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異世界商売記  作者: 桜木桜
第四章 対決編
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第40話 人材

四章始まります。いろいろ考えた結果前後に分けるのはやめました。


ちなみに戦争終結とは帝国の内乱が鎮圧された後のことです。

 クラリスに新しい法律が正式に公布された。これらの法律は富裕層に厳しく、貧困層に優しいものだった。多くの富裕層は肩を落とし、逆に多くの貧困層は両手を上げて喜んだ。

 被支配者が支配者の法律に合わせるのは当然である。だがそう簡単に納得できないのが人情というものだ。特に今まで特権階級でいた者たちは非常に不満なのだ。そして不満を抱えてる者の内、数人が行動を起こすのは自然なことだった。


 ことの始まりは一人の商人が労働者保護法に抗議したことだ。


 議員レベルの商人なら労働者の人件費が二倍に増えても潰れることはない。痛手ではあるが、彼らの資産や地盤はその程度では揺るがないし、対応の仕方はいくらでもある。

 困るのは中堅以下の富裕層だ。彼らは議員たちが持っているような技術、例えばユージェックの金融だったり、ハルトの石鹸技術だったり、ドモールの土木、建築技術などを持っていない。必然的に魔法具の部品の組みたてや農業などの高い技術を必要としない業種になり、それらは当然、競争が激しい。 

 ライバルに勝つには安い製品を作るか、質の高い製品を作るかしかない。多くの商人は安い製品を作る方を選んだ。そのために労働者を安月給で雇うのだ。


 だが労働者保護法が施行されれば労働者を安月給で雇うことができなくなる。人件費が上がれば製品の価格は高くなり、質の高い製品を製造している商人に負けてしまう。


 無理だと分かっていても抗議をしたくなるのは当然のことだ。そして当然のように追い返される。普通ならこれで終わるのだが、その商人は非常に諦めが悪かった。

 彼は本来は敵である同業者を集め、最終的に五人の議員を巻きこんで再び抗議したのだ。総督府はこれを再び追い返そうとした。だが人は群れれば気が強くなる生き物だ。商人連合は粘り続けた。


 勇猛と蛮勇は違う。まさしく商人連合の行動は蛮勇だった。


 最終的に痺れを切らした総督府が憲兵を使って議員五人を国家反逆罪で逮捕したのだ。五人は総督府により激しい取り調べをされた。そして過去に賄賂や買春などをしていたことが発覚した。

 ほとんどの議員は賄賂や買春をしている。帝国に支配される前のクラリスの法でも賄賂や買春はアウトだが、実質的にはセーフなのだ。賄賂も買春もクラリスでは常識なのだ。

 

 とはいえ犯罪であることは変わりない。総督府は五人を賄賂に買春、違法蓄財に麻薬所持、反社会組織とのつながりなど、本当にあったのか分からないような罪状で裁判にかけた。

 裁判官も証人も総督府が用意した裁判だ。勝てるわけない。こうして五人は議員の身分と爵位を剥奪され、資産をすべて没収された。

 クラリスに後ろめたくない商人は居ない。五人が潰されたことで商人連合はあっけなく解散し、他の議員達も総督府に媚びるようになった。

 

 ちなみに五人の財産はかなりのもので、総督府はかなり潤ったようである。


_______


 「総督府に逆らう何てバカだな。無謀だと分からなかったのか?」

 ハルトは一連の流れを知り、眉を顰める。総督府に徹底的に媚びを売る方針のハルトからすると、五人の行動は理解できない。

 「自分たちの既得権益を侵犯されたら抵抗しますよ。ハルトさんは議員になったばかりだから分からないんですよ」

 ロアは苦笑して言った。議員になって旨みを味合う前に帝国にクラリスが支配されてしまったせいで、ハルトは議員の既得権益に未練がない。また労働者保護法も累進課税制度も日本では当たり前だったこともある。納得できてしまうのだ。


 「まあ、俺からすれば大してマイナス要素ではないからな。それに帝国に支配されて良いこともある」

 「関税関係ですか?」

 都市国家連合では都市国家が思い思いに関税をかけていた。クラリスやリンガ、スフェルトといった関係の深い都市国家同どうしでは関税を撤廃したりしていたが、それでも関税は商人の商業活動を邪魔していた。

