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11.理念原理主義者・紫式部の「呪い」――『源氏物語』に込められた社会的意味――

 先ほど(と、それ以前にもう一回)、「『源氏物語・蛍の巻』において、紫式部は主人公の光源氏に「物語とは、本当のことはごくごく少ない絵空事」と言わせている」と述べた。

 実は、この場面には、続きがある。

 物語を読んでいるさなか、物語そのものを軽んじるようなことをいわれ、ヒロインの一人である玉鬘はむっとする。その様子を見て、光源氏は「ああ、物語をちょっと馬鹿にしすぎたね。ごめんごめん」と言い訳がましい言葉を口にした後で、

「神代より世にあることを、 記しおきけるななり。『日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ(傍点引用者)」

と、笑いながら物語について述べる。

 ざっくり訳すと、

 「そもそも物語とは、はるか昔からこの世の物事を書き記したものだ。『日本紀』なんかに書いてあることはほんの一部。物語にこそ、詳細な歴史が書いてあるんだ」

という内容になる。「本当のことはあまり書いてない絵空事」とくさした直後に、いきなり物語を大いに持ち上げているのである。

 この部分こそ、紫式部の「宣戦布告」だと、僕は考えている。


 ちなみに、ここでいう『日本紀』とは、『日本書紀』のことであるとか、『六国史など官製国史の総称』を指しているとかいわれている。どちらにしても、漢文で書かれた歴史書であり、当時の貴族社会では、「物語」などよりもずっと公的で、書物としての価値が高いものと見なされていた。

 それを、紫式部は、こともあろうに「物語」の中で――何度も言うが、この当時「物語」は、女子供の読むもの、大の大人が読むに値しないもの、と見なされていた――「いや、物語(=虚構)こそこの世の真実を書き記したものであり、歴史書(=現実の記録)などよりもずっと価値のあるものなのだ」とぶち上げたのである。

「いやいや、直前の光源氏の言葉を道長が口にしたもの、と推測しておきながら、この言葉は紫式部自身のもの、とするのはおかしくないか。この言葉だって、道長が口にしたものかもしれないではないか」と反論する方もいらっしゃるかもしれない。が、それは違う。

 道長は、当時の社会の最高権力者で、リアリストである。である以上、必然的に、自らに不都合なことがない限り、自らの権力の基盤となっている社会を可能な限り保持し続けようとする、いわゆる保守主義者になる。そのような人間が、自らの権力や立場を正当化する根拠である「正史」を軽んずるはずがない。そのことから考えて、これはやはり、紫式部本人の言葉である、とせざるを得ない。

 だとすると、どうなるか。

 「つまらない現実世界なんかよりも、物事を美化して書いている虚構世界の方が、ずっと価値のあるものなのよ」と、紫式部はこの場面で、道長をはじめとするあらゆるリアリストたちにケンカを売り、同時に、自分の熱心な読者たちを――当時の常識に毒されていないいたいけな少女たちを、洗脳しにかかっている、ということになる。

 まさに「宣戦布告」なのである。

 

 そして。

 このような形で宣戦布告をした上で、紫式部は、どんどん「あはれ」の適用範囲を広くしていった。

 『玉鬘十帖』では、それまで多少の不幸は経験していたものの、基本的に自らの思うがまま、恋愛と幸福を追求してきた光源氏が、初めて自らの意に沿わない状況に直面する。入内(じゅだい:天皇の妻妾になること)させるつもりであった自分の養女「玉鬘」を、意に染まぬ男に無理矢理襲われ、妻にされてしまうのである。

 それを受けて、第二部では、最愛の妻が病気になったり、後から迎えた若い妻を他の男に寝取られたりと、第一部ラストで手に入れた幸福に、どんどん陰りが生じてくる。そしてついには最愛の妻が亡くなり、源氏本人までもが亡くなる。

 この物語の流れによって、無力な女性ばかりでなく、光源氏のような、この世のありとあらゆる才能・身分を一身に集めたような「男」であっても、前世の因縁やら宿命やらといった「大いなるもの」の前では無力であり、ただひたすら自らの運命を嘆き、泣くことしかできない存在であること――そして、そのつらい運命を甘んじて受け入れ、嘆き悲しむ姿こそが「あはれ」であることを描く。

 そして第三部では、光源氏とは打って変わって真面目で優しい「薫」という主人公を描く。光源氏のような情熱的なところを持たない――より「庶民的な(一般的男性貴族的な?)」主人公を用意したわけである。

 この薫、よかれと思ってやることのことごとくが裏目に出る。

 おかげで、薫も、ヒロインたちも、恋のライバルも、誰一人幸福にならないまま、物語は終末を迎える。これはすなわち、どれほど真面目に、誠意を持って行動する人間であっても――まして、それほど真面目でもなく、誠意もない人間ならばなおさら――因縁や宿命といった「大いなるもの」の前では無力であり、思うままにならないこと、そして、その「思うに任せぬ身」を、ひたすら嘆き悲しむことこそ「あはれ」であり、全肯定されるべき姿でなのである、ということをいいたかったのであろうと思われる。

