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39 虜囚 



その聖女を目にした時グリワムは体中を駆け巡る異様な熱を自覚した。


ー聖女キーラ…!!


その姿は今までの彼女とは何もかもが違うというのに、グリワムにはすぐにそれが彼女なのだと理解できた。


ぼさぼさだった白髪は白金に輝き、痩せすぎてこけていた頬はふっくらと丸みを帯びて艶めいている。濃い紫だと思っていた瞳は淡い夕暮れの空のように美しい薄紫色に変化していていて、そのなにもかもが変わっていたというのに


彼女だと

胸の奥が甘くしびれた


ー…馬鹿な


彼女がすぐ側にいる。それだけで空気まで変わってしまったかのようにきらめき、柔らかな感情に満たされてしまう様でグリワムは意識的に奥歯を噛み締めた。



これが、聖紋のせいだと

これが、聖女の求愛の口ずけを受けた聖騎士の真の姿なのだと

嫌でも理解させられていた。



ー感情が制御できない。



理性は落ち着くように脳に働きかけても、それすら甘やかな何かにゆっくりと浸食されていくのを止められなかった。


「はぁ、驚きましたわ」


ー守らなければ。

何をおいても。

近くに…ー


「えっと、花薗?ですわよね?ここ。あ、皆さん良かったご無事ですか?」


そんな感情に支配されグリワムは前へと足を出した。

大聖女から放たれていた魔力の枷はすべて消え失せ、グリワムを縛るものは何もない。


「あの、コーラ様が皆さんはもう死んでおられるなんておっしゃるのでわたくしびっくりして…様子を見に来ようとしてましたの…ですけど…えっと…倒れておられる方がたくさんいらっしゃるようですわね…、その、あのとりあえず…」


その目にはもう聖女キーラの姿しか映らなかった。


ー彼女の側に

俺の聖女の…ー


「ちょ、ちょっとお待ちになって!キーラ様!それは語弊がありますわ!わたくしは死んでおられるかもしれないとちょっとおも…心配をしただけで、本当にそうだとは言っておりませんでしたわよ!!風評被害ですわ!!」


「あら?そうでした?」

「そうでしたわ!!」



「聖女キーラ」



会話をするキーラの後ろからグリワムは声をかけ、そうしてその身を抱きしめようと無意識に伸ばした腕を…


しかし強引に意志の力で押さえつけ

降ろした。


「グリワム様…」


聖女キーラはグリワムに声を掛けられ一瞬気まずそうに視線を泳がせた。その様にグリワムは感情が揺さぶられ、なぜそんな顔をするのかとさらに一歩踏み込もうと体が動いたその時、側にいた聖女コーラが突然飛びついてきた。


「グリワム様!!わたくし怖かったですわ!」



***



キーラは花園へ向かう階段から突然空中に放り投げられ思わず悲鳴を上げた。しかし次の瞬間にはしっかりと地面を踏みしめることが出来たのでほっと息を吐いたのだった。


「はぁ、驚きましたわ…えっと、花薗?ですわよね?ここ。あ、皆さん良かったご無事ですか?」


あたりを見回し、ここが花園へ続く階段下にある少し開けた場所であることをキーラは確認した。そこには倒れている数人の聖女がいて、奥にも数名の聖騎士が倒れていた。それを見ればその状況は確かに良くないように思えたが、皆死んでしまっている。とコーラの言うような最悪の事態には見えなかったのでキーラはわずかに安堵した。


だがそれとは別に、一番近くにいた聖女トティータと見知らぬ女性、そして少し奥にいる聖騎士グリワムが目を見開いてこちらを凝視しているその視線に気が付き、戸惑った。


ーあ、ら、えっと何かすごく変な空気だわ…わたくし達が突然現れたから…?でも、わたくしもなぜこんな風にここに現れたのか?とかは謎なのでうまく説明できませんし…えっと…


「あの、コーラ様が皆さんはもう死んでおられるなんておっしゃるのでわたくしびっくりして…様子を見に来ようとしてましたの…ですけど…えっと…倒れておられる方がたくさんいらっしゃるようですわね…、その、あのとりあえず…」


そう言って自分の状況をどこか言い訳がましく説明しつつ、キーラは倒れている聖女や聖騎士の安全を確認しようとしたが、その時コーラが横から口を突っ込んできた。


「ちょ、ちょっとお待ちになって!キーラ様!それは語弊がありますわ!わたくしは死んでおられるかもしれないとちょっとおも…心配をしただけで、本当にそうだとは言っておりませんでしたわよ!!風評被害ですわ!!」


「あら?そうでした?」

「そうでしたわ!!」


そこはもうどっちでもよろしいのでは?とキーラは思ったが、とにかく倒れている人をなんとかしようとコーラに頷き動こうとした時「聖女キーラ」と後ろから声を掛けられ、固まった。


いや。

本当はこの場に出てきたときからわかっていた。


聖騎士グリワム=オーダナイブ


彼がここにいると目にした瞬間から、自分の意志に関係なくドキドキと煩く跳ねる心臓にキーラは戸惑い一部の意識が固まっていたのだ。


ーいえ、これはその、あの、あれですわ。あれが、あれで


駆け巡る先日の出来事

突然の口づけ


そんなものが一瞬で脳内に再生され、すぐそばまで近づいてきたグリワムをキーラはほとんど見ることが出来なかった。


嫌だったとか

嫌じゃなかったとか

そんな事では…

ただ聖女と聖騎士にはよくあるあれで…


「グリワム様!!わたくし怖かったですわ!」


ぐるぐると一人埒もない考えを巡らせるだけだったキーラの思考をぶった切るように、突然横にいた聖女コーラがそう言ってグリワムに抱き着いた。


ー?!


「あ、あぁ聖女コーラ…」


「あぁグリワム様!わたくしが聖域にいましたら突然黒い何かに花園が覆われて…本当に心配しておりましたの!皆様がご無事でよかったですわ!」


ーまぁ


コーラのさっきとは180度違う言い分にキーラは呆れたが、しかし聖女コーラはこういう人物だと理解しているので別に今更かとキーラは流した。


ーそれに正直、今はグリワム様のお相手をお任せできるのはありがたいのですわ…グリワム様を見ただけでなんだか動悸不全やら発熱やらで体に異常が出ておりますし仕事(仕事?)にならないので…その、ちょっと…困っておりましたし…


そう思いながら視線を外しキーラはそそくさと二人から離れ、倒れている聖女達の元へ移動しようとしたその時、キーラの前に一人の女性が立ちふさがった。


「?」


薄絹を纏った下半身が視界に入り、キーラは下げていた視線を持ち上げた。


ーあら?そういえばこの方どなたかしら??ずいぶんお美しい方ですけど…聖女??


「お前がわたくしの魔力を解放した…なるほど…あの聖紋の主ね?…名前は?」


キーラが見知らぬ女性に困惑していると、突然そう問われた。


ー?魔力の解放??聖紋???


「…?キーラ=ナジェイラですわ。あの、あなた様は?」


「わたくしは大聖女グルニカ。聖女キーラ、お前を次の大聖女に任じるわ」

「はい?」


ーえ?大聖女様??わたくしが次の大聖女…???


「大聖女様?えっと…それはどういう…??」

「ちなみに歳はいくつなのかしら?」

「?23で…もうすぐ24ですわ」


そうキーラが答えると大聖女グルニカは一瞬驚きに目を見開いた後、ニィっと唇を吊り上げて



嗤った。




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