裏話 第六話 ヴェルギス教徒大迫害Ⅰ
帝国帝都ロサイス。
アルムス一世がロマーノ王国を建国して以来、首都とされた世界でも有数の歴史を持つ古都。
帝国の経済の中心はクラリスへと移行しつつあるが、現代でもこの古都は帝国の文化、経済の中心地であった。
ロサイスの中心部。
宮殿では御前会議が行われていた。
元老院がウェストリア帝により解体されたことで、ありとあらゆる政治の決定はこの御前会議で決定される。
現在の議題は急速に信者を増やしつつあるヴェルギス教徒のことである。
「あの邪教徒どもは我が国古来の神々を悪魔と罵り、貶めています。さらに人は生まれながらに平等、支配されないなどと言い、税金を払いません。そればかりか我らの教会に火を放ち、時には金品を強奪して、神官を殺害します! 彼らは宗教団体などではない! ただのテロリストです。彼らの存在は帝国を将来的に脅かします。直ちに彼らをこの国から排除すべきでしょう!!」
そう叫ぶのはセシル。
現神祇省、女性神官を束ねる神祇右大臣。
「確かに彼らは悪質な犯罪行為を重ねています。ですがそれは差別への反発です! 彼らの教義は愛です。決して邪教徒などではありません。それに犯罪行為に手を染めているのは極一部。その他の者たちは我ら帝国の臣民です。そもそもあらゆる宗教を認めるのは我が国の伝統ではありませんか!! 我が国の神話は元々ロマーノ半島にあった信仰、キリシア神話、ガリア神話、ゲルマニス神話、アイギュプス神話、ポフェニア神話が混ざった物であることは周知の事実! 伝統を否定することはなりません。彼らはこれからも数を増やし、勢力を拡大し続ける。弾圧は将来へ遺恨を残します!! 融和を図るべきです!!」
そう叫ぶのはラドゥ。
現神祇省、男性神官を束ねる神祇左大臣。
現在、御前会議はこの二人を中心に怒号に包まれていた。
それを黙ってウェストリア帝は聞く。
数時間後、両者の喉が疲れ切ったところでウェストリア帝は口を開く。
「確かにヴェルギス教徒は危険である。だが彼らは悲しいことに我が国の臣民である。我が国の方針は法治主義。法を犯していない者を不当に逮捕するなど―」
「陛下! ご報告申し上げます!!」
そこへ近衛兵隊長カトレアが乱入した。
「どうした?」
「ヴェルギス教徒がエトラ様の霊廟を破壊しました!! 現在、それを追跡中です。全近衛兵の出動の許可を頂きたい!!」
時が止まった。
「なるほど……ヴェルギス教徒が母上の……」
ウェストリアは目を瞑った。
そして笑う。
「カトレア。お前のおかげだ。私は重大なミスを犯すところであった」
ウェストリアは拳を強くテーブルに叩きつけた。
「害虫をこの国から駆除せよ!! これは勅命だ!!」
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斯くして、『元老院の解体』に並ぶいわゆるウェストリア帝二大失政の一つ、『ヴェルギス教徒大迫害』が始まった。
この大迫害で数々の教会が破壊され、聖書が燃やされた。
殺されたヴェルギス教徒の数は万を超すという。
この大迫害はエレスティア帝により『信仰の自由』が憲法で定められるまで続く。
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「大変です!! ハルトさん。邪教徒を滅ぼせとウェストリア帝が勅を出しました!!」
「だから何だって言うんだよ」
ハルトは紅茶を飲みながら答える。
ここはアスマ商会ロサイス支部。
ハルトは一年の三分の一をここで過ごす。
ウェストリア帝を含めた帝都の金持ちの方々は大事なお客様なのだ。
「私も含めてヴェルギス教は誰も信仰してないでしょ。商会の幹部の中にも居なかったと思うよ。全然大丈夫」
アイーシャがが気楽そうに言う。
所詮他人事だ。
「それに俺たちは神祇省認可の教会にたくさん寄付してるだろ。イチャモン付けたくても付けられないよ」