 ということは、つまり。

『源氏物語』後半でもって、紫式部は、


A 女はもちろん、どれほど素晴らしい能力を持った男であっても、また、そうでないごく普通の男であっても、「大いなるもの」の前では無力であること。

B だから、人はみな、その時の気持ちに忠実に行動するべきであること。

C 行動した結果が望ましくないものであれば、そのことをひたすら嘆き、哀しみ、泣けばよい。その状況・その姿こそ「あはれ」であるのだから。


このようなことを全力で読者に訴えかけている。「現実的な努力などせず、流れと、その時の激情に身を任せればよいのです」の対象を、貴族女性から貴族全体に拡張し、その思想を読者に植え付けようと試みている、といってもいい。

 それはまさに、理念原理主義思想を「物語」という形で結晶化させたものに他ならない。

 『源氏物語』は、当時の貴族社会において、現実軽視思想を蔓延させる思想書としての役割を(密かに)果たしていたのである。


 紫式部の目論んだとおり、全力で現実を否定する「あはれ」の美学と、その思想に基づく理念原理主義は、大ベストセラーとなった『源氏物語』を触媒とし、無垢でいたいけな読者を次々と洗脳することによって、徐々に貴族社会へと浸透していく。

 はじめは、物語の熱心な読者層である若い女性に限った「共通の価値観」であったが、やがて彼女たちは成長すると、自らの子供や、あるいは乳母として養育を任された上級貴族の子息に、「これこそが貴族社会の常識よ」とばかり、「あはれの美学」を教え込んでいくようになる。

 また、『源氏物語』以降、新たな書き手によって、新しい物語が次々と創作されていくが、それらの多くに『源氏物語』の多大なる影響を見て取ることができる。すなわち、主人公やヒロインの設定、あるいはそのストーリーなど、『源氏物語』の焼き直しとしか思えないような作品が、多くの書き手によって、大量に生み出されるのである。当然その内容も、筆者が意図していようがいまいが、必然的に「あはれの美学」に基づいた――現実軽視と理念至上主義にどっぷり浸かった――ものばかり。いわば、『源氏物語』に類似した「疑似かっこいい生き方指南本」が、引きも切らず、どんどん世に送り出されていったのである。

 結果、ほんの十数年――当時の「一世代」が交代するのに必要な時間――でもって、「をかしの美学」はすっかり駆逐され、貴族社会の美意識は、すっかり「あはれの美学」一色となった(もともと平安貴族たちは「かっこよさ原理主義」などという地に足がついていない価値観を標榜していた人々であった。そのことも大いに影響を及ぼして、このような状況になったのだろうと思われる)。

 現実的な努力など必要ない。ただただ気持ちの赴くまま、情熱の命ずるままに恋し、行動し、のっぴきならない状況に陥れば、そうなってしまったことをただただ嘆き悲しみ、泣けばよい。それでもうまくいかなければ、出家するか、最悪死んでしまえばいい。それこそが、貴族として、もっともかっこいい生き方なのだ……そのような美学を「常識」として備えた人間が、貴族社会のほとんどを占めるようになったのである。

 その影響は、社会状況は極めて不安定なものになった。

 リアリストである藤原道長は、財政再建のための社会政策を打ち出したりなど、「現実の」社会全体を立て直す動きを怠らなかったのだが……彼の死後、一切そのような動きはなくなる。

 当然だ。「現実」などつまらないこと、それよりも、自らの情熱に忠実に生きることの方が大事だ、と思い込んでいる人間ばかりが、社会を構成しているのだから。

 貴族たちは、自らが実権を握るための勢力争いにこそ精を出すが、それ以外の、現実的に役に立つであろう方策一切を放り出す。そして、ひたすら恋愛と、そこから生じる「あはれ」の世界に浸るようになっていく。都が荒廃し、財政が滞り、盗賊が横行する無政府状態であっても、ただ、その状況を嘆き悲しむだけで、何ら手を打とうとせず、ひたすら「あはれ」の世界――虚構の世界へとのめり込んでいくようになってしまったのである。


 こうなった後、貴族社会の没落は早かった。

 藤原道長が、ありとあらゆる手段を講じて、自らと、その一族の権力を盤石にしたというのに、その死後ほんの半世紀ほどで、その権力は藤原氏の手中から滑り落ち、白河上皇の手にするところとなる。いわゆる「院政時代」である。

 が、その院政を担う上皇、及びその側近の貴族たちも、やはり藤原一族と同じく、「あはれの美学」にどっぷり浸かった人間である。である以上、その行動原理も、当然彼らと同じく「あはれ」の美学に基づいたものとなる。

 現実的努力よりも自分たちの思うがまま行動し、権力争いをすることばかりを優先し、ひたすら「理念原理主義」に基づいて行動した結果、院政時代も、ほんの百年ほどで終焉を迎える。

 そして、その後ようやく、武士が――「あはれの美学」など鼻で笑い飛ばす、徹底したリアリストたちが政権を担いようになって初めて、日本全国に広まった社会不安と無政府状態は改善されていくのである。


 『源氏物語』は、貴族社会を徹底した「現実軽視」の美学に染め上げることで、リアリスト道長の努力を水泡に帰し、彼らを社会の中心から追い落とした。まさに、「呪い」である。

 社会がどれほどボロボロになっていこうとも、それでも「あはれ」にしがみついて離れない貴族たちの姿を、紫式部はあの世から眺めつつ、「ほら、ご覧なさい。現実なんて、理念の陸持つ力の前では、赤子のように無力ではないですか。現実なんて、たかだかその程度の、本当につまらないことなのです。ほうら、下界の者どもよ、私の手のひらのうちで、思うさま「あはれ」に酔いしれ、踊るのです……!」と、高笑いしていたのかもしれない。


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