『冷凍クマちゃん、解凍中。』
『冷凍クマちゃん、解凍中。』
湊花町の駅前の自販機が並ぶ小さな通り。
真昼の太陽が、白いアスファルトを照らしていた。
風は海のにおいを運び、遠くでカモメが鳴いている。
その中に、ひとつだけ青白く光る冷凍自販機があった。
湊花クッキー、干物アイス、そして──なぜか一番下の列に、
「クマちゃん(おやすみパッケージ)」と書かれたボタン。
――ぽちっ。
ガコン、と音がして、透明なケースが落ちた。
中には、ふわふわの耳としっぽが見える。
小さな氷の粒が、陽光を反射してきらきらと跳ねた。
「……んにゃ? ここ、まぶしい……」
ケースの中で目をこする小さなクマ。
目の前には、部活のない午後をぶらりと過ごしていた男の子が立っていた。
白いシャツの袖をまくって、少しだけ汗のにおい。
「えっ……これ、生きてる?」
「うん、生きてるよ〜たぶんクマちゃん!」
男の子は笑って、そっと手を差し出す。
クマちゃんの小さな手が、そのぬくもりに触れた瞬間、氷がとけて水滴になった。
「冷たい?」
「ううん、あったかいの〜」
手をつないで歩きだす。
真昼の風が、潮とレモンみたいな匂いをまぜて吹き抜ける。二人は港にほど近い、唯一のコンビニへ。
入口のガラス戸がチリンと鳴る。
中は冷房の風とフライドポテトの香ばしい匂い。
「どれ食べようか?」
「これ! 湊花フィッシュバーガーと……ポテト! あとね、レモンサイダー!」
「元気だなぁ。」
「だって、お腹ぺこぺこなんだもん」
買い物袋を抱えて、ふたりは港へ向かった。
水揚げの真っ最中の港は、にぎやかだった。
氷をまく音、船のエンジン、遠くの放送スピーカーの声。
そのすべてが午後の光に包まれて、きらめいていた。
ベンチに座って、フィッシュバーガーを分けあう。
衣がカリッと鳴り、ソースの甘い匂い。
ポテトをつまみながら、レモンサイダーをぐびり。
「ねぇ、クマちゃんはどこから来たの?」
「たぶん、夢の続きの中から……でも、今はちゃんとここにいるよ」
列車の走行音が、この辺りまで聞こえる。東京行きか熱海行きかは分からないが。
男の子は笑って、クマちゃんの耳をそっとなでた。
真昼の光の中、二人の影が並んでのびる。
港の波がきらめき、遠くのクレーンが銀色に光る。
冷凍パッケージのラベルが、風に吹かれてふわっと舞い上がった。
}「この子を見つけた人は、一日だけ夢の続きをもらえます……」
その午後は、夢みたいにまぶしかった。
そして──クマちゃんは思った。
(もしかして、“イチニチ”って、しあわせの長さのことなのかも。)
完。
注釈:
この執筆システムの標準設定は“6-8月”になっていますので、現実の季節とズレが有ります。




