第二十一話『存在しない村』
初の単独任務の翌日。
天平は新たな任務を受けていた。
今回は一人ではなく、純礼や夏鳴太といっしょ。
今は涌井の運転する車の中でブリーフィングが行われている。
「今回は本来の管轄を離れ、多摩地域での任務となります」
「多摩地域ですか?」
「多摩地域はどこの管轄ということはなくて、禍隊の隊員が都度対応するのよ」
「へえ〜」
「場所はとある丘陵地帯。人はまず通らないような場所で、今まで拝揖院による調査などはまったく行われていません。そこが産業用地として開発されることになり、一週間前に用地測量が行なわれました。その際に測量士の男性が一人、行方不明になりました。ただし、約二十時間後に無事発見されています」
涌井はそこで一旦、言葉を切る。
「問題は、その男性が失踪中に経験したという出来事です。曰く、いつの間にか村にいたと。限界集落のような寂れた村で、唯一立派な建物があり、そこに入ると旅館のようだったそうです。そこにいた老婆に助けを求めたもののいまいち話が通じず、仕方なく泊めてくれないかと言うと、十六歳の女性が一緒でなければ泊められないと断られたそうです。そして次の瞬間には元の場所に戻っていたと。もちろん、その場所に村など存在していません」
「なんや頭でも打って夢見てたんちゃいます」
涌井の説明を聞き終わり、夏鳴太が言う。
「この話だけではなんとも言えませんが、仮に男性の経験したことが事実なら、この場所には結界により隔離された空間がある可能性があります。そして、人が訪れないような場所に結界を張っているとしたら、それは寄処禍や禍霊ではなく呪物の可能性が高い」
「呪物?」
「呪物とは霊的な力を持った物体で、周囲になんらかの効果を及ぼします。昨日の呪いの家にあったというこけしが、まさに呪物です」
「ああ、あれが……」
涌井に言われ、天平は昨日見たこけしを思い出す。
あのこけしも家全体にある種の結界を張り、死んだ寄処禍の霊を家に縛りつけていた。
「確かに呪物やったら破壊なり回収なりせんとアカンか」
「任務はその村が本当にあるのかの確認。そして実在した場合の調査。男性の証言から、十六歳の女性がなんらかの重要性を持つと考え早蕨さんに任されることになりました」
「なるほど」
涌井の言葉に純礼は頷く。
「純礼、もう十六なんか」
「ええ。五月五日が誕生日だから」
「ほーん。俺がもうちょいはよ来てたら誕生日パーリー開いたったのにな」
「パーリーて」
「お前は誕生日いつやねん」
「十月二十七日だけど」
「盛大に誕生日パーリー開いたる」
「いいよ別に」
「遠慮すんなや」
「してねえよ」
「楽しみにしとけや」
「お二人には不測の事態に備え来てもらいました。早蕨さんのサポートをお願いします」
話を脱線させる二人を涌井が強引に引き戻す。
「分かりました」
「なんや純礼のおまけか。別にええけど」
それからしばらく走り、目的地である丘陵地帯へ到着。
車で行けるぎりぎりの場所で停車し、そこからは徒歩。
数分ほど歩き、測量士が失踪したという付近まで来たところで異変は起きた。
「え?」
最初に気づいたのは天平。
密集した木々しか無かった周囲の風景が突如として開け、村が現れたのだ。
さらにまだ夕方だったのにも関わらず、すっかり日が落ちている。
「本当に村だ……」
「限界集落ゆうか廃村やろ、これは」
夏鳴太が村を見渡して言う。
屋根がそっくり落ち、柱の腐蝕した家屋が点在している。
人の気配などまったくなく、彼の言う通りいかにも廃村といった風情だ。
「スマートフォンが機能していません。やはり結界の内部ですね」
スマホ片手に涌井が言う。
「あれが旅館ね」
純礼がある建物を指差して言う。
そこには場違いな程に立派な建物があった。
四人がその建物に入ると、老婆に出迎えられた。