注意すべきはハルトに嫉妬する他の商会。
冤罪を掛けようとする可能性は十分にある。
だがその弾圧を行うであろう神祇省はハルトに借りがある。
万に一つあり得ない。
「まあそうですが……」
ロアはあっさりと引き下がる。
「やっぱり提案したのはあの人かな? ほら、『ともあれ、ヴェルギス教徒は滅ぶべきと考える次第である』の人」
「ああ、セシルさんか」
ハルトはセシルさんを思いだす。
彼女はどんな演説の最後にも必ず『ともあれ~』と言っていた。
ちなみにこの通称『ともあれ』はロマーノの政治家がよく最後の決め台詞として言う。
全く関係ないような話題の最後に言うのが正しい使い方だ。
エンダールス帝の時代に貴族の一人が『ともあれ、ポフェニアは滅ぶべきと考える次第である』と言ったのが起源だ。
主な使用例は「ロア。好きだ。君の赤いルビーのような髪は素晴らしい。胸も大きめの方で、母乳もたくさん出そうだ。足はすらっとしていて、腰はきゅっと括れている。お尻は大きいから元気な赤ちゃんが生まれそうだ。肌は真珠のように美しい。お願いだ、結婚してくれ。必ずしあわせにする。ともあれ、サマラス商会は滅ぶべきと考える次第である」という感じだ。
「うーん、多分そうなんですけど……止めになったのはエトラ様の霊廟への放火だそうですよ? 実際、勅が下ったのはその直後ですし。それまではウェストリア帝は融和的でしたよ」
「うわー、マジかよ。つまりヴェルギス教徒は自分からグリフォンの尾を踏んだってことか? アホだな」
「自業自得だね。人の墓に放火するだなんて」
ハルトとアイーシャは口ぐちに言った。
エトラ様とはウェストリア帝の母君だ。
ウェストリア帝が子供の頃に亡くなった人。
その死は不審な点が多く、皇位継承争いに巻き込まれて暗殺されたと言われている。
ともかく、ウェストリア帝は超が付くマザコンなのでこれには大いに悲しんだという。
彼が即位して最初に建てた建物がこの霊廟なのだ。
それに放火するとはヴェルギス教徒の脳みその有無を疑うレベルだ。
「可哀想だが俺たちにできることは何も無い。怖いしな。ウェストリア帝とは絶対に敵対しちゃならない。あの目はヤバかった」
ハルトは初めてであった時のウェストリア帝の瞳を思いだす。
あの時、絶対この人とは敵対しないと誓ったのだ。
実際、ウェストリア帝は自身を邪魔するものを法に則って処刑している。
この処刑は一種の名物と化していた。
だがそれでも多数の市民はウェストリア帝を敬愛し、賢帝と敬っている。
どん底の帝国をここまで復興させた手腕は事実だし、逆らわなければどうということは無い。それに逆らう必要がないからだ。
「だけど調査は必要だな。うちの商会の会員に居るかもしれない。改宗するように説得すれば助命嘆願くらいはできるだろ」
ハルトとて鬼ではない。
自分のところの会員の命くらいは助けたい。
三人が話し合いをしていると、どたどたと階段を上がる音がする。
ドアから出てきたのはレアだ。
「お父さん! ヴェルギス教徒についての研究論文を書いたの。出版していい?」
「……おいもう一度言え」
「だからヴェルギス教徒……」
「「「バカー!!!」」」
三人は思わず叫んだ。
「おい、出版してないだろうな?」
「だからその許可を取りに来たの」
つまり出版していないということだ。
「絶対にダメです。良いですか? 絶対にダメですよ。もう一度言います、絶対にダメです」
「お母さん……別にそんなに何度も言わなくても……」
レアが苦笑する。
だがここであることにアイーシャが気付く。
「ねえ、研究論文ってことはヴェルギス教徒の人とお話ししたりしたことあるってことだよね?」
「うん。そうだよ。それが?」
アイーシャは声を震わせる。
「まさかヴェルギス教徒のお友達とか居ないよね? 寄付とかしたり……」
「たくさん居るよ。みんな良い人達。寄付はちょっとだけした。五千万くらい」
その言葉に三人は同時に口を開く。
「「「このアホが!!!」」」




