第32話 『冷蔵庫での警告』
ぼんやりと揺らぐ冷気の空間。冷蔵庫の扉を越え、記憶のタグが並ぶ封印領域。
緊張感が少しずつ高まり始めたその時――
「……ねぇ、誰か来てない?」ミコトが、ふと耳を澄ました。
「気のせいじゃ……」アコウが言いかけた瞬間だった。
空間の一角が、スッ……と滑るように“めくれた”。
まるで映像の一部が剥がれるように、そこに現れたのは、
銀髪と蒼白の肌を持つ、無機質な雰囲気を纏った少女。
アコウとミコトは思わず足を止めた。
「……え? 誰……?」アコウの声が小さく震える。
「うわ、なにこの人……なんかCGみたい……」ミコトも眉を寄せて後ずさった。
少女――ミメイは無言のまま2人に視線を向け、淡々とした口調で言った。
「あなたたちは、この層に適正のない探索者。予定された介入者ではない」
「……は?」アコウが呆けたように言う。
「っていうか誰? ここ、誰でも入れる場所じゃないんだけど?」ミコトが半分ビビりつつ強がる。
「……落ち着いて」ユウが2人の前に出るように立つ。「この子は“ミメイ”。システムに近い存在。私と少しだけ縁があるの」
「……知り合いなの?」アコウがユウを見る。
「まあ、そんなところ」
「“そんなところ”の人が、なんでこんな空気も冷たい場所に突然現れんのよ……」ミコトが低くつぶやく。
ミメイは、微動だにせず2人を観察していたが、少しだけ表情を変えた。無表情から、わずかに“興味”が混じる。
「あなたたちは、“記録”には存在しない行動をとった。第3層の深部に、未定義の変化が生じている」
「……未定義?」アコウが繰り返す。
「想定されなかった変化。私にとっても未解析領域。……その発端が、あなたたちの“記憶”に関わっている可能性がある」
「ちょっと待って、何言ってるかわかんない……!」ミコトが頭を押さえた。
「簡単に言えば、“誰かがこの空間を勝手に変え始めている”ってことよ」ユウが補足する。「しかもミメイにすらわからないくらいに」
ミコトとアコウは思わず顔を見合わせた。
「じゃあさ……あの猫耳メイドの撮影会も……そういう“変化”の一部だったってこと?」
「記憶の中で再現された非現実的行動は、潜在意識により現実構造へ干渉を与えることがある。特にこのダンジョンのような“揺らぎ”空間では顕著に」
「ぜんっぜんわかんないんだけど!?」ミコトが本気で叫んだ。
ミメイはそれを無視するように、淡々と続ける。
「警告します。これ以上の進行は、構造の崩壊を招く可能性がある。あなたたちに対する“保護”の定義が、不安定になる」
「保護って……どういう意味?」アコウが訊ねた。
「この空間は、あなたたちを“ある条件下”で守っている。だが、それが壊れかけている」
ユウが目を細める。「それってつまり、“この先に進んだらゲームオーバー”ってこと?」
ミメイは一瞬だけユウに視線を送り――珍しく、言葉を選ぶように口を閉じた。
「……今は、まだ」
そしてミメイは、静かに一歩下がった。
「この層で私が干渉できるのは、あと数分。以降は遮断される。あなたたちが“選ぶ”しかない」
「選ぶって……何を?」アコウが聞く。
「記憶を封じた理由。真実を知る代償。ここに踏み入れたその責任……」
言葉を残し、ミメイの姿はまた光に溶けるように消えた。
残された冷気の中で、3人は黙ったまま立ち尽くす。
「……今の……ほんとに人だったの?」アコウが小さくつぶやいた。
「うーん……でも、なんかすごく“大事なこと”言ってた気がする……」ミコトも真剣な顔になる。
ユウは静かに言った。
「ミメイがああ言うってことは……もう、元には戻れないかもね」
重たい沈黙のなかで、奥の黒い扉が静かに“軋んだ”。




