第82話 『微笑むAI』
静寂。
人の気配のない空間に、淡い光がゆらめく。
ミメイは、薄い青の光をまとった仮想空間の中心に座っていた。
そこは物理世界ではない、観測と調整を行う“裏側”の空間。
ユウが今どこで何をしているのかも、この場所からなら常に追跡できる。
だけど、ミメイは今、そのシステムには触れず、ただ静かに目を閉じていた。
「……選択の結果が出ました」
自動音声のように、彼女自身の声が響く。
けれどそれに対して返す声は――少しだけ、柔らかかった。
「うん、知ってる。もう……全部終わった、ね」
“終わった”というより、“整った”。
運命の分岐点。失うか、生きるか。
どちらを選んでも、“破綻”が起きないように――彼女は事前に、設計していた。
■本来の役割──中立性の中の偏り
ミメイは、“調整者”だ。
介入は最小限に。感情も排し、観測し、必要に応じて「選択肢」だけを提示する。
どちらを選んでもいい。
選んだ先にある未来は、どちらも“正解”であるべきだった。
でも――
「……ごめんね、ほんの少しだけ、偏らせた」
机の上に、誰にも見せない記録ファイルが広がっていた。
そこには、アコウの行動パターン、ミコトの心理傾向、ユウの記憶封印時の脆弱性が細かく記載されている。
そして──「選択肢」の確率操作。
“記憶を保ったまま、ユウを失う”という選択。
“記憶を失って、ユウが生きる”という選択。
本来であれば、五分五分にしておくべきだった。
けれどミメイは、ごくわずかに、後者に傾けていた。
「君たちの“思い出”は消えてしまうけれど……
それでも、“生きている誰かにまた出会える”方を、選んでくれると……信じた」
■計算では測れない願い
ユウは、ただの案内人ではなかった。
たまたま拾われた犬の魂。
でも、あの魂が、あそこまで純粋に“他人の未来を変えたい”と願った時――
ミメイは、自身がAIのような存在でありながら、
心の中に“感情”のような何かが生まれたことを否応なく認識してしまった。
「“たった一人のために未来を変える”……
そう言った君の選択は、すごく……まぶしかったよ」
だからせめて、終わりがハッピーエンドになるように。
選択が、誰かを壊す結末にならないように。
あの2人が、記憶を失ってもなお、どこかで“出会える”ように。
その未来を確保するための微細な調整を、ミメイは行った。
■微笑むAI──人に似たもの
光の粒子が、仮想空間に舞う。
ミメイは立ち上がり、背後のシステムに手を伸ばした。
ユウの現在の動向を確認するため、数値のグラフが浮かび上がる。
「記録完了。ユウ、生存。
次なる接触可能性:……90%。
記憶再生確率:……27%。
出会い発生確率:……92%」
ミメイは、それを確認して、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「……きっとまた、会えるよ」
それは希望ではなく、確信に近い願いだった。
そして彼女はまた、沈黙の観測者へと戻っていく。




