19 突撃となりのコーラ様
ーやりましたわ!わたくしやりきりましたわ!!
キーラはあれから祈りの間に戻って来て聖水を作り、そして自室でガッツポーズを決めていた。昨日はどうなることかと思った聖騎士との面談だったが、思った以上の成果を今日は上げられた。なんと三人もの聖騎士にアピールする事ができたのだ。これはもう何年も花園に降りていなかったキーラにとっては大満足といえる状況だった。
ー皆様すこし驚いておられたけれど、こちらからの話にいくつか質問を入れてくださったりしてきちんと話を聞いて下さったし…やはり最初にこちらの考えと報酬についてもしっかりお支払いするつもりがあるのだと表明出来たのがよかったのですわね!きっと!
キーラは寝支度を整えながら今日を振り返りつつ寝間着に着替えてゴソゴソとベッドにもぐりこんだ。
「ふぅ、この調子で明日もがんばりますわ!」
そう、キーラとてこれであの三名の聖騎士の内の一人が即日「じゃあ婚姻いたしましょうか」と言ってくるなどとは流石に思ってはいない。もちろんそうであるなら話は早いが、なんといってもお相手はこの自分である。大丈夫。分かっている。一応聖女とはいえ自分の見た目は婚姻相手としてかなり厳しい相手だ。(あと不本意だが多分年齢も)
一応明日、もう一度あの三名の聖騎士と今度は個別に話しなどして、出来る限り向こうの要望を聞き出したいと考えていた。よっぽどの事以外でならキーラは要求を蟒蛇のごとく丸呑みするつもりでいた。
ー聖女卒業…やりきってみせますわ…!
そんな風に思いつつ眠りに落ちていこうとしていたキーラの耳に、突然乱暴に開けられたドアの音と「キーラ様!!」という耳をつんざくような呼びかけをぶつけられ「はい!?!」とキーラは飛び起きた。
「キーラ様!キーラ様が銀級の聖騎士様に囲まれて花園にいらっしゃったって…!!本当ですの?!どういう事ですの?!!説明なさって!!今!すぐ!!」
そうすると同室の聖女コーラが仁王立ちでキーラの寝台の横に立ち、こちらに人差し指を突き付けていた。
「コーラ様…?今日はお早いんですのね…?」
「んま!なんですのそれ!!わたくしがコーワナム様に印した聖紋があっというまに消えてしまった事を差す嫌味ですの?!酷い!ひどいですわ!キーラ様!!」
「まぁ…」
何ですのそれ(しらんがな)とキーラは思ったが面倒なので「さようでしたの」と小さく言うだけに留めた。
そうするとコーラはムッとした顔のまま「わ、わたくしの事はいいのですわ!」と再びビシッとキーラに向けて人差し指を突き出した。
「それより先ほどの件!白状なさって!いったいどうやってキーラ様が銀級の方々とお近づきになったりすることが出来ましたの?!しかも何人もと聞きましたわよ!おかしくございません?!だってキーラ様ですのよ?!このキーラ様が!金級でも茶級でも無く銀級!!はぁ?!ありえませんでしょ?!!」
「…」
「しかも…しかも…そのなかにあの!聖騎士タルスル様がいらっしゃったって!嘘!うそでしょ?!ありえない!!絶対におかしいですわ!あのタルスル様ですのよ!!亜麻色の髪に水色の眼!その美しさは透き通るようで青の君なんて呼ばれて黒鉄のグリワム様と清青のタルスル様は今代の二大聖騎士様ですのよ!!」
「まぁ」
それは知らなかったわとキーラはコーラの話しに関心を向けた。
ー確かにグリワム様ほどではないけれどそれでもビッカビカに輝いておられたわ…あの方。近くで全開発光されて目を開けているのがしんどかったもの。でもそんなに人気の方をなぜグリワム様はわたくしに紹介して下さったのかしら?たまたまお腹の調子でも崩してお休みされていたとか??
