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27 えっと…これは一体どういった状況なのでしょうか??



聖女が聖水を生成するこの場は、今日も朝のわずかな時間を除いてキーラだけの空間と化していた。それに構わずキーラはいつものように午前中のノルマを果たし、さて…今日も花園へ降りて婚活をせねばなりませんわね…と重い腰を上げた。


昨日の衝撃グリワム事件は何かの間違い。いや、聖女と聖騎士の関係ではとりたてて騒ぐ程の事などではないあるあるなのだと自分を無にして、唯一の出入り口扉にのろのろと手をかけたキーラだったが、重厚な両開きのそれはなぜかその時ぴくりとも動かなかった。


「あら?」


大きな扉だが、か弱い聖女の力でもいつもスムーズに開け閉めできていた。鶏ガラのように貧弱なキーラの腕でもいつも問題なく開けることのできていたはずの扉が、今はなぜかびくともしない。


「??…何か挟まって引っ掛かっているのかしら??」


上体を動かしてあちこち確認するが不具合は見つけられない。


「???」


キーラは取っ手を両手で持ち、ふぬぬぬぬっといつぞや聖女達を背負った時のように発奮し、力いっぱい取っ手を引っ張ったり肩を預けて全力で押してみたりもしたがしかし扉は一向に開く気配はなかった。


ーえ???…もしかしてわたくし閉じ込められてしまいましたの??


「…あ、あの!どなたか!いらっしゃいません?!あのー!!聞こえてらっしゃる?!!」


ドンドンと扉をたたいて外に聞こえるようにしばらく大きな声を出してみたが特に変化は起きなかった。


ーですわよね…知ってましたわ……


この祈りの間は聖女しか入ることはできない。それが禁忌的な意味合いではなく、正しくそうなのだとキーラは知っていた。


あくまでもキーラの想像だが、ここは多分異空間なのだ。外からは干渉できない不思議空間。


ーだから以前中で聖女の方が倒れられて大騒ぎの時でも、扉を開けないと気付いてすらもらえませんでしたものね…


「はぁ…どうしたのかしら?扉の故障??でも今朝ほかの聖女の方々は皆様普通に出ていかれてましたわよね??」


キーラはしばらく扉を眺めていたがあきらめて側にあった椅子に腰かけた。


「聖女のどなたかが気が付いて…は、くれませんわよね……」


友達のいないキーラにそんな望みはなかった。同室聖女コーラが唯一の希望だが多分望み薄だ。昨日銀級の聖騎士引継ぎを行ったからか、今朝は以前のように早々に聖水生成を切り上げ祈りの間を飛び出して行ってしまっていた。花園生活を目いっぱい楽しんでいるだろう彼女は当然今日はもうここには戻ってこないだろうし、夕方自室に戻ってキーラがいなくとも何も気がつかないだろう。基本彼女はまわりに興味がないのだ。


「まぁ最悪明日の朝には開きますもの…なんとかなりますわ…!」


この祈りの間では何らかの不思議作用で排泄などの欲求は起こらないと知っているキーラは最低限の尊厳は守られるのだと呟いて、朝になれば礼拝を終えた聖女らがやってくる。それまでの辛抱だとこぶしを握った。


しかしその時、くぅ~っと腹が切なげに鳴ってしまいキーラは情けなく眉を下げた。


ーうぅうう…排泄欲求は抑えられてても空腹は感じとれしまうのってなんなんですの??


