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40 儀式



上も下もない

闇 闇 闇 闇


気が付くと真っ暗な空間にいたキーラは、ここはどこなのかとあたりを見回した。その時どこからともなくか細い声が聞こえてきた。


ーこんな事になったのは誰のせい?


と。


ー誰でもない

これは私たちのせいー


暗闇の中現れた女性は、苦悶の表情を浮かべそう言いって『簡単に幸せになれると思ったの』と声を震わせた。


キーラはその憐れな様子になんと声をかけていいのかわからず「まぁ」と小さく呟いただけだった。


そのまま泣き崩れた女性の後ろから新たな女性が現れて『すべてが変わってしまった』とうなだれた。


『いいことだと思ったのに』

『騙された』

『皆が騙された』

『あの魔女に』

『苦しめられて』

『くるしい』

『今もずっと苦しい』


そのうち見知らぬたくさんの女性に囲まれて、そう訴えられて、キーラは「あ、あの…」と彼女たちに戸惑うばかりだったが、そのうちの一人が突然ガッとキーラの腕をつかんで見上げてきた。


その姿は

白金の髪に薄紫の瞳だった。


よく見ると、周りの女性たちもみな全て同じ髪と目の色を持っていた。

キーラと同じ色を。


「逃げなさい」

「え?」


突然女性は真剣な目でキーラにそう告げた。彼女はとても美しい女性だった。


「次の大聖女では力が足りないと思っていたのに…あなたはその力を持ってしまっている。」


ーわたくしの?力…?


「逃げなさいここから、違う大陸へ。そうすればきっともう器は作れない。器が無ければ白珠も作られない。白珠が無ければ…聖女はもう生まれない。そうして聖力は地に還り…ようやくアレも弱り死んでいく…。」


そう言ってその女性は悲し気にほほ笑んだ


「わたくしが間違っておりました。あの方をお助けしたかった気持ちを利用されて…何百年も間違って…すべてはわたくしが愚かだったから…」


「え、あの…」


ーなんなんですの???これ…



キーラがそんな疑問に意識をもっていかれた瞬間


目がさめた。



「う…」


ぼんやりとした光が照らす室内でキーラはゆっくりと目を開けた。


「目覚めたか」


しわがれた声に視線を向けると、そこには大教皇アーザス=オウ=ドミニオンが立っていた。


「だい教皇さま…?」

「聖女キーラ=ナジェイラ。…ナジェイラ騎士爵家の末娘。齢23歳。入教当時に記載されている髪色は白に目は濃紫。選外。」


そう言いながら近づいてくる姿はどこか不気味だった。


「え、あの…」


状況が飲み込めず、キーラはとりあえず起き上がろうと体をひねった。が、なぜか体はピクリとも動かなかった。


ーえ?あら?あらら??


「だが以前とはまるで違う。なるほど祈りの間の恩恵を最大限に受けたか」

「え?ちょ、ちょっと、」


ーなんですの?!体は動かないですし!ここはどこですの?!てかなんだかとってもとっても不気味ですわ!!


「アーザス。準備はできたかしら?」

「大聖女様」


ーえ?大聖女様


声のした方向に視線を向けると、先ほどの大聖女グルニカが黒い靄のような塊を引き連れてこちらにやってくるのが見えた。


そのまま大聖女はキーラの側に来ると真上からキーラの顔を覗き込んだ。


「ふふ。あぁなんて奇麗なのかしら?まるであの女、ルティナルールのようじゃない?ねぇアーザス」


―ルティナルール…?それって初代聖女様…?


「さぁ、私は初代様にはお目にかかったことはございませんので」

「あら?そうだった?アーザスお前幾つになったの?」

「868歳でございます」

「はい?」


頭上で交わされる大聖女と大教皇の会話にキーラは思わず声を出してしまった。


「この男は人として最も多くの聖水を飲んでいるもの。それくらい当然よね」

「お陰様で」


キーラが目を丸くしてるのに大聖女は目を細めて言った。


「さ、では始めましょうか。もうこの体もガタがきていて正直不快だったのよ」

「それはそれはお待たせしてしまい申し訳ございませんでした」

「本当よ。」

「え、え??」


いまだ状況が飲み込めず戸惑うキーラをよそに周りがふいに騒がしくなる。大聖女の後ろにあった黒い塊がキーラの横たわる台の周りに香油をふりかけ明かりを灯す。その様子にキーラはその黒い塊が人型なのだと気が付いた。


場が整うと、大教皇が謡うような旋律の祝詞を唱え始めた。それに共鳴するようにキーラの胸元にある聖十字のクロスが細かく震え、低く響く不安定な音域がキーラの頭に靄を注ぐようにしてその思考を重くした。


ーは?ちょっ…と待って…なんですのこれ…


ぐわんぐわんと視界が回るような感覚に気分が悪くなってキーラはぎゅっと目をつむり無意識に体に力を入れた。


その瞬間キンッと硬質な音がしてフッと体が軽くなった。


「?!」


ー…あら?楽になりましたわ


キーラは突然消え去った不快感に目をぱちぱちさせた。それに眉を寄せた大聖女の顔が映る。


「…流石に8年以上も祈りを捧げているだけあるわね…これくらいでは抑えられないのかしら…」

「…なんと」

「いいわ。それならあれを使いましょうアーザス持ってきて。」

「かしこまりました」


「あ、あの…」


何が何だかよくわからないが、キーラはとりあえず必死に頭を働かせた。そしてなんとかここに来る前の話を思い返していた。あの次の大聖女になれとかなんとか言われたあれだ。


あの花園での会話からここで寝ている今現在までの経緯はいまいち思い出せないが、今の状況が大聖女交代の儀式的な何かであると推察したキーラは、とにかく自分の意見を述べねばとここで声を上げた。


そう。キーラは次期大聖女になどなるつもりはまったくないのだ。聖女は卒業して実家に帰るという慎ましやかな未来に向かって現在爆進している最中なのだ。勝手に大聖女などと祭り上げられても困るのだ。


「あの!大聖女様、こんな状況で申し上げるのもあれなのですが!!せっかくのお話ですけれどわたくし次期大聖女になるつもりはございませんの!その、聖女は卒業して実家に戻るつもりでおりますので!!」

「?」

「それに大聖女様でしたらやっぱり聖女トティータ様が適任だと思いますわ!!とってもお美しいですし大聖女様らしい気品もおありですし!えぇ。とにかくその、わたくしにはちょっと荷が重いというか…人生の予定に無いというか…」


仰向けに寝た状態で勢いよく声を張り上げたが、最終的にそうもにょもにょと言うキーラを、大聖女は奇妙なものを見るような目で見下ろしていた。


「…何?どういう事?アーザスこの娘は何を言っているの?」

「さぁ」


ーえ?なんですの?わたくしそんな変な事を言っていますの??!


「いえ、あの、ですから…」

「まぁ、お前がどう思っていようがそれはどうでもいい事なのよ。ほら、これをごらんなさい」


そう言って大聖女は大教皇から差し出されたこぶしほどの大きさの黒い珠をキーラにかざして見せた。


「え?」


その中には意識のない様子の聖騎士グリワムの姿があった。



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