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35 教皇たち

(*残酷描写含みます)



「お、おぉ……」

「成功だ!」

「これは…すごい…」


トマ教皇の居室でカルビラ教皇とナトムア教皇、そしてトマ教皇の三人は目の前で虹色に輝く聖水瓶の山を見て感嘆の声を上げた。


ハポナ国の諜報部を使ったのはやはり成功だったとトマ教皇はほくそ笑んだ。


ーやつらは見事聖人部に侵入し、指示したものをきっちり内部においてきた。

 その結果がこれだ。ー


三人の中心に置かれた大きめのテーブルの上には100本ほどの聖水瓶と、ハポナ国に渡したのと同じような小箱が置かれていた。


この小箱は一見宝飾品のような、美しいがそれだけの価値しかないとみられるように偽装された魔道具で、対となる箱の周りにあるものを引き寄せる仕組みをもっていた。とはいっても発動の制約は大きい。まず、引き寄せたいものは此方にある小箱に認識させたものしか引き寄せられない。また、対となる小箱の周り、半径1mから10m以内にその認識させたものと同じものが存在しない限り引き寄せることは出来ない。そして、その範囲はそれを稼働させる魔力の過多によって決められる。


その用途を聞けばある種の者には推察されるとおり、これは違法魔道具だった。


その昔金銀、貨幣を盗み出すために作られたもので、現在は大陸中で使用どころか作ることも禁止されている代物だ。


しかしトマ教皇は昔聖水の対価の一部としてこの違法魔道具を手に入れていた。金銀を盗む必要などなかったが、何かに使えるかもしれないと隠していたのだ。


それを使い、教皇三人の魔力をあわせ、なんと100本もの聖水を引き寄せてみせたのだった。


「100本か…一日300本というからもっと引き寄せられるかと思ったが…」


「いやいや十分だろう…三人で割っても一人33本!ほぼ3年分の量だぞ!」


ー1人33本?話に乗っただけ均等に手に入れるつもりだとは…図々しい!


ナトムア教皇の言葉に一瞬そう思ったトマ教皇だったが、まぁ、また引き寄せれば構わないかと鼻を鳴らした。


聖人部とやらにいくらあるのかは知らんが、聖女らは毎日毎日聖水を作っているのは確かだ。日を置けばそのうちまた何百本と聖水が積みあがる。であればその内何割かをまた引き寄せても問題などないだろう。そう思いながらトマ教皇は顎を撫でた。


「いやしかし疲れたな」


「さようさよう流石にこれだけの魔力を使うのは堪えるわ」


「おぉ、ならば早速1本空けてみるのはどうか?のう、トマ教皇」


「ん?あ、あぁ」


ナトムア教皇が両手に聖水瓶を掲げて手渡してくるのを、トマ教皇とカルビラ教皇は勢いで受け取った。


「さぁ、飲もうではないか」


浮かれた様子でこの場を仕切るナトムア教皇にトマ教皇は不満を感じたが、疲れているのは確かかと、勧められるまま聖水を喉に流し込んだ。


「…あぁ」


久しぶりに飲んだそれが体中に染みわたる。虹色の雫が細胞の隅々までいきわたりたるんだ体が活性化される感覚にトマ教皇は目を閉じた。


ー相変わらず素晴らしい


目を開けると、鶏がらのような体形のカルビラ教皇の頬にも赤みが差し健康そうな艶を放っていた。ナトムア教皇の不健康そうな皮膚のたるみもきゅっと持ち上がり10歳は若返ったように見えた。


自分も同じように変化しているだろうと感じ、先ほどの苛立ちもどこへやら気分良く空瓶を机に置いたその時、


目の前に見知らぬ女が立っていた。 


「な…」


誰だと、そう問いかける前に女の手が優雅に動き、机にあった聖水瓶の1本が三人の前に掲げられた


「虫が群がっていたのね」


その声は可憐で、3人は言葉の意味を理解する前に改めてその女がひどく美しい少女のような女だと気が付いた。ナトムア教皇などはトマ教皇の女が部屋に入り込んで来たのかと片眉を上げその姿を上から下まで眺めた。


