第59話 『誰として残りたいか』
図書館から戻った夜。
静かなユウの部屋に、柔らかな月明かりが差し込む。
テーブルの上には、アコウたちとの写真。笑いながらポーズを決めた1枚だ。
「……ふふ、バレるの早すぎたなあ。隠すのって、やっぱり下手だなあ、私」
独り言をこぼして笑った、そのときだった。
――ぴちょん。
室内に、水の雫が落ちるような音。
風もないのに、カーテンが揺れる。
「……ミメイ?」
答えるように、空気が震え、そこに“それ”は現れた。
淡い白光の中に立つ、儚げな存在。
髪は宵闇に溶けそうな銀、目は星のように光る琥珀色。
「ユウ。久しいね」
「こっちに来るの、久しぶりじゃない? 何かあった?」
ミメイは頷く。その表情は、珍しく少しだけ強張っていた。
「第4層が、不安定になっている。予兆はもう出ていたけど、今日、完全に“接触点”が現れた」
「……あの、突然現れたコンビニ?」
「そう。表層の世界とダンジョンの境が、かつてないほど薄くなっている。今回の変異は、“侵食型”。ただのイベントじゃない」
ユウは目を細めた。「侵食型……? つまり、現実そのものに入り込んでくるってこと?」
「そう。境界が保てなければ、アコウたちの生活も崩れる」
沈黙。ユウは唇を噛む。
「でも、今のアコウとミコトなら、きっと……」
ミメイは言葉を挟む。
「その“信頼”が揺らいだとき、歪みは一気に広がる。だから、これは警告。ユウ、あなたにも選択が迫られる」
「……何を、選べっていうの?」
ミメイは静かに言った。
「君が、“誰”として残るか。それが、次の層の鍵になる」
ユウは一瞬、目を見開いたが、すぐにふっと笑ってごまかす。
「……難しい話は、なるべく後にしてくれない? 私、今ちょっと青春してる最中なんだから」
ミメイはわずかに微笑み、姿を空気の中へ溶かした。
「なら、君の“残りたい理由”が、試される時が来る。その時までに、見極めて」
――ふたたび静寂。
ユウは、まだ机の上に置いたままの写真をそっと見つめた。
「……誰として残りたいか、か」
窓の外、遠くの空に赤い光が揺れていた。




