第二十話『呪いの家』
七月に入り、青鶯高校では期末考査が行われている。
今日は最終日でこれが終われば後は夏休みを待つだけだ。
昼休み。
天平はいつも通り、純礼と夏鳴太と一緒に中庭のベンチで昼食。
「テストどうやった?」
「まぁ……いつも通りかな」
「いやお前のいつも知らんわ」
「テストより心配なことがあるんだよ」
「は? なんやねん」
「今日、初めての単独任務なのよ」
夏鳴太の問いに純礼が代わりに答える。
「ほ〜ん」
「不安だ……」
「新人への単独任務なんて簡単なやつやろ
」
「油断は良くないわ」
「ま、気張りや」
「……ああ」
そうして時間は流れ放課後。
涌井の運転する車で天平は任務へ向かう。
「今回の任務は呪いの家の調査です」
「呪いの家ですか?」
「数十年前から空き家となっている家で、付近では心霊スポットとしてそれなりに有名です。玄関の扉がひとりでに開いたり、誰もいないはずなのに足音がしたりなどの現象が起きています」
「その現象は最近起き始めたんですか?」
「いいえ。数十年前からずっとです。ただそういった現象が起きるだけで、怪我人などは一切いないんです。なので長年放置されていたんですよ」
「それなのになんで今回俺に任務が?」
「初めての単独任務にはちょうどいいと、高嶺隊長が」
「ああ。なるほど」
しばらくしてその呪いの家に到着。
天平は車を降り門の前に立つ。
いたって普通の一軒家という外観。
しかし天平が門を通り敷地に踏み入った瞬間、玄関扉がギィーっと音を立ててひとりでに開いた。
「こ……怖えええ」
完全にビビり上がる天平。
禍霊との戦いにはすっかり慣れた天平だが、こういうホラー映画のような怪奇現象にはまだ慣れない。
──恐怖心を抱いちゃ駄目。恐怖心を抱いちゃ駄目。
自分に言い聞かせながら、家の中に入る。
玄関を入ってすぐに二階へ続く階段。
そこをまるで昇っていくように足音が聞こえる。
「ま、まずは一階から回ろう」
それを無視し、居間に向かう。
「暗いな。"明星"」
居間はカーテンが締め切られており真っ暗。
憑霊術を発動し、光り輝く球体で部屋を照らす。
「うわっ……」
そして目に入った光景に思わず声が出た。
居間の壁という壁に御札が貼られているのだ。
「か、帰りて〜」
不気味な光景に弱音が出る。
階段の方からは相変わらず駆け上がるような足音。
「二階に来いってことか?」
あまりに喧しい足音に再び階段に向かう。
ゆっくり階段を昇り二階へ。
すると廊下の一番奥の扉がひとりでに開く。
「完全に誘ってるよなぁ……」
行くかどうか迷う天平。
しかし行かずに任務は終われない。
ゆっくりと廊下を進む。
「ん?」
不意に背後に気配を感じた。
ゆっくりと振り返る。
そこにいたのはミイラ。
包帯の代わりに御札で全身をぐるぐる巻きにしたミイラだ。
「で……」
出たなと叫ぼうとした天平だがミイラが殴りかかってきたので中断し、回避。
そのまま足払いをかけ転倒させる。
その間も奥の扉はバタバタと開いたり閉じたりを繰り返している。
「んん?」
そちらへ視線をやる天平にミイラが再び殴りかかる。
「おっと」
拳を受け止め、球体と位置を交換し背後に回り込み蹴りを入れる。
しかしいまいち手応えがない。
「"明星・射光"」
ミイラへレーザービームを放つ。
直撃するが貫けずダメージも見られない。
「マジかよ」
射光が効かないことに若干の動揺を見せ、距離を取る。
──だったら光芒桔梗だ。
「禍仕分手」
天平は禍仕分手を発動。
光芒桔梗を撃った場合、家が崩壊してしまうため間世に移動したのだが、
「え?」
ミイラがいない。
すぐさま手を叩き、現世に戻る。
そこには変わらずミイラがいた。
「こいつまさか……禍霊じゃないのか?」
まさかの事態に天平は困惑。
そこにミイラが体当たりをしてくる。
「ちっ!」
後退して体当たりをいなす。
ミイラの後方では、奥の扉が相変わらず開いたり閉じたりを繰り返している。
──なにか……なにか変だ。
それを見て、天平は違和感を抱く。
──明らかに俺をあの奥の部屋に誘っているのに、こいつは俺がそこへ行くのを邪魔してるよな。やってることがちぐはぐじゃないか?