白金の髪に薄紫の瞳。すらりとした肢体に、薄布の光に透けるような服を纏った若く美しい女。その顔は聖域にいる聖女と比べても遜色ないような…いやそれ以上の美貌だった。


「トマ教皇、これは貴殿の愛人か何かか?」

「は?いや…おい、貴様、ここは教皇の私室だ。無断で立ち入るとは何事か」



そう言って女を指さしたトマ教皇の手首から先がその時ボトリと床に落ちた。



「う、うわ!!うわぁああ!!!」


びしゃっと迸った血に悲鳴を上げたのはナトムア教皇だった。トマ教皇はヒィっと息を吸い込んで先を失った手首を押さえるとそのまま床を転げまわった。


しかし、カルビラ教皇だけはその瞬間青ざめた顔でバッと床に這いつくばったのだった。



「だ、大聖女様…!!」


「な、だ、大聖女だと?!」


「そ、その髪色、薄紫の瞳…だ、大聖女様には、お、お初にお目にかか、かかか…」



カルビラ教皇の震える声音にナトムア教皇の驚愕の声が重なる。トマ教皇は手首を切られた痛みに半狂乱になったまま、まだ状況を理解していなかった。


「おまえたち教皇なの?」

「は、はは!!」


カルビラ教皇は額を床に擦り付けたまま答えた。その様子にナトムア教皇も恐怖と疑心暗鬼に苛まれながらも同じように床に手をついて頭を下げた。しかしトマ教皇はいまだ痛みに転げまわている。それに大聖女と思しき女は「うるさいわ」と小さく言って右手を振った。その瞬間トマ教皇の首が吹き飛んだ。


「ヒイッ!!」


ナトムア教皇はそれを目にして完全な恐怖で顔色を無くした。しかしカルビラ教皇はトマ教皇の首がごろりとすぐ横に転がって来ても、決して床から額を持ち上げることはなかった。


「あ、あぁ……」


震えるナトムア教皇の声とびちゃびちゃとトマ教皇の首から吹き出る血しぶきの音が静かな室内に凄惨に響いていた。そんな中、大聖女は机の上にある聖水瓶を数本空けるとコクコクと喉に流し込んだ。


「ふぅ」


あまやかな吐息がこぼれて「それで…」と鈴を鳴らすような声が2人の教皇の頭上に転がってきた。


「わたくしの聖水を盗んだ盗人に聞きたいのだけれど…他の聖水はどこかしら?」

「ほ、ほほ、他…?」


ひきつけを起こしたように震えるナトムア教皇に構わず、カルビラ教皇は「…聖人部から直接出した聖水はこ、これだけでございます。あとは、我々の私室に教皇分として配分頂いているものが数本、ございます」と答えた。


「ふぅん?おかしいわねそれじゃあ数が合わないわ。お前わたくしに嘘をついているの?」

「いいえ!決して嘘など…!!」

「あらそう」


そう言うと大聖女はカルビラ教皇に右手を向け、何かを掴むような仕草をしたかと思えばカルビラ教皇の体から黒いものをずるりと引きずり出した。


その瞬間カルビラ教皇の体は意識をなくしたようにドッと床に崩れた。


「うわ!うわ!うわぁあああ!!!」

「うるさいわ」


その様子に半狂乱になったナトムア教皇も、同じように黒いものを引きずり出され、そのままその体はピクリとも動かなくなった。


2人から引きずり出された黒いものは人型の影になってぼんやりと大聖女の横にあったが、「聖水を全部運んでちょうだい」と大聖女が指示すると、のろのろと動き出した。


大聖女は首のないトマ教皇の死体にも近づいてすこし様子を窺うと、やはり同じように黒いものを引きずり出し「お前も手伝うのよ」と2つの影を追わせた。



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