がりがりに瘦せているキーラだが、食欲は旺盛でどの聖女よりも食べる食いしん坊聖女だ。いや、昔からなんでもモリモリ好き嫌いなく食べて、食べることが大好きなキーラではあったが、ただ今はそうしないと単純に生命活動を維持できないのでは?という切実な予感に駆られての大食だった。


ー聖水の生成は食欲と引き換えなのですわ。


本当にそうかどうかは定かではないが実際にキーラはそう感じていた。聖水を毎日大量に生成するためには燃料がいるのだといわんばかりに猛烈に体がエネルギーを要求してくるのだ。


ーあぁ…昼食…ここ数日コカソリュンの館でいただいていたお食事…おいしかったですわねぇ…今日もきっとみなさん素敵なメニューを食べてらっしゃるのね…いえ、聖域のビュッフェを初めて食べた時もこんなに美味しいものがあるなんてと感動したものでしたが人って慣れてしまう生き物…新たな刺激にはやはり感動が伴うものなのですわ…


キーラはひとしきり食事のことを考えていたが、そのまま崩れるように手前の机に突っ伏した。


「今日はもう色々無理ですわね…」


今日の婚活はいったんお休み。


これについては昨日の出来事もあってどこかほっとしている部分もあった。


ただ、こんな空腹状態では今日はもう聖水の生成はできないと流石のキーラも諦めざるを得なかった。一日のノルマを果たせないだろうことは初めてで非常に悔しいが、キーラだとて先立つものがなければどうにもならないのだ。


「明日…お食事をいただいたらまた頑張りますわ…」


そういいながらなんだかうとうとしてきたキーラはそのまま目を閉じて気が付けばそのまま眠ってしまっていたのだった。



****



「んぁ!!」



びくっと体を痙攣させてキーラは目覚めた。


「…あらやだ…」


いつのまにか眠っておりましたのねとぼんやり顔を上げ自分がまだ祈りの間にいることを再認識する。


ー今何時ごろかしら…?


なんとなく口元をぬぐいながらのそのそとキーラは上体を起こした。常にぼんやりと明るい祈りの間では、もう今が昼なのか夜なのかすらわからない。


ーそういえば鐘の音…というか外の音を聞くことは出来ていたように思うのですけれど何も聞こえませんでしたわね…扉が開かなくなった事と関係があるのかしら?


そんな事を思いながらキーラはんんっと伸びをし、ふと自分の体がひどく軽いことに気が付いた。


「あら?」


ーなんだか調子がいいわ??おなかもすいていないし……??


今朝の食事を最後に何も食べていない状態だとは思えないほど良好な体調の変化に戸惑いつつキーラは首を傾げた。


ーここに閉じ込められたお昼前はあれほど空腹だったのに…変ね??


なんとなく立ち上がりぴょんと垂直に飛び上がってみたりした。ふわっと浮き上がりそうだわなんて思いながらとっとっとと軽いステップで扉の前にやってきて、念のため開けられるかどうかもう一度試してみようと軽く取っ手に手をかけた。


ーあら?私の手…こんなだったかしら??


その時キーラの眼前に伸ばされた白いたおやかな自分の手に目をとめる。


ーもっと筋張ってたと思っていたのだけれど……意外と……年相応?


そこでハッと何かに思い至ったキーラはすぐに訳知り顔でうなずいた。


ーなるほどなるほど。聖女の皆様がこぞって花園に降りるのは聖騎士様の魅力だけではなかった説が浮上いたしましたわね。花園で頂くお食事には美容にもいいものがふんだんに使われていたと。なるほどそういう事だったのかもしれませんわね。


一週間ほど継続して何らかの美容食品を取っていた効果が今現れた説。素晴らしい。


うんうんとそんな事を思いながらキーラは機嫌よく扉に手をかけた。するとさっきまでどれだけ力を入れて押しても引いても、びくともしなかった祈りの間の扉がスッと開いた。


「まぁ、開きましたわ」


そういって祈りの間から外に出ると、しんっとあたりは静まりかえり人の気配はなかった。向かいにある大きな窓からは月明かりが廊下内に差し込んでいる。時間は真夜中をすこし過ぎたころだろうか?


「出られてよかったわ。部屋に戻って寝なおしましょ…」


ふわわと軽いあくびを噛み殺しながら聖域内の広い廊下を月明かりの中軽い足取りでキーラは進んだ。



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