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28  グリワム



タルスルが出ていき一人になった自室で、グリワムは自身の左手に輝く聖紋を眺めた。


今まで多くの聖騎士らに聖紋が印されるのを見てきたグリワムは、同郷の聖騎士らに印された聖紋を魔力的に確認することによってその聖女の聖力の強さをある程度測ることも出来た。


そういった意味でグリワムは聖女キーラの聖紋を欲してした。


ーだが…これは…


グリワムは聖騎士として入教してから複数人の聖女と求愛の口ずけを交わした。そのどの聖女もグリワムに聖紋を印し続けることは出来なかった。あの聖女トティータですらせいぜい一日しか持たせる事が出来なかったというのに、昨日の口ずけからすでにまる一日以上が経過しているが、消える気配もなく光を放つそれを見ながらグリワムはわずかに目元を歪めた。


「染められている…」


信じられないことだが、グリワムは今、自身が圧倒的な力によって支配されていると感じていた。


ーこれは聖女の聖力を取り込み自身の魔力を底上げするなどといったそんな程度の話ではないな


苦々しい顔のままグリワムは左手に魔力を纏わせ持ち上げると軽く指を鳴らした。するとワッと魔力を帯びた強い風が巻き起こりグリワムを中心にして半円状に部屋中のすべてが吹き飛ぶ。しかしすぐにそれを引き寄せるようにぐっと手のひらを握り込めば、何事もなかったかのように元通りにすべては一瞬で収まってみせたのだった。


魔力の流れが通常ありえないほどスムーズに行使され制御されている。おまけにその威力はこれまでの数倍ではきかないほどだった。


「……」


これが聖女キーラに求愛の口ずけをした結果だろうというのはもちろん理解していた。だがこれほどの事はグリワムも予想していなかった。


先日聖女キーラが金級の聖騎士を選んだと聞いて、今まで感じたことのない感情に呑まれた。それがなんだったのか整理する前にその衝動のままグリワムはキーラを捕まえ、その唇を奪った。


痩せた体を逃さぬように魔力でつつみ強引に主導権を握り、そうしてキーラの聖力をからめとるようにして自身の魔力となじませ流す。そうすれば聖紋が浮き上がり聖女の力を判定できる。


聖域にいるすべての聖女の力を念のため確認したい。

本来ただそれだけの事のはずだった。


聖女と聖騎士の関係は表面的には甘く華やかにコーティングされているが、実際は搾取し、搾取され、契約によって縛られている殺伐としたものだ。そこに本当の愛情や信頼関係を築けている者たちなどいない。求愛も求婚もただお互いの欲を交換するだけの行いとなっているのだから。


だが今


グリワムの内側、そのどこか深い部分に何かが嵌ってしまったのがわかる。


何者にも侵せないはずの場所を他者に明け渡してしまったのだと感覚的に理解でき、しかしそれが決して不快ではないと感じてしまっている事にグリワムは心底ぞっとしていた。



支配されている

聖女キーラに



これこそが聖女と聖騎士の本来の関係なのだと、見えない枠に力ずくで嵌められたような不快感を理性でなんとか判じてはいるが、感覚がそれを裏切るように歓喜するのを止められない。


気を抜けば聖女キーラの事を考えずにはいられなくなっている。


脳内に記憶されている彼女の表情、しぐさ、顔、話し方、声、すべてがぐるぐると何度も再現され胸の奥が温かく、高鳴る。


「ーー違う。これは魔力過干渉による精神の暴走だ。」そう呟いてグリワムはぐっとこぶしを握りこんだ。


昨日、聖女キーラにくちづけた直後、グリワムは強い眩暈を覚えた。


咥内の粘膜から流れ込む聖力はその瞬間ものすごい勢いでグリワムを侵した。だがその時はまだ状況を理解できていなかった。揺れた視界に目をすがめたときには無意識に逃がさぬよう覆っていた魔力も効果を発揮せずに聖女キーラは自分の腕からすり抜け、距離を取り、そのまま走り去っていくところだった。


だがそれを追うことは出来なかった。眩暈はいっそう強さを増していて、グリワムは緊急避難的に花園を出るとコカソリュンの館へと戻り、急遽、席を外すことになった聖女トティータへの手当として、何かあれば工作に使えるかと用意していた教国上層部からの招待状を使用する指示を出し不在の言い訳とした。


しかしその頃には激しい眩暈にもはや立っているのもやっとの状態だった。とはいえ馬鹿正直にそんな弱みを周りに知らせてやる道理もない。グリワムは最低限の情報制御をなんとか行うと一人部屋に戻りそのまま寝台に倒れ込んだのだった。


そうしてそれから一向に起き上がってこないグリワムを心配したタルスルが様子を見に来るまでグリワムはこんこんと眠り続けていたのだ。



とにかくここでひとつはっきりしている事実を受け止めなければならないとグリワムは寝乱れた前髪をかき上げた。



ー聖女キーラの力は聖女トティータよりも強い。


それは比べるべくもないほど圧倒的だ。


では、なぜ聖女キーラはこれほどの聖力を持ちながらあのような力無い見た目なのか…聖女の聖力の強さはわかりやすくその姿にも反映されるのではなかったのか…?



思考を巡らせながら、グリワムは己に印された聖紋に再び目をやった。そのとき、その色彩にふと意識を留めた。


「白金に…薄紫……?」


聖紋はそれを記した聖女の髪と瞳の色が文様となって現れる。


「聖女キーラの髪色は灰白。瞳は…暗い紫…」


頭の中で再生される彼女の姿を確認しながらグリワムは眉を寄せた。その姿にある色と今グリワムの手に印されている色とはまったく違うように感じられたからだ。だが、明度をあげればどうかと言われれば同じようになるのかもしれないとも思えた。


「…光り輝く白金に薄紫ならまるで聖女トティータとおな……」


そこまで呟いてグリワムはヒュっと自身の言葉を飲み込んだのだった。



いつもボロボロ聖女を読んでくださってありがとうございます。


ここから3万字くらい先まで書いてはいるんですけど、その先がちょっと予定してた内容から逸脱してきてまして、修正をかけつつ出来れば最後まで書ききりたいので、12/12くらいまでお休みしたいと思います。13日(土)から再開させますので、よろしくお願いします。もしよければブクマなどして続きお待ちいただけたら嬉しいです!(ポイントとかリアクション、感想なんかも随時熱烈受付中です!)

毎日投稿止まってしまい、楽しみにしてくださってた方いらっしゃったら本当ごめんなさい。

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