26 次の日
その日
聖女トティータはよほど特別な事情がない限りは必ず聖女全員が参加を義務づけられている朝の礼拝にだけ参加をすると、祈りの間には向かわず自室へ戻っていった。
昨日は聖騎士らといろいろと盛り上がり気が付くとかなり長い時間を花園で過ごしてしまっていた。
ーとても楽しかったけれど流石に疲れたわ
そう思いながらふわっとこぼれそうになるあくびを抑え、付き人を従えつつ部屋に戻った。
「湯を張ってちょうだい。今日は休むわ。」
「かしこまりましたトティータ様」
付き人はトティータにお茶を用意するとそう返事をして頭を下げ、湯船に湯を張るために部屋を出て行った。
トティータは実家から送られているシロン産の紅茶を飲みながら、それにしても…と昨日の事を考えていた。
ーグリワム様はどういった用で我が国の上層部から呼び出されたのかしら?
今までそんなことは一度もなかった。そもそもここに入教した聖騎士がアルミア教国上層部に呼び出されるなんて聞いたこともない。
トティータはそこまで考えて、もしかして自分が次期大聖女候補であり、その婚姻相手と目されている聖騎士グリワムを教国にとどめるためのなんらかの手続きを行うためだったのかしら?と思い至った。
ーそうね…そういう事なら納得だわ…
そう思いながらちらりと窓の外に視線をやる。
トティータに与えられた個室は他の聖女達の暮らす部屋と比べて3倍は広く、さらに大きなバルコニーまで備え付けられている。そこには色とりどりの花が植えられておりトティータの目を楽しませた。
ー私が20歳を迎えるまであともうひと月もない…婚姻の儀はまだ少し先になるだろうけど、そう思うとこの窮屈な部屋ですら少し愛着を持って眺められてしまうものなのね
もうすでにトティータの中で昨日グリワムが他の聖女と逢瀬を楽しんでいたなどという戯言は些末な雑音としてすっかり頭の中から消え失せていた。
仮にその話が本当だとしてもそれがなんだというのだろうか?いまここにいるどの聖女よりも優れている自分に対抗できる聖女など一人もいないとトティータは知っているのだから。あの聖騎士グリワムですら何をしようとも最終的には自分に跪いて愛を乞うしかないのだ。
ーそう。全てを従わせるのはわたくし。
トティータはゆっくりとカップを傾け紅茶を半分ほど飲み終えた。するとちょうど湯船の用意を終わらせた付き人がトティータに声をかけてきたのだった。
***
「…おい、大丈夫か?グリワム」
その声にグリワムは重いまつげをゆっくりと持ち上げた。亜麻色の髪に水色の眼をした色素の薄い美形が自分を覗き込んでいる。
その向こう、肩ごしに見える自室の景色はオレンジ色で、ぼんやりとカーテンを染め上げけだるい午後の影を作っているようだった。
「タルスルか…今何時だ…?」
そう言いながら起き上がるグリワムを、タルスルは呆れたような顔で見やった。
「お前なぁ…坊ちゃまのお目覚めにタオル持ってきた執事じゃねーんだよこっちは。昨日いきなり戻ってきて今までぶっ倒れてたの覚えてんのかよ」
不満げに口を尖らせるタルスルにグリワムは眉を寄せた。そのまま少し考えるようにして「聖女トティータへは?」と聞いてきた。
「ぶっ倒れる前にここの上層部に呼び出されたってもろもろ指示出したんだろ?自分で。てか教国の白紙招待状とかどうやって手に入れてたんだよお前。何かあった時の偽装工作?その手の回しっぷりというか用意周到さとかまじで怖えーんだけど。」
「そうか、自分で…」
タルスルの言葉を受け流し、今の状況を整理しようと思考を始めたグリワムに、タルスルは「まぁもう元気そうで結構なんだけどさ」とグリワムのいる寝台の端にどかっと座って指さしてきた。
「で、原因はやっぱそれなわけ?」
「なにがだ」
「そ、れ」
そう言いながら自分の手の甲をトントンと指さしてみせるタルスルにつられて、グリワムは自身の左手に目をやった。
そこには煌々と輝く白金に紫の聖紋がはっきりと浮かび上がっていたのだった。
***
朝の礼拝を終えて聖女テスらは聖水を一本生成するとぞろぞろと祈りの間から出て、しかし花園へとは降りず、その手前にある木陰で話し込んでいた。
「あのキーラ様がグリワム様を寝取ったって本当ですの??」
「本当かどうかは…でもわたくし見ましたの、木陰でグリワム様にキーラ様が抱き着いていたのを…ねぇ…?」
「まぁ、なんてことかしら!しんじられませんわ!たとえ聖紋が印されていなくともグリワム様はトティータ様の聖騎士だというのはもう皆様周知の事実ですのに!」
「だからトティータ様今朝は礼拝のみ参加されてお部屋に戻ってしまわれたのね!きっと傷ついておられるのよ!!」
「なんておかわいそうなトティータ様…」
「キーラ様は一体何を考えておられるのかしら?!あのような方が聖女だなんてわたくし本当に恥ずかしいですわ!」
「今日も素知らぬ顔で出て来ていらっしゃったけれど、なんなのかしらあの方」
「ほんとうにいやだわ」
「わたくしも」
「わたくしもあんな方…もう花園でお見掛けしたくありませんわ…」
「トティータ様ではなくあの方こそ部屋から出てこられなければいいのに」
「本当に」
「その通りですわ」
「あら、そしたらあの方の同室の方がお困りになるのではなくて?」
「まぁ…でしたらずっと祈りの間にいらっしゃればいいのよ。いまだってどうせあそこにお一人でいらっしゃるんですもの。」
「そうねずっと祈りの間で過ごしておられたらよろしいのに」
「あら、でしたらわたくし…実は昔に先輩聖女様から不思議なお話を聞いたことがございますのよ…」
その時そう言って一人の聖女があることをその場にいる聖女らに話して聞かせたのだった。




