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43 あくるりあ



建物からは出ることは出来たが、いくらも進まぬうちにキーラ達は囲まれていた。


聖騎士らに。


「支配されたのか…」


グリワムが忌々し気に呟くのを聞いてキーラは自分たちを取り囲む各国の聖騎士らの姿を窺った。誰も皆、理性の無い獣のような雰囲気でこちらに牙をむいていた。


「グリワム様…」

「大丈夫だ聖女キーラ。あなたの事はしっかりお守りする」

「あ、いいえそうではなく降ろしてくださいませ」


「何?」


「わたくし暴走魔獣を落ち着かせるのには定評がありますの」

「何?」


キーラはそう言ってグリワムの腕の力が抜けた隙にトンっと地面に足をつけた。


魔獣。と一口に言っても色々な種類がいて、そしていろんな状態の魔獣がいる。キーラの故郷では魔獣の種類とそれぞれの対処法を理解するのは大切だったが、必須知識としてその魔獣の暴走状況を計るのは幼い子供の内からきっちりと教え込まれる最も大事なものだったのだ。


そんなキーラの目から見て、彼ら聖騎士の状態はそれによく似ていた。


「力の暴走が極まってますわ。」


キーラはそう呟くと両手をパンっと顔の前で打ち鳴らした


「あくるりあ」


そう言うとバッとキーラを中心にした光が放射線状にあたりに放たれた。


「な」

「あら?」


キラキラとした光が暴走状態の聖騎士に降り注ぎ、それに伴い牙をむき出しにし獣のような敵意を向けていた聖騎士らの目がとろんと垂れ下がり、そのまま誰もが眠りに落ちたようにその場に体勢を崩した。


「は?な、なんだ…今のは…」

「…少し派手でしたわね…?」


昔より激しく光った鎮静術にキーラも目を丸くしている、とグリワムが「少し…?」と引きつったような変な顔をしてキーラを見た。


「前はもうちょっと慎ましやかな感じでしたの…」


ーわたくしが成長したからかしら?そうね、あの頃は子供で今はもういい大人ですもの。そういう事もあるんですわ。きっと。


「見たこともない魔法を…?」

「?魔法ではありませんわ、地の力をお借りして冷静になってもらう転換術ですわ。」

「転換術?」

「わたくしの田舎ではよく使われるんですけれど…ご存じありません?」

「あぁ…初耳だ」

「まぁ」


ーなんでも知っていそうなグリワム様が知らないなんて、さすが辺境の我が故郷。きっと地方で編み出されたささやかな生活の知恵的なあれでしたのね。それを意気揚々と披露してみせたなんて…なんだかちょっと恥ずかしいのですわ。


「…忘れてくださいませ」


キーラが小さく呟いたその時


ドンっと大地が大きく揺らいだ。


「なんだ!」

「グリワム様!!」



それは大きな山のようだった



日が陰り

その巨大な黒いシルエットの真ん中に大聖女の顔が浮かんでいた。それが見る間に裂けるように分裂し、ぼこぼこと増えるとビリビリと震えるような雄たけびを上げた。



『なにをした』

『イマなにをシタぁあ!!』

『大地のこ!きさま、だいちのこォオオオオ!!!』

『千年ブリのォ!!!ちからぁアア!!』


「な、何?」


流石のキーラもその不気味な様子に青ざめた。


グリワムはキーラを背に剣を構えたが、その異様な魔力に向かい合っているだけで崩れそうだった。


黒い影が異形の手を四方に広げた。と思えばそれは数えられないほどの本数に増え、振り回され、まるで蜘蛛の足のように動くとあたりを薙ぎ払いグリワムとキーラに急接近した。