 だが帝国に支配されて各都市国家は解体されて、帝国に統合された。これに伴い関税は完全に撤廃されたのだ。


 「それもある。でも一番は法律が統一されたことだ。これで支店を外国……クラリス以外にも出しやすくなった」

 ハルトは答えた。今まで都市国家どうしでは法律がバラバラだった。クラリスは経済に対する規制が非常に緩いが、都市国家によっては外国人の商売に制限をかけているところもあった。そのためクラリスの外に支店を置くとなると、非常に面倒な手続きを取らなくてはならなかったのだ。だが帝国に統合されて法律も統一されたので面倒な手続きを取る必要性もなくなった。

 「支店ですか……石鹸の生産量もかなり増えて、クラリスだけでは市場も足りなくなってきたのでタイミング的にはいいと思いますが……どこに出すんですか?」

 「取り敢えず南北キリシアに出す予定だ。候補としては一番近場のレイム、大都市であるアルトやリンガだな。キリシア全体で地盤を固めてからスフェルトに出す」

 サマラス商会は大商会だ。まだクラリスのローカル商会であるアスマ商会とは大きな差がある。だから少しづつ周りから崩していくのだ。クラリスを本拠地にして大都市の客を奪っていく。そしてサマラス商会の勢力が後退し始めてから初めてスフェルトに攻め入る。それがハルトの戦略だった。


 「ですがハルトさん。支店を出すにはいろいろと問題がありますよ」

 「問題?」

 ハルトは聞き返した。

 「人材不足です。うちで支店を任せられるのはデニスさん以外いませんよ。輔佐を付けてればアッシュ兄弟でも何とかなりますが……それでも三人です。子供達は読み書きは完璧ですが、経験不足で話になりません」

 アスマ商会は新興商会だ。まだ起業されてから十年も経っていないのだ。だから碌な人材がいない。対外の新興商会は家族や親族、友人を頼ることもできるが、ハルトもロアも家族はいないし友人も少ない。

 「今でさえ厳しいんですよ? どうするんですか?」

 アスマ商会が回っているのはハルトとロアが仕事が趣味のつまらない人間だからだ。だが限度というものはある。支店を出せば支店を管理する人材が必要になり、支店の状況を報告したり監視したりする人材も必要になるのだ。

 「そうなんだよなあ。どっかに即戦力でも転がってないか……あ!」

 「どうしました?」

 ハルトはロアの肩を掴んで興奮したように言った。

 「失脚した五人の議員が居たじゃないか。あいつらの商会から引き抜けばいい」

 会長を失った商会は舵を失った船と同じだ。このような状況を他の商会が見逃す訳がない。現在五つの商会は多数の商会の攻撃に合い、潰れかけている。そんな泥船にいつまでも乗りつづけたい人間はいない。そこでハルトが手を差し伸べるのだ。アスマ商会は日の出の勢いで勢力を拡大している商会。乗りたがる人間は多いだろう。

 「それは名案です! じゃあ急いで引き抜きに行きましょう。同じことを考えてる人はたくさんいるはずです。本当は業種が似ているところから引き抜きたいですが……この際贅沢は言えませんからね」

 こうして人材の引き抜きが始まった。


_______


 まずハルトとロアは友人のグレイ総督に五つの商会の情報を求めた。裁判は総督府が主導したこともあり、情報は簡単に手に入った。

 「情報に関しては間違いなく私たちの方が有利ですね」

 「そうだな。お礼に蜂蜜石鹸を送ってやろう」

 ギリギリ賄賂には入らないはずである。


 「なるほど、さすがは大商会。末端まで含めると数百人もいるな」

 「私たちだって奴隷とか労働者を含めればそれくらいじゃないですか。欲しいのは上の方の人材ですよ」

 ハルトとロアが欲しいのは支店を任せられるだけの能力を持った人材だ。最低でも五名、欲を言えば十名以上欲しい。


 「一つの商会から集めると派閥が出来そうで危険だな。できるだけ偏りなく集めるか」

 

 ハルトとロアは引き抜くに値する人間を調べていく。商会での地位や功績、年齢だけでなく家族関係や交友関係を徹底的に洗っていくのだ。


 情報を集めたら早速引き抜きに入る。手順は簡単だ。

 まず引き抜きたい人間をこっそり呼び出す。食事でもしながら世間話をするのだ。お互い打ち解けあったところで話を切り出す。そして断られる。建前は今の商会に恩があるからというもので、本音はできるだけ良い待遇でアスマ商会に入りたいという欲だ。ここでハルトの加護が役に立つ。相手がどれくらいの物を求めているかが分かるのだ。身の程を弁えていない人間は振い落して、相応の物を求めている人間を引き抜いていく。

 

 この手順が上手く行き、七名の人間を引き抜くことに成功した。


 とはいえいきなり引き抜くわけにはいかない。アスマ商会にも受け入れ準備があるし、彼らも心残りがないように仕事を後輩に託さなくてはならない。立つ鳥跡を濁さず。準備を怠れば面倒なことになるのだ。


