にこの丘陵地帯に存在した村の男と融合した。
そしてこの男の身体を利用し、十六歳の処女を犯し、破瓜の血を啜り力に変えた。
その村では、この男を現人神として崇め奉り、十六歳の処女を生贄として捧げていた。
それにより力を増した破瓜雫歃によって村は異界と化し、現世から隔離され今に至る。
極めて強大な力を持つが、その霊力の殆どをこの空間の創造と維持に費やしていたため純礼に手も足も出ずに敗北してしまった。
しかし、まだ終わりではない。
「これが呪物の本体ね」
壺目掛けてドリルを突き出す純礼。
しかし、壺は再び夥しい数の蛭に変化し、純礼に襲いかかる。
破瓜雫歃が融合相手に選ぶのは、その特性上、男になる。
そして一度融合してしまえば、自分から解除もできず、他の人間と融合することも不可能。
つまりここで純礼と融合すれば、この空間に新たな生贄が現れたとしても、自力では霊力を蓄える作業ができなくなる。
それでも破壊されるよりはマシだと判断し、融合を試みたのだ。
「くっ!」
振り払おうとする純礼。
しかし、蛭に顔に取りつかれる。
覆われていく視界。
「早蕨さん!」
どこからか涌井の声が聞こえる。
狭まる視界で周囲を見渡す。
そこで見た。
結界内の空に穴が開き、雷が落ちるのを。
そして、
「純礼ちゃん!」
星が、舞い降りた。