それを回避する為にグリワムは魔力を放った。


しかし魔力が弾け、その皮膚をえぐり取ってもソレは一切構わず、グリワムが振るった剣がその腕を切り落としても、ソレはまったくスピードを落とさなかった。


「グッ」

「グリワム様!!」


グリワムの頭部が攻撃をかいくぐり伸ばされた手に鷲捕まれキーラは悲鳴を上げたが、すぐに自分の胴に巻き付いた別の手によってキーラの体は高く持ち上げられてしまった。


『あぁ…お前…そう。なるほど…そうだったのねぇ」


掲げられたキーラの眼前にあの大聖女の上半身がボコリと現れ、それは恍惚とした表情で呟き、キーラの頬を黒い指先で包んだ。


「ルティナルールと同じ力…素晴らしいわ、これで我はあとまた千年は確実に生きられる」

「な、離して…!!」


キーラは見悶えながら無意識に聖力を放出した。


『おっと」


その力は、この異形の黒い部分を瞬間的に燃え上がらせたが、しかし、すぐに大聖女の上体部分が吸い込んだ。


「あぁまったくやっかいな熟し方を…これだから祈りは加減が難しい。長く祈るうまみと脅威が同じように成長してしまう。だがあの場所が無ければこの仕組みは完成しないのだから…度し難い。」

「ですが大聖女様。この者はそのおかげでこの姿となったようで」


大聖女の体の横から大教皇の顔がぼこりと現れ、その不気味さにキーラはヒッと息を詰まらせた。


「まぁ、いいわ。とにかく熟れすぎたのならその分力を抜いてやればいいだけ。」


大聖女の呟くような言葉の意味を理解する前に、下方からキーラの名を叫ぶ聖騎士グリワムの声がキーラの耳に届いた。


「聖女キーラ!!!」


その時

突然キーラの胸元にあった聖十字のクロスが、焼け付くような熱を伴って黒い炎を吹き上げたのだった。




*****




「多分、脱出する方法はありますわ。」



閉ざされた祈りの間。聖女コーラのその言葉に聖女達はバッと顔を向けた。


「これ。聖水だけではなく箱や瓶もどこかへ転送されてますもの…きっとここに置いたものは自動的にどこかへ送られているんでしょうね」


コーラは転送陣を指しながら話した。


昨日、聖女キーラが聖水を作って転送陣に乗せる様子を見ていて、そしていままで他の聖女達がこの転送陣を使う様子を見ながらあることに気が付いたのだ。


聖女キーラは聖水瓶を詰めた木箱がいっぱいになってから転送陣にのせて転送していた。しかし今聖女達は各々作った聖水を纏めることなく転送陣に乗せて転送している。しかも木箱に入れる者、入れない者もいてバラバラだがすべて問題なく転送されていた。


この魔法陣は聖水の量が多かろうと少なかろうと作動する。しかも木箱があるなしも関係なく。


ーキーラ様は大量の聖水を転送していましたわ。あの量は多分…人一人分以上の質量はあったはず…


「先ほどわたくし、自分の飾りひもだけをここに置いてみましたの」


そう言いながらコーラは転送陣を見下ろした。


「でもそれだけだと転送はされませんでしたわ。でも次に、その飾りひもを聖水に巻き付けて置いてみると、ちゃんと転送されましたわ。」


「え?では…」


「ええ。聖水を手にしてこの陣に乗れば…多分どこかに転送されるのではと思われますわ」


聖水を作り、転送陣に置くことだけは出来るので、聖水を持って転送陣に乗ることは可能だろうと思われた。


「じゃ、じゃあ、ここから出られるんですの?!」

「誰かに助けを求めることも?!」

「食事も…!?」


わっと皆が希望に湧いた


「ばかばかしい。」


しかしそれに水を差す言葉が聖女トティータからこぼれた。


「人が転送されるなんて聞いたこともないわ。転送できるのは物だけよ。これだからものを知らない下民は…」

「聞いたことがないだけ?あら、じゃあ勝率が上がりましたわ」


トティータの言葉にコーラは高飛車な雰囲気でかぶせると鼻を鳴らした。


「…なんですって?」


「だって出来ないと言われているわけではないんでしょ?わたくしも馬鹿ではありませんのよ?それくらい考えましたわ。…転送が失敗して最悪死ぬかもしれないってね!でも、ここにいても遅かれ早かれ死んでしまいますわよ!!」