「別々なのか?」
ある一つの可能性を考えつき、それを確かめるために行動する。
一気にミイラへ距離を詰め殴りつける。
そしてヘッドロックをかけ拘束。
それと並行して一階に移動させていた球体の一個と位置を交換。
ミイラとともに一階に瞬間移動。
すかさずヘッドロックを解除し、二階に残ったままの球体と位置を交換し一人で二階に戻る。
そのまま奥の部屋へ走る。
ミイラが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
ひとりでに開く扉を抜け、部屋へ。
そこにはうずくまる一人の少年。
酷く痩せこけており、肌が異常なまでに青白い。
天平はそれを見て、蝿の禍霊に転化した霊を思い出した。
「死者の霊?」
霊はうずくまったままなにも反応しない。
その霊の前にこけしが置いてある。
「なんだこれ」
こけしを手に取る。
よくあるタイプのものだが、胴体に天魔外道皆仏性・四魔三障成道来 魔界仏界同如理・一相平等無差別と書かれている。
このこけしから天平はミイラに感じた気配と同じものを感じていた。
階段を駆け上がったミイラが部屋に迫ってくる。
天平は力を込め、こけしを握り潰した。
その瞬間、ミイラは消える。
さらに部屋の中を風が吹き抜ける。
「なんだ?」
そこで天平はようやく部屋を見渡す。
居間と同じように壁という壁に御札が貼られている。
ふと床に乱雑に置かれた日記帳が目に入る。
それを手に取り、ページをめくる。
そこには普通ではない力を持つ息子に苦悩し、だんだんと様子のおかしくなっていく父親の記録が記されていた。
「これは……」
日記の内容から呪いの家の真実が明らかになる。
この家には寄処禍の息子がいた。
両親は普通とは違う自分の息子を自宅監禁していた。
やがて両親は死に、息子も死んだ。
それが今、この部屋にいる霊だ。
寄処禍は死後、禍霊になることは決してない。
未練や執着があろうが、死後の寄処禍の魂は幽世に直行する。
その際に寄処禍に取り憑いている禍霊もともに幽世に行くことができる。
自力では現世から去れない禍霊にとって、寄処禍とは幽世へ行くためのまさに"よすが"なのだ。
ではなぜこの霊はここに留まっているのか。
それは先ほど天平が破壊したこけしのせいだ。
この家の父親は霊的なアイテムを手当たり次第に集めた。
それが家中の壁に貼られた御札であり、こけしだ。
ほとんどはなんの効果もない偽物だが、このこけしだけは本物だった。
ある霊能者が作ったこのこけしには、悪しき者の力を封じる力がある。
明星による攻撃が効かなかったのも、それが原因だ。
こけしのその力が内に禍霊を宿す寄処禍の息子を死後もここに押さえつけていた。
しかし、それも、終わりを迎えた。
霊の身体が煙のようにゆらめき、そして天に昇っていく。
彼をここに封じ込めていた力が消え、ようやく幽世に行くことができる。
「そうか。ずっと助けを求めてたんだな」
それを見ながら、天平が呟く。
不意に霊の口元が動く。
もはや声もでない状態だが、天平には彼がなにを言おうとしているのか分かった。
天平は言葉のかわりに、微笑みを返す。
やがて霊は完全に消え去った。
「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
家を出て車に戻る。
涌井の労いの言葉を聞きながら、後部座席に座る。
「問題なく完了しました」
呪いの家の真実と、その顛末を報告する。
「なるほど。それは不幸な話ですね」
「こういうのって結構あることなんですかね」
「類似した例は過去に何件かあります。寄処禍に関する知識がなければ、適切に対処するのは難しいでしょうね。そういう事態を防ぐためにも一般家庭に生まれた寄処禍の保護が必要ですが、一人も取りこぼさずにというのは難しいのが現実です」
「まぁ、そうですよね……」
──純礼ちゃんと出会えた俺は、運が良かったてことだなぁ。
窓から流れる景色を見ながら、天平は自分の境遇にぼんやり思いを馳せる。
「もっと頑張らなきゃな……」
絵に描いたような入道雲を見上げ、天平は小さく呟いた。




