第80話 『仕組まれていた選択』
静かな空間に、誰もいない図書館の一角。
情報端末の前で目を閉じたミメイは、過去の記録を――いや、記憶を思い出していた。
かつて、この世界のとある片隅で生きていた小さな命があった。
一匹の白い犬。
名前はユウ。
とてもおとなしくて、よく笑う女の子のそばに寄り添っていた。
その子は、たまに泣きながらノートに絵を描いていた。
その絵の中に、自分を描いてくれるのが、何よりの幸せだった。
だが――寿命は、いつか尽きる。
その命が静かに消えたその日、偶然にも、空間の歪みが発生していた。
世界の“綻び”に、その魂は吸い込まれた。
そして彼女は、ダンジョンの片隅で目を覚ました。
ミメイ「――君は……動物、だね?」
出会った当初、言葉は通じなかった。
けれど、そこには不思議な執着があった。
“戻らなければならない”という意思。
“また、会いたい”という強い願い。
ミメイ「……どうする? このままなら、君はここで消えるだけ。でも、“人としての形”を選ぶなら、残れる。ただし――」
その代償は大きかった。
“記憶”の封印。
“ダンジョンの案内人”という役割。
自我と理性を持つ代わりに、未来の運命を守るための存在としての宿命。
そしてユウは、選んだ。
――もう一度、あの子に会えるなら。
――もう一度、笑ってほしいなら。
その姿は、犬ではなく狐のような耳と尻尾を持つ、少女の姿へと変わった。
■報酬──知る未来
数年が経ち、ユウは黙々と“案内人”としての役割を果たしていた。
何百、何千という挑戦者たちにルールを説明し、笑って送り出し、見送っていた。
その成果を評価され、ついに“報酬”を得る機会が訪れた。
【過去の記憶】と【知るべき未来】
2つのうち、ユウが選んだのは、後者だった。
そしてユウは見た。
――未来のアコウを。
漫画家になるはずの少女が、誰にも作品を見せず、
ただ描くだけの孤独な日々を送り、やがて筆を折る。
周囲からは生きているように見えるが、内面は色彩を失い、まるで“死んでいるような”目をして。
ミメイ「それを変えたいと……本気で思ったの?」
ユウ「うん。……彼女は“生きててほしい”。心から笑っててほしい」
その願いは、かつて白い犬だった彼女の、純粋な忠誠と愛情だった。
“助けてあげたい”ではなく、
“一緒に、もう一度幸せを描きたい”という願い。
■再び、封印
しかし、その未来を変えるには――記憶の封印がもう一度必要だった。
「今の私が、彼女の近くにいると、運命は狂ってしまう」
「だから、私はまた“彼女の前に現れる何者か”になる」
「でも、今度はちゃんと、導く。彼女を、“色のある未来”へ」
そして――アコウは、ダンジョンに呼ばれた。
最初のきっかけは偶然に見えて、すべてはユウの選択。
自分が記憶を失ってもいい、彼女が道を見つけてくれるなら。
それが、ユウが選んだ“二度目の忠義”だった。
■ミメイ、独り語る
現実に戻り、ミメイは静かに瞳を閉じた。
ミメイ「君は、まっすぐすぎるんだよ……ユウ。
“案内人”の役目も、“犬”だった記憶も超えて、
そんな願いを持つのは、本当はとても危うい」
けれど、それでも。
ミメイ「……私は、君の選択を尊重する。
そして、もし――その先に破綻があるなら、
私がその責任を取る」
天井のどこかで、小さく時の歪みが鳴った。