「な…」


「ねぇ、トティータ様?聖水を作りすぎるとどうなるかご存じ?!ぼろっぼろになりますのよ!!髪はバサバサ肌はボロボロ体は骨と皮だけ!!えぇそう!あのボロボロ聖女キーラ様みたいにね!!」


その言葉に皆ハッとして目を見開いた。


「え…」

「それ…って…」


聖女達に動揺が走った。


「キーラ様は異常ですわ。そんな生活を23歳まで続けていたんですもの。皆で聖水を作らなくなった不足分をキーラ様はたった一人でカバーしていた化け物聖女様だったんですわ。でもわたくし達には無理。わかりますでしょ?たった一日でこのありさまですもの」


そう言いながらコーラは自分の手を前に出した。


艶を失い、細かい皺が目立ちだした肌、骨ばった指先


「以前皆様聖水を作りすぎて倒れられたんですって?でもそんな防御反応も今は働かないようですわね?倒れたいのに倒れらない。やめたいのにやめられない。せめて作った聖水を口にしたいのにそれすら出来ない。そうではありません?わかっておられます?わたくしたちには時間がありませんのよ!!」


皆が絶望に顔を染めたがコーラは構わず、先ほど自分が生成した聖水を2本手に持ち立ち上がった。


そうして1本は左手に握り、もう1本は口元につけるようにして震える指で握り込み大きく息を吐いた。


「異常を感じたらなんとしてでもこれを飲んでやりますわ!わたくしは、こんなところでボロボロになって死にたくありませんの!!死ぬならせめてタルスル様とか!最高の聖騎士様に抱かれて死にたいんですわ!!最悪転送に失敗しても、ここであんな大聖女の意のままでいるよりはまし!くそくらえですわ!!」


そう言うとコーラは転送陣に乗りあがった。


「コーラ様!!」


聖女達が悲鳴を上げたが、その姿は他の聖水瓶と同じように転送陣の上でふわりと静かに消えていった。



***



ぐるりと体が回るような感覚のあと、うっすら空けていた目に見知らぬ景色が飛び込んでくるとコーラはバッと目を開いた。


ーせ


「成功しましたわぁああああ!!!!」


コーラは見知らぬ室内で雄たけびを上げた。


「っと」

しかしすぐに黙り込み、ささっと転送陣から降りた。


転送陣の周りには自分達が送った聖水が乱雑に押し出され溜まっていた。そこに人の手が入っている様子はなかったが、念のためそのままあたりを窺い、人の気配がないと確信すると後ろを振り返ってしばらく様子をみていた。


しかしコーラに続いて転送陣を使い他の聖女がやってくるような気配はなかった。


「…まぁ、そうですわよね」


ふぅと息を吐いて、その時自分の両手に握ったままの聖水瓶に気が付き、そのまま恐る恐る蓋を引き抜くと、それはあっけなく抜けた。


「空きましたわ!!」


祈りの間では栓を開けることも出来なかった聖水瓶。コーラはそのまま無事に聖水を飲むことが出来、それならと続けてもう一本もふたを開けごくごくと飲み干した。


「ぷはぁ!生き返りましたわ!!」


コーラは元気いっぱいで顔を上げた。


ーどうやらあの強制力は弱まっているみたいですわね!


そうと分かればと、コーラは首から下げていた聖十字のクロスを掴んで放り投げた。それは暗がりにコンコンと音を立ててコーラから離れた。


「あーーーーーーすっきりした!!」


あの大聖女と遭遇した後から、聖十字のクロスから禍禍しい力が放出されるようになり、それなのに外すことも抗うことも出来ず、本当に気持ちが悪かったのだ。


「あ、でも白珠は要りますわ」


そう思いなおし、コーラは放り投げた聖十字のクロスになるべく触らないようにして自身の白珠をそこからぽこりと取り外した。


コーラは白珠をつかむとこぶしを握って力いっぱい宣言したのだった。


「さて!逃げますわよ!」



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