表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

36 ダメなものはダメ



ー何?何が起こったの?


聖女テスは突然黒い魔力に覆われ禍禍しく揺らめく空を見上げ、震えた。


「聖女テス!」


その瞬間側にいた自分の聖騎士がテスをぎゅっと守るように抱きしめてくれなければ恐怖で取り乱していたかもしれない。周りにいた聖女達にも皆それぞれの聖騎士が突然の異常事態から身を盾にして庇い、あたりの様子に目を配っていた。


その時、生ぬるい風がどこからか吹き込んで来た。


頬を撫で、髪を揺らし、皆が目を細め開いたその先に、気づくと一人の女が立っていた。

白金の髪に薄紫の瞳、透けるような柔らかな薄絹を纏う、それは美しい女性だった。


「え…?」


ー誰?


テスがなぜ突然ここに見知らぬ女性が現れたのかと疑問を口に出す前に「大聖女様…!」と聖女トティータの声が響いて、皆の意識が驚きと共にそちらへと向いた。


「大聖女様…?」


誰かの呟きが響く中、薄絹が地面を滑り大聖女と呼ばれたその女性がトティータの方へゆっくりと振りむいた。トティータは頬を染めたままその女性の前へと進み出る。その横顔は喜色に輝いていた。


「このような場にいらっしゃるなんて…どうなさったのですか?」


選ばれた存在だけが相まみえることの出来る大聖女。その存在に認識されている特別な自分。そんな余裕のある態度でトティータは微笑んだ。


「あら?あなた、こんな所でなにをなさっているの?」

「え?」


けれど大聖女は、トティータに次期大聖女候補としての親愛の情を見せるでもなくそっけない反応を見せた。そのまま周りを見回した大聖女の顔は優し気な笑みを浮かべてはいたが、その目は笑ってはいなかった。


「お前たちも…聖女よね?それがこんな場所でこんなに大勢で一体何をしているの?聖水はどうしたのかしら?まだこんなに日が高いというのにどうして祈りの間にいないの?」


「え、それは…」

「わたくしたちは…」


突然現れた大聖女という存在に面食らっている聖女達は、急にそんな風に言われて戸惑った。


聖水ならもう作った。だからここ”花園”にいる。


ただそれだけの事だが、あらためて問われると言葉を濁してしまう。なぜなら聖女として聖水を作るという役目を今十分にこなしているかと言われると、誰も大きくうなずくことが出来ないからだ。


毎日10本程度作るのが望ましいと言われていながら、今は日に1、2本しか生成していない。そのことを皆自覚しているのだから。


「大聖女様。わたくしたちは今日の分の聖水はもう作り終えましたわ」


しかし聖女トティータは胸に手をあて、堂々と前に出て大聖女に申し上げた。


「皆がそれぞれ無理をせず作れる数だけ作る。そうでございましょう?」


そう言うと周りの聖女らもどこかほっとしたように頷いてみせた。


「え、えぇ、そうですの」

「わたくし達全員今日の分は作り終えましたわ大聖女様」


周りの聖女達の様子と、トティータと大聖女のやりとりは一見穏やかに見えた。


先ほどまで様子を窺っていた聖騎士らはその様に緊張感をわずかに緩め、突然現れた女性が大聖女と知ってそれぞれの思惑を持ってこのやり取りを眺めていた。



しかし

ただグリワムだけは張り詰めた気配で大聖女を凝視していた。



「ー…なんですって?」



その時トティータらの答えに大聖女の透明感のある美しい声が響く。それがドームのような魔力の膜に覆われたその場の空気をぶるりと震わせた。



グリワムはその瞬間自分達が決して逃れられない罠の中に引きずり込まれた小動物となったような錯覚を覚え、冷たい緊張感にザッと青ざめた。


だがグリワムの感じた焦燥は共有されず、ふわりと柔らかな空気が動いた。


大聖女の腕が持ち上げられ、その優美な動きに誰もがすっと吸い寄せられるような視線を向ける。

皆が漫然と大聖女の動きを見守っていたその時、


「聖女トティータ!!」と


突然グリワムの大声が雷鳴のようにあたりに響いた。


グリワムは大聖女の腕が持ち上がった直後そう叫ぶととっさに体をそこに滑り込ませ、大聖女とトティータの間で自身の腰の剣を引き抜いた

その瞬間爆発するように迸った衝撃の盾としたのだ。



「あら、いけない。」



受けた衝撃にビリビリと剣を震わせるグリワムと、何が起こったのか状況が飲み込めないまま目を瞠るトティータや、突然の衝撃に膝をついたり、倒れるような体制になってしまっていた周りの空気に構わず大聖女はコロコロと笑った。