_____


 「取り敢えず人材の問題は解決したな」

 「そうですね。支店を出すうえで問題が他にあるとすれば……」

 「傭兵だな」

 ハルトは呟いた。


 アスマ商会ではアイーシャを含めて五人の傭兵を雇っている。現在は五人でもどうにかなっているが、支店を出すとなると話が違う。サマラス商会と本格的にぶつかることを考えると警護能力は強化したいところだ。

 「そうだな……取り敢えず騎馬民族の子供を警備担当に変更するか。プリンの話じゃ弓の技量は並の傭兵以上らしいし」

 「そうですね。石鹸の運送は別で人を雇えばいいわけですし。でもやっぱり足りないですよ」

 「仕方ない。取り敢えずプリンたちに話を聞いてみるか」


_____


 「というわけなんだが傭兵の知り合いいないか?」

 ハルトはプリンを呼び寄せて聞いた。全員呼んでしまうと警備が一人もいなくなってしまうので呼んだのは一人だけだ。

 「うーん、知り合いはいるけどどこにいるか分からないし……ユージェックさんとかに紹介してもらえば? あの人達はいろいろ(・・・・)するために傭兵をかなり雇ってるから」

 「うーん、あんまり頼りたくはないんだよな。紹介くらいならいいかもしれないけど……」

 ハルトが悩んでいると、大きな音を立ててドアが開いた。


 「ハルト!! 私を抜きにしてそういう話をするなんて水臭いじゃん!」

 アイーシャはそう言いながらハルトに抱き付いて、頬にキスをした。

 「ああ! 何してるんですか!」

 ロアはそう叫んでアイーシャを引き離そうとする。とはいえアイーシャの握力はすさまじい。非力なロアに引き離すのは無理だ。

 「ぐぬぬぬ、じゃあ上書きします!」

 そう言ってロアはハルトの頬……アイーシャがキスした部分にキスをする。ハルトは、これは実質ロアとアイーシャの間接キスなのではないかという考えが頭をよぎった。


 「ええと、私帰っていいかなー」

 プリンがこめかみに青筋を立てながら言った。ハルトは我に返ってロアとアイーシャを引き離す。二人とも不満げな表情だ。


 「お前どこか聞いてたんだ?」

 ハルトはアイーシャに聞いた。アイーシャは胸を張って答える。

 「道を歩いてたらたまたま聞こえたんだよ」

 相変わらず化け物じみた聴覚だ。


 「でもお前、傭兵の伝手なんてないだろ?」

 「傭兵の伝手はないよ。でも傭兵になりたがってる人の伝手ならあるんだな」

 アイーシャはにやにやしながら言った。

 「勿体ぶってないで結論から早く言ってください」

 ロアは口を尖らせて言った。

 「砂漠の民でクラリスで過ごしたいって人がいるんだよ。で、いい仕事先がないかって聞かれて。ハルトが雇ってくれるなら安心できるんだけどなあ」

 「砂漠の民か、確かに戦力としては申し分ないけど……大丈夫か?」

 砂漠と西方では言葉も文化もまったく違う。アイーシャは教養があるため問題ないが、普通の砂漠の民は大丈夫なのか心配だ。

 「大丈夫。私が面倒見ておくから」

 アイーシャは胸を張っていった。

 「まあお前がそう言うならいいけど。何人くらいだ?」

 「五人くらい。大丈夫?」

 「五人くらいなら問題ない。本当はあと十人くらい欲しいが……ユージェック辺りに紹介して貰えばいいか」


 こうして砂漠の民を雇うことで決まった。


_____


 「どうぞグレイ総督、蜂蜜石鹸です」

 「これはどうも。妻も喜びます」

 今日はグレイ総督と世間話をする日だ。グレイ総督はサマラス商会についての資料を渡した。


 「どうぞ、サマラス商会についての報告書です」

 ハルトは資料を読んでいく。サマラス商会の創設者や商品、現会長についての情報が書いてある。

 「では今から説明をします。資料を見ながら聞いてください」

 グレイ総督はハルトに説明を始めた。


 「サマラス商会の商品は非常に安価な泡の実です。泡の実の生産には多くの人手による管理が必要です。非常に手のかかる作物なため、高価なわけです。奴隷を大量に購入して使い捨てで生産をすれば泡の実を安価で生産することは可能ですが……法律の問題で不可能です。旧

