25
夜更け。
村長は灯りを絞り、物音を立てぬように旅支度をしていた。布袋に干し肉を詰め、古びた外套を畳む。誰にも気取られぬよう、静かに、静かに。
そのとき、背後の闇がわずかに揺れた。
「――何をしてる?」
振り返った村長の目に映ったのは、ユナの小さな姿。けれど、声が違った。低く、澄んで、どこか冷たい。
村長はすぐに背筋を伸ばし、頭を垂れた。
「御供をしたく、存じ上げます」
「要らぬ」
間を置かず、きっぱりと返る。
「しかし」
「待つ人が居るのだ。うつけめ」
その青い瞳が、闇の中で強く輝いた。人のそれではない光だった。
「命令だ」
短く、重い言葉。
村長は唇を引き結び、深く頷く。
「……は」
次の瞬間、そこにあった小さな影は、音もなく闇に溶けた。
残されたのは、かすかな冷気と、村長の呼吸だけだった。
そうして、ユナとガルドは村を発った。
村長は村に残った。
ユナは、魂の欠片について何も知らない。
あの夜に何が起きたのかも、詳しくは覚えていない。
ただ、像はあるべき所に戻った。
それでいいのだと、ガルドは言った。
もう心配はいらない、と。
その言葉は、不思議と胸にすとんと落ちた。
理由を考える前に、納得してしまった。
「一緒に、像を集めよう」
ガルドのその言葉に、ユナは迷わずうなずいた。
ある夜。
焚き火の音だけが、静かに揺れていた。
ユナは眠っている。
規則正しい寝息。何も知らない顔。
その影から、ふっと空気が歪んだ。
青い瞳が、闇の中で開く。
「……起きているか、ガルド」
低い声。
ユナの喉から出たとは思えない声だった。
ガルドは即座に片膝をついた。
音は立てない。
「は。ナハト=アエル=ユルナス様」
「固いな。昔と変わらん」
魔王は焚き火を見つめた。
炎が、わずかに風もないのに揺れる。
「旅は、順調か」
「……はい」
「嘘はつくな」
一拍。
ガルドは、視線を伏せた。
「……集めれば集めるほど、ユナは“器”として完成していきます」
「そうだ」
魔王は、満足そうに微笑んだ。
「それでいい。恐れるな。あれは我だ」
「しかし――」
ガルドの声が、わずかに掠れた。
「最後に残る“意識”は……」
魔王は、そこでガルドを見た。
懐かしむように。
「案ずるな。完全に消えるわけではない」
「……では」
「ただ、“主”が変わるだけだ。おそらく、だがな」
ガルドの拳が、ぎゅっと握られた。
「お前は優しいな、ガルド。昔から」
魔王は立ち上がり、ガルドの額にそっと触れた。
その仕草だけは、驚くほど丁寧だった。
「だからこそ、最後まで付き合え」
「……はい」
「この子が、どうなろうと」
次の瞬間、青い光は消えた。焚き火の音だけが残る。ガルドはしばらく動けなかった。
再び、ユナは眠りについていた。そっと毛布をかけ直す。
眠るユナは、何も知らずに寝返りを打った。
「……必ず」
誰に向けた言葉かもわからないまま、
ガルドはそう呟いた。
ユナとガルドの旅は続く。
終わりがどこにあるのか、誰にもわからない。集め終えたその先に、何が待っているのかも。
それでも、ユナは歩き続ける。
理由はわからない。
ただ、進むべきだと感じているからだ。
だが、ガルドは知っていた。この旅が何を意味するのかを。
――これは、魔王再生の儀式。
そして同時に、現魔王の破滅へと至る道であることを。
彼は何も言わない。
言えば、ユナは立ち止まってしまうだろうから。
だから今日も、剣を背に、ユナの隣を歩く。
その先に待つ結末を、すべて背負う覚悟を胸に秘めながら。
この先。
ユナは、少女から大人へと変わっていく。
それはゆっくりとした成長というより、光の中で輪郭がはっきりしていくような、眩しい変化。
背丈や顔立ちだけではない。言葉の端に宿る芯の強さ、まなざしの奥に揺るがない意志、息遣いの間に生まれる静かな自信。そして、愛。
これまでそこにあったはずの幼さは、いつのまにか淡く溶け、代わりに、目を離せなくなるほどの確かな存在感が、ユナの中に満ち始めていく。
いつしか、すべてが、終わろうとしていた。
長く続いた旅も、手に入れた像も、交わされた約束も――ひとつの結末へと収束しようとしていた。
けれど、残された選択肢は、あまりに少ない。
何を選んでも、何かを失う。
何も選ばなくても、何かが崩れる。
その中で、ただ一つだけ確かな未来があった。
ガルドが、彼女を守り通すこと。
それだけは、揺るがない。
ユナの旅は続く。
物語は、ここで一度筆を置く。
まだ語られていない未来を残したまま。
これで終わり……にしたく無いのですが。
時間が作れなくなってきたので、とりあえず終わりにします。
(自分が読者なら、酷すぎる、と糾弾してます……)
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