「うっかり殺してしまうところだったわ。お前、よく防いだものね。えらいわ」


そう言ってグリワムに笑みを向ける大聖女にトティータは「え、殺、え…?」と混乱した。


「聖女トティータ、下がるんだ」

「グリワム様…?」


「聖騎士!すべての聖女様を連れて退避しろ!!今すぐにだ!!」


そう叫ぶと同時にグリワムは大聖女の周りに魔力の壁を何層も張り巡らせた。


「ほぉ」


大聖女は関心したようにそれを眺めていたが、グリワムは反応が鈍い周りに苛立ったようにさらに声を荒げた。


「動け!!全員殺されるぞ!!」



***



「なにかしら?」


キーラは祈りの間の扉から出て、聖域から花園へ降りる階段につながる通路へ目を向けた。キーラの背に張り付いていたコーラも同じようにそちらを見たが、近くにいた教会員の女性に「ねぇ、何かあったの?」と問いかけた。


「え、あ、聖女さ……」


キーラ達と同じように向こうに意識を持っていかれていた教会員の女性が、コーラの問いかけにこちらを向いた瞬間、そう口を開けたまま固まった。


「え?何?どうかされまして?」


目を大きく見開きキーラを凝視して固まった教会員を見てコーラは「あぁ…」と呟きキーラを振り返った。


そこには深くかぶっていたフードが外されて頭頂部がモロ出しのキーラがいた。


ー破壊力ー…


コーラはキーラに見惚れて完全に動かなくなった教会員にぬるい笑みを向けながらキーラのフードを片手で雑に被りなおさせた。その際髪も一緒に掴んでしまったが知らんし。


「いたッ、ちょっと、なんですの?!」

「いいからキーラ様はフードを被ってらっしゃって!面倒ですわ!」

「め、面倒?!」


どういう事なんですの?!とムッとするキーラを放っておいてコーラはもう一人反対側にいた教会員に何があったのかと声をかけた。


「聖女様、いえ、わかりません…花園で何かあったのでしょうか?」


そう言って眉を下げる善良そうな教会員の女性は、聖女からの問いかけに満足に答えられない自分を恥じているようだった。


そういえば教会員は花園へ降りることは出来ない。そもそもこの扉の前にいることが職務の教会員にそんな事を聞いても仕方がなかったかとコーラは彼女らに関心をなくした。


「キーラ様見に行きましょう。」

「え?あ、そうね。あなた方、一応他の教会員の皆様に声かけしてくださる?向こうで何かあったかもしれませんわ」

「かしこまりました!」


キーラが教会員に声かけするのを気にせずにコーラは先に花園へ降りる階段へと向かった。


そうして、


その真っ白に磨かれた階段の中ほどから先が、どす黒い紫色の壁に阻まれているのをコーラは目にしたのだった。



「…」



その瞬間、コーラは無言でくるりと踵を返し素早く颯爽とそこから離れた。



「コーラ様?」


少し遅れて追いついてきたキーラを目にすると、コーラはその肩をそのまま両手でつかんで向き合い物陰に押し込めると「残念ですがダメですわ」と神妙な顔でキーラに首を振ってみせたのだった。


「は?え?何かありましたの?」

「ええ。あれはダメですわ。終わりですわ。わかりますわ」

「え?なんですの?」

「真っ黒ですの。」

「まっくろ?」

「わたくしたち聖女が真っ白ぴかぴかだとしたらあれは反対に真っ黒どろどろですわ。終わりですわ。行けませんわ」

「は、はぁ?えっと、花園で何かがあったという事でよろしいのかしら…?えっと花園には降りれない感じ…?」

「無理ですわね」


何を言っても無理、ダメ、終わり。と会話にならないコーラにキーラは首を傾げた。


「でも、あの、花園には聖騎士様や他の聖女様方がいらっしゃいますよね?多分?」

「ええそうですわね」

「その、ダメな状況とは?ダメだと…ダメなのではないかしら…?」


キーラは花園に居るだろう皆の安否を気遣いつつコーラに問いかけた。


なにか大変な事になっているのならむしろ助けが必要なのでは?と思うのは普通の感性のはず…とキーラは眉を下げていた。


「ええ。ですので花園は多分もうダメですわ。残念ですが。すでに皆さん死んでおられるのじゃないかしら?」


コーラがそうきっぱりと言い切った言葉に、キーラは「えぇ?!」と驚愕の声を上げたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