第22話 王家の心臓、因果の鼓動
脈動する回廊の最奥――巨大な扉は、まるで生き物が呼吸しているようにわずかに膨らみ、収縮していた。
表面には無数の光る糸が編み込みのように重なり、触れれば全ての時空を手繰れるのではと錯覚させる。
アリエル・ローゼンベルクはその扉の前に立ち、紅い瞳で細部を見つめた。
確かにこの糸の織り目は、過去と未来を同時に束ねている。
「これが……王家の心臓……?」
リリアが恐る恐る問いかける。
その声は回廊に反響し、低い鼓動の音と混ざった。
背後で、ヴァルシュがゆっくりと歩み寄る。
「この扉の向こうに脈打つものは、肉や臓器ではない。“王冠の因果”そのものだ。
ここを開けば、国の全ての歴史と未来が書き換わる」
「なら……開ける」
アリエルの声は迷いがなかった。だが、胸の奥の黒い裂け目が強く脈打ち、影が再び足元に広がっていく。
「警告しておく。この状態で扉を開けば――お前の中の“廃墟”が溢れだすぞ」
ヴァルシュの言葉に、リリアが息を呑んだ。
「アリエル様、いったん退くべきです! これ以上は――」
「もう遅いのよ、リリア」
アリエルは剣を抜き、扉を縛る因果糸に刃を当てる。
「この扉を越えなければ、未来も来世も、何ひとつ救えない」
剣先から溢れた白銀の光が因果糸を切り裂く。切れ目から、眩い赤と黒が絡み合う渦が吹き出した。
その風は甘く、しかし底知れぬ死の匂いを持っている。
一歩、二歩と足を踏み入れた瞬間――視界が反転した。
周囲の空間がねじれ、天と地の区別が消える。
無数の自分が鏡のように現れ、その中から“黒い自分”がにじり寄ってくる。
「……やっと会えたわね」
黒い自分が呟いた。声は同じだが、響きは冷酷そのもの。
リリアの声が遠くで響く。
「アリエル様!! 戻って!」
だが、アリエルの足は止まらない。黒い自分の右手と、彼女の左手がゆっくりと重なり――
その瞬間、扉の奥の“何か”が目を開いた。
それは形を持たぬ巨大な心臓の鼓動。
過去・現在・未来がすべてその鼓動にあわせてうねり、響く。
ヴァルシュの声が低く呟く。
「――王家の心臓が、お前を認めた」
眩い光の爆発が玉座階まで届き、セラフィエルが振り返った。
「……やはり、開けたか」
光の中で、アリエルの紅の瞳に黒が溶け込み、廃墟の主の力が完全に覚醒していく。
その覚醒が救いか破滅かは、まだ誰にもわからなかった。