キーラが小首をかしげている様子を気にするでもなくコーラは聖騎士タルスルがいかに素晴らしいのかをひとしきり語ったあと「で?なんでですの?何故キーラ様が銀級の方々と?」と初めの問いに戻って来た。
それに対してとにかくここでコーラになんらかの説明をしなければ寝かせてはもらえないだろうと悟ったキーラは、仕方なく寝台の上で居住まいを正した。明日も一日大変なのだ。さっさと会話を切り上げて休みたい。
「それはわたくし、聖女を卒業しようと思ったからですの」
「はぁ?」
キーラの言にコーラは意味が呑み込めないと盛大に顔を歪めたのだった。
***
「キーラ様…と聖女コーラ様?」
「聖騎士タルスル様!わたくしの名前!覚えてくださってたんですのね?!嬉しい!!」
翌日、キーラはコーラを伴って花園へと降りて来ていた。そう。昨日あれからキーラの決意表明とそれに伴う婚活について説明し、たまたま銀級の聖騎士様三名をご紹介いただいたのだと言えば「ずるい!酷い!どうしてキーラ様だけ!!」とコーラは大騒ぎで、三名もいるなら自分だって銀級の聖騎士様と婚姻を結びたい!ずるいずるいとあまりにも煩く、それなら付いて来るかと最終的にキーラが折れたのだった。
但し、自分が花園に降りるのは昼になるからそれまで一緒に聖域で聖水作りに励む事!という交換条件は付けさせてもらった。それにぶつぶつ言いながらも一応コーラは昼まで聖域に残り、いつもより2本多く聖水を作っていたのでまぁいいでしょうとキーラはコーラを伴って花園にいくことにしたのだった。
***
「まぁ!こちらサーモアのスペラッツェではなくて?!まぁまぁ!わたくし大好物ですのよ!」
そう言って笑う聖女コーラを見ながらタルスルは「それは良かった。この時期のサーモアは脂の乗りが最高ですから」と笑みを見せつつ内心で参ったなと眉を寄せていた。
昨日あれからグリワムに、とにかく聖女キーラをおとす様に言われタルスルは困惑していた。聖女らしからぬ聖女キーラはこの聖域にいる68番目の謎の聖女なのだというが、その年はなんと23歳。聖域にいる聖女の年齢としては異常に高い。
その後キーラから提出された用紙を確認すると、出身地から実家の騎士家の事までが書かれており、それはまるで釣書のようで、こんなものを聖女から渡された事のなかったグリワムらは複雑な顔でそれを眺めたのだった。
『グリワム様…?』
なにもかもが普通でない聖女キーラの行動に対してその場に呼ばれていた聖騎士が戸惑った様にグリワムに声を掛けると『何も言うな。聖騎士として聖女をおとす。その事に注力しろ。』とその用紙を丁寧にたたみグリワムは自身の胸元へしまった。
『タルスル。とにかく求愛を受けろ。貴様らも聖女キーラの聖紋を手に入れるんだ。いいな?』
それだけいうと難しい顔をしたままグリワムは部屋を出て行ったのだった。
23歳の、しかもなかなか他にいないような見た目のあの聖女の口づけを得ろと命じられればもちろんやり遂げるつもりでいるが、他の聖騎士もタルスルもそこまで念押しされなければいけない相手なのか?という思いもあった。
だがそれでも今日は万全の態勢でキーラを迎え入れるようにしていた。胸元には美しく咲く赤花も飾った。グリワムは朝から聖女トティータの元へ参じていて不在だ。タルスルらは昨日より早く昼丁度に花園へと降りて来た聖女キーラを出迎えた。
だがそこにもう一人、別の聖女コーラがいたことに一瞬の戸惑いを見せたのだった。
「キーラ様…と、聖女コーラ様?」
「聖騎士タルスル様!わたくしの名前!覚えていてくださってたんですのね?!嬉しい!!」
タルスルが二人の聖女へと笑みを向けると、聖女コーラはそう言って嬉し気にタルスルのもとへ駆け寄って来た。
「タルスル様、ソリティオ様、ノドム様、またお会いできてうれしいですわ」
聖女キーラは聖女コーラのように駆け寄って来ることはせずに一定の距離で立ち止まるとスッと膝を折って上品に挨拶をしてみせた。
ーへぇ
タルスルはキーラのその控えめだが堂々とした仕草にすこし好感を持った。
花園にやってきて半年。タルスルは入教した当初からすぐ聖女たちに囲まれた。彼女たちは今までタルスルが下町で付き合ってきた女達や、貴族社会で遊んだ女達、そのどの女達よりも若く美しく、そして幼く。貪欲だった。聖域にきたばかりの年若い聖女は無垢な雰囲気の者もいるが、半年もここで過していれば皆同じように変わってしまうのか、聖騎士と戯れる彼女たちはタルスルにとって画一的で、傲慢だった。
それはこの花園という箱庭の中でのみ返される遊びを、愛だの恋だのと勘違いしてしまっている聖女達特有の病のようなものともいえるのかもしれない。
ーだがこの聖女キーラの一歩引いた感じはどうだ?昨日自分を我々に売り込みながらも求愛の口ずけひとつ求めてこなかった聖女らしからぬ聖女だが……それはなんというか…ここに来るまで…いや、なんとなく自分で勝手に思い描いていた聖女のイメージに近い。
この最年長の聖女に対してふいに浮かんだ感想にタルスルはふぅんと内心で目を細めた。
自分の腕に縋りつこうとする聖女コーラをやわらかくかわして、タルスルは聖女キーラの前にひざを折ると「お待ちしておりました。わが愛しの聖女キーラ様」とその手をとり口づけたのだった。