都市国家連合の連盟協定では奴隷への虐待は犯罪です。当然帝国でも犯罪になります」

 「じゃあどうしてあいつらはあんなに安価に生産できてるんだ?」

 「分かりません」

 ハルトは呆れた目でグレイ総督を見た。グレイ総督は慌てて言った。


 「当然我々も調べました。ですが疑いがあるというだけで農場に踏み込むわけにはいかないんですよ。彼らはスフェルトの政治家と太いパイプを持って居ますから。仕方がないので月にいくら奴隷を購入しているか調べました。使い潰しているならかなりの量の奴隷が必要になりますから。ですが彼らは奴隷をほとんど買っていなかったのです」

 「でも泡の実の大量生産をするには奴隷が必要なんだよな? ということは……」

 「非合法の手段で仕入れている可能性は十分にあります。それなら安価に仕入れることも可能ですから。ですが可能性だけでは……」

 そもそもサマラス商会を調べて欲しいというのはハルトの要望でグレイ総督の独断だ。総督府全体の意思ではないのだ。五人の議員にしたように強引な手段に出ることはできない。


 「なるほど、分かりました。他にはありますか?」

 グレイ総督は大きく頷いた。

 「はい。まず現会長レイナード・サマラスです。この男はサマラス姓を捨てた後、しばらく行方をくらましていたようです。数年間、どこで何をしていたのか分かりません。ある日突然帰ってきてサマラス姓に戻ったようですが……謎が多い人物です」

 グレイ総督は一呼吸おいてから続ける。

 「次に前会長とその妻の不可解な死因です。どうやら盗賊に襲われたようですが……その盗賊は捕まっていないんですよ。そもそも同時期に盗賊の類が活動をしていたという記録は二人の死以外にありません。また二人の娘であるロア・サマラスも謎の失踪をしています。奴隷狩りの仕業という話ですが怪しすぎますね」

 ハルトは隣に座っているロアを見る。ロアの顔は真っ青だった。

 

 「レイナード・サマラスは怪しまれていないのか?」

 「いえ、当時レイナード・サマラスは取り調べを受けたようですが証拠はまったく出ませんでした。証拠がまったくでないのに彼を長い間拘束するわけにもいかず、釈放されたようです」

 グレイ総督はロアを見て言う。

 「顔色が悪いようですが……大丈夫ですか? 医者を呼びましょうか?」

 「いえ、大丈夫です。問題ありません。続けてください」

 グレイ総督は頷いて話を続けた。


 「次は相続問題です。彼は会長ですがこれには大きな反対があったようです。なぜならサマラス商会の正式な後継者はロア・サマラスだからです。死体が見つかっておらず、失踪の原因が謎である以上レイナード・サマラスが正式に跡を継ぐべきではないという意見も出ているんです。また彼が一度サマラス姓を捨てたのもそういう意見が出る一因のようですね」

 「なるほど。ところでロア・サマラスがひょっこり現れたらどうなると思います?」

 「さあ? レイナード・サマラスが正直に会長の席を譲り渡すかどうかによると思いますが……もし譲り渡さなかったらサマラス商会は空中分解するかもしれませんよ? 何しろレイナード・サマラスを嫌う人間はサマラス商会に多くいるようですから」

 ハルトはグレイ総督に頭を下げた。

 「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」 

 「いえいえ。お互い様ですから。私からもお願いします」

 二人は握手して別れた。


____

 

 「ハルトさん……」

 「ん? どうした?」

 帰り道、ロアはハルトを見上げて声をかけた。

 「私が逃げたのは失敗だったのでしょうか? 逃げずに警察かどこかに逃げ込めば良かったのでしょうか」

 「子供の戯言で終わったかもしれないぞ? 捜査も適当だったようだし。過ぎたことは仕方がないさ」

 ハルトはロアを励ます。

 「そうでしょうか?」

 「ああ。それに大事なのはこれからだ。レイナード・サマラスに敵がいるのが分かったんだ。お前を使って揺すぶりをかけることもできるしな」

 何しろレイナード・サマラスの地位の根幹に関わる問題である。カードとしての価値は非常に高い。


 「揺すぶりですか?」

 ロアは首を傾げた。

 「お前が生きていることをこっそり教えれば裏切る奴も出てくるだろ。そうやってサマラス商会を内側からも攻撃する。そうすれば間違いなく勝てる」

 「なるほど」

 ロアはハルトの考えに賛同を示す。顔色も気付けば戻っていた。

 「だから来週あたりにスフェルトに行こうと思うんだ。何かあるかもしれないし」

 「……分かりました。いつまでも逃げてるわけにはいきませんし。行きましょう」

 こうして方針は決まった。

 

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