第41話 最後の選択、繋がる声
大聖堂の天井が崩れ落ちる。
黒い心臓の鼓動はより強く響き渡り、空間ごと世界を呑み込もうとしていた。
アリエル・ローゼンベルクは膝をつき、剣を支えにかろうじて立っていた。
黒い紋様はついに胸を包み込み、左半身すら覆っている。
心臓は己のものか廃墟のものか、境界を失くし始めていた。
――その時。
地上から響いたのは民衆の声だった。
「アリエル! 生きてくれ!」
「解放者よ、俺たちは見ている! 負けないで!」
廃墟の柱に抗う群衆の叫びが、地鳴りのように響いてきた。
リリアが膝を擦りむいたまま、その声を重ねる。
「アリエル様! あなたはもう一人じゃない! 民も、私も、カリサも……!」
カリサが炎槌を振り上げ、血に塗れながら咆哮した。
「死んでたまるか! あんたがいなきゃ王都は旗を失うんだ!」
耳の奥で、影の声と民の声が交錯する。
『力を差し出せば、全て断てる……それがお前の役目……』
「違う! あなたが滅びになれば、希望も滅びる!」
アリエルは裂ける胸を押さえながら立ち上がった。
「私は……自分自身を譲らない。廃墟も抱え、滅びも引きずる。だがそれを――“希望”に変える!」
影の声が悲鳴のように揺らぎ、次第に薄れる。
アリエルの剣に宿る光が変わった。
紅と黒の渦に、金の輝きが確固として混ざり合い、一条の“新しい色”を作り出した。
それは滅びでも救済でもない――「抗い続ける刃」の色だった。
「――〈因果断絶・黎明ノ刃〉!」
振り下ろした剣閃は、廃墟の主の心臓を真正面から貫いた。
これまでの断絶とは違う。因果そのものを否定するのではなく、“未来へ繋ぐ記録”として書き換える一撃だった。
轟音。
黒い糸が悲鳴を上げながら弾け、巨躯を構成する残骸たちが崩れ落ちていく。
廃墟の主が最後の声を放つ。
『愚かなる……抗いが……歴史を……』
「歴史は譲らない! 誰かに決められるんじゃない、皆で……刻むもの!」
心臓が光を散らし、巨躯が大崩壊を始めた。
黒い柱が消え、王都を覆っていた滅びの影が裂けていく。
リリアが涙を流し、カリサが歓声を上げた。
「やった……!」
だが同時に、アリエルの身体が崩れるように倒れ込む。
紅黒金の光は彼女の中で弾け、全身を衝撃が駆け抜けた。
リリアが慌てて抱きとめる。
「アリエル様! しっかり……!」
彼女は微笑み、かすれた声で囁いた。
「まだ……生きてる。……だって、私は“私”だから」
その証拠に、胸の裂け目は完全には消えていなかった。
だが黒ではなく、金の光が縁を覆い、燃えるように輝いていた。
廃墟の主は滅びた。
だが、その代償と残された光と影――それこそが、アリエルの次なる宿命を示しているのだった。