「これはこれは。ようこそお越しくださいました」
「一晩泊めていただきたいのですが」
「はいはい。それではこちらにお名前を」
老婆が宿泊者名簿を差し出す。
記入欄は名前と生年月日のみ。
「これだけで良いので?」
「ええ。ええ。それだけで構いませんよ」
四人は記入を終え、部屋へ通される。
男女で別れて二部屋を取った。
「結構綺麗だな」
「ほんまや」
部屋で寛ぐ天平と夏鳴太。
しばらくして夕食が運ばれて来た。
「食って大丈夫なのかな……」
「まぁ……イケるやろ」
恐る恐る食べだす二人。
「美味い!」
「イケるやん!」
存外に美味い料理に舌鼓を打つ二人。
夕食の後は風呂。
露天風呂に仲良く入る。
「なんか、普通に旅行に来てるみたいだな」
「ほんまやなあ」
ゆったりと湯船に浸かり、完全にリラックスモードの二人。
風呂から出ると、ちょうど同じタイミングで女湯から純礼と涌井が出てきた。
「なにかおかしなとこあった?」
「今のところなにもないわ」
「こっちもや。普通の旅館やな」
「ですが、ここは明らかに現世とは別の空間です」
「あの婆さんも何者なんやろな」
「人間ではないと思うけど、霊って感じでもないわね」
「いずれにせよ、この空間を作り出している呪物を見つけだし、回収ないしは破壊する必要があります」
「ほな探検といきますか」
「だな」
「手分けしてやりましょう。涌井さんは私と一緒に」
「はい」
純礼と涌井、天平、夏鳴太の三手に別れて旅館内を探索する。
純礼と涌井は旅館の奥の方へ。
そこで広間を見つけた。
椅子もなにもなく、奥の壁に蛭の紋様が描かれている。
「いかにも怪しいわね……」
純礼が広間へと踏み入る。
次の瞬間、忽然と姿を消した。
「え……?」
それを見た涌井は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「早蕨さん? 早蕨さん!」
涌井も広間に踏み入るが、特になにも起こらない。
急いで広間を出て、走る。
「帚木さん! 帶刀さん!」
そして二人の名を大声で呼ぶ。
「涌井さん? どうかしたんですか?」
それを来いた天平が走ってやってくる。
遅れて夏鳴太も。
涌井は二人に事情を説明し、広間へ向かおうとする。
しかしそこに、
「どこへ行く」
老婆が現れた。
「あの娘は"はかなそう様"に捧げられる。邪魔するでない。そうすれば、お前たちは帰してやる」
「はかなそうさま?」
「本性現しよったか」
夏鳴太が肩に掛けていた竹刀袋から刀を取り出す。
すると老婆の背後から大勢の男たちが現れた。
いずれも鎌や鍬を手にしている。
「どっから湧いてきてんねん」
「この人たちなんなんだ?」
「おそらく、この空間に取り込まれた人々でしょう。この空間が作られたのが何十年前なのかは分かりませんが、すでに生者といえる存在ではないはずです」
「生きた人間ちゃうんやったら手加減はいらんな」
夏鳴太が抜刀し構える。
「霳霞霹靂!」
「ひぃああああああああああああ!」
「ぎゃああああああああああああ!」
「があああああああああああああ!」
刀身から稲妻が迸り、老婆や男たちを襲う。
「なんじゃあああ! お前ぇぇ!」
「拝揖院禍霊対策局第二部隊所属・帶刀夏鳴太や。別に覚えんでええ」
刀を振るい、電撃を飛ばす。
「ごあああああああああああああ!」
「ひいいいいいいいいいいいいい!」
稲妻が駆け抜け、老婆と男たちを一網打尽にした。
「うううううう……はかなそう様。はかなそう様ぁ……」
うめき声をあげながら老婆や男たちは煙のように消え去る。
「消えた……。やっぱ幽霊?」
「なんや大したことあらへんな」
夏鳴太は拍子抜けしたように言うと、刀を鞘に納める。
「広間へ急ぎましょう」
涌井に促され、三人は旅館の深部へと走る。
そして広間に辿りついた。




