第71話 『現れる扉』
アコウの手の中で、鍵がかすかに震える。
彼女が何気なく向けた視線の先――廊下の奥に並ぶどれとも違う、黒い金属の扉が音もなく浮かび上がった。
ミコト「今、出てきたよね?……扉。今までなかったやつが……」
アコウ「やっぱり、鍵が導いたんだ」
アコウは、慎重に一歩踏み出す。
ミコトがすぐ後ろに続く。
扉に鍵を差し込むと、吸い込まれるようにすっと回り、カチリと軽い音を立てて開いた。
■扉の中──「止まった時間の部屋」
目の前には、小さな部屋が広がっていた。
古い時計が一つ。壁掛け型で、針は午後2時17分で止まっている。
窓の外には、どこか見覚えのある空と校舎の影――彼女たちの通う学校だった。
アコウ「……ここ……」
ミコト「中学の、図書室……かな?……え、でも、なんで今?」
部屋の中には誰もいない。けれど空気に記憶の気配が残っている。
ふいに、時計の針が**カチッ、カチッ……**と音を立てて、動き始める。
そして、目の前にふわりと浮かび上がるようにして――
ユウの姿が現れた。
けれど、それは今の彼女ではない。
もっと幼く、無表情で、静かな姿。まるで、過去の幻影。
ユウ(幻影)「――どうしても、戻れないんだ。選ばなければ、“あの時”に縛られたままになる」
アコウ「ユウ……?それって、どういう――」
ユウ(幻影)「……でも、もしも、もう一度会えるなら。私は、誰かに選んでほしかった」
彼女の声は次第に遠ざかり、やがて霧のように消えていく。
その後、部屋の中心に置かれていた机の上に、一枚の紙が現れた。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
「時が歪むたび、存在が曖昧になっていく。
記録は残せても、触れ合うことができなくなる。
私がここにいるうちに――君たちが、次の選択をできるように」
アコウは、その紙をそっと折りたたみ、ポケットにしまった。
ミコト「……ユウ、どんどん遠くなってるみたい」
アコウ「でも、ちゃんとここにいた。会いたいって思ってるのは、あっちも同じなんだよ」
ミコト「……うん。絶対、また会える。今度はちゃんと……」
■廊下・出口への誘導
部屋を出ると、かつての無限に見えた廊下の先に一つの出口の扉が現れていた。
扉の上には、控えめな文字でこう記されていた。
「第5層・完了 記憶の扉を越えた者へ」
そして、その下には追記のように、別の文字が浮かび上がる。
「次の層がいつ現れるかは未定です。
時間のゆらぎが完全に安定するまで、現世への帰還が推奨されます」
アコウ「……また“未定”か。ほんと、これ、誰が運営してんのよ」
ミコト「ミメイに聞いても、多分はぐらかされるだけだね」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
現実世界――放課後の図書館。
ユウの姿はない。けれど、カウンターの上に一冊の開いた本が置かれていた。
そのページには、小さなメモが挟まれている。
「“今”が正しいとは限らない。
けれど、正しくしたいと願うなら、それは選択になる」
メモの隅に、薄く、ユウの名前らしき筆跡が残されていた。




