第81話 『最後の選択』
ろうそくの火は、相変わらず不思議な重力に逆らうように、空間の真ん中で静かに揺れていた。
アコウとミコトは、沈黙の中にいた。
けれど、もう“迷い”というよりは、“受け止める”段階にいた。
──君たちに、最後の問いを。
壁も床も存在しない空間に、ミメイの声が響く。
その声は、感情のないAIのようでありながら、どこか温かさを含んでいた。
ミメイ『第七層は存在しません。あなたたちが選んだ選択が、あなたたちの現実になります』
ミコトが息をのんだ。
アコウは、そっと顔をあげる。
ミメイ『最後のカードの選択は……“記憶を保持し、ユウの存在を失う”か』
ミメイ『あるいは、“記憶を失い、ユウがどこかで生きる世界を残す”か』
その瞬間、空間の色が変わった。
暖かな光と、冷たい闇が、空間の左右に分かれて伸びていく。
まるで、どちらの世界も“真実”であると告げるかのように。
アコウは、ミコトと目を合わせる。
何も言わずに、ただ目を見るだけで、分かった。
――きっと、私たちは、同じ答えを出す。
■アコウの想い──「ありがとう」の意味
ユウのことを思い出す。
猫耳メイド姿の写真。
暴走していた狐火の攻撃。
スマホ片手にテンションMAXで自撮りしてた顔。
そして――何も言わずに背を向けて、消えていった後ろ姿。
アコウ(思い出せなくなっても、きっと……私、描くと思う)
この手が覚えてる。
笑ってた顔も、泣きそうだった目も。
その温度だけは、絵にできる。
「さよなら」なんて言わない。
だって、そんなもの言ってしまったら、本当に終わってしまうから。
だから、
アコウ(ありがとう、ユウ。……私、ちゃんと前に進む)
■ミコトの気づき──近くにいた誰か
ミコトはアコウを見つめながら、自分の中の何かが変わっていくのを感じていた。
あの頃、近寄れなかった子。
あの頃、ただ眺めていただけだった世界。
でも今、自分はその隣にいる。
そして一緒に、選ぼうとしている。
ミコト(私は……ユウのこと、ちゃんと好きだった)
異性とか、友達とか、そういう枠じゃなくて。
もっとこう、空に浮かぶ月みたいに――当たり前に、そこにあって、安心できる存在。
でもそれを守るために、“思い出せない”道を選ぶ。
彼女が、ちゃんとどこかで“生きる”ために。
ミコト「……絶対、また会えるって、思えるよ」
■選択──未来を信じる
2人の手が、同時にカードに触れた。
選ばれたのは、光の側――
“記憶を失い、彼女がどこかに存在する未来”
その瞬間、空間が音もなく崩れていく。
まるで光が霧になって解けていくように、ろうそくもカードも、そして空間そのものも消えていく。
最後に残ったのは、ユウの声。
ユウ『……バイバイ、って言わないよ。
……だって私、また出会うつもりだから』
――そして、完全な闇。
■現実世界──静かな朝
日曜の朝。
駅前のコンビニには、何の異常もなかった。
学生服を着たアコウは、手帳を開いて――ふと首を傾げる。
「ん……? なんで、ページがちょっと空いてるんだっけ」
隣にいたミコトが、フライドポテトをかじりながら同じように言う。
「なんか、予定あったような……でも忘れちゃったね~」
「うん……ま、いっか」
2人は笑い合って、駅に向かう。
空は雲一つない、真っ青な晴れ。
だけど、通学路の途中にあった白いカラスだけが、少しだけ涙ぐんでいた。
■遠くの誰か──ユウのいる場所
風の通り抜ける小さな町の図書館。
本棚の陰で、狐耳の少女が、静かに本を並べていた。
「……会えるよ、いつかきっと。
そのときは、“最初”から仲良くなろうね、アコウ」
少女は本の隙間からこっそり2人の後ろ姿を見て、そっと笑った。
その目には、ちゃんと光が戻っていた。




