第22話 『家庭科の授業じゃない?』
制服のままアコウはベッドに倒れ込んだ。
肩からずるっと落ちた通学バッグからは、妙に使い込まれたフライパンの柄が突き出ている。
「はぁ~……なんで今日も、あんな……お惣菜無双みたいな戦いに……」
両腕を上げたまま、アコウは天井を見上げた。
「あれ、ほんとに現実だったよね……? 私、ミコトとフライパンで……唐揚げに特攻してたよね……?」
そんな現実逃避をしていると、視界の隅でスマホが震えた。
ロック画面には“ミコト(絶対天然)”と表示されている。
「……まさか。ミコトの方から思い出したとか……?」
少し期待して通話を取ると、のんきな声がスピーカーから飛び出した。
「やっほー、アコウー。今日の家庭科の課題、なんだったっけ?」
「……は?」
「いやー、眠すぎて全然聞いてなかったわ。まさか、次の調理実習でフライパン振り回すとか言わないよね?」
アコウの脳内で何かがパチンと弾けた。
「ミコトォォォ!!!!! それフライパンの件じゃん!!! 今日のダンジョンの話だよ!!!!!」
「え? なに? ダンジョン? コンビニ裏の? そんなとこに調理室あったっけ……?」
「ないよ!! 調理室なんかないけど、そこには敵がいたんだよ! 私とミコトで戦ったんだよ! しかもフライパンで!!」
「え、アコウ、今日って……私たち一緒に下校したっけ?」
「してないし!! ダンジョンで! 揚げ物と!! フライパンで!! ってさっきから何度も言ってる!!」
「ふーん……」
少し沈黙の後、ミコトが真剣な声で言った。
「アコウ……それ夢じゃない? 揚げ物とバトルって、たぶん胃もたれの末期症状だよ?」
「ちがうの!! ちがうの!! ミコトも、めっちゃ叫びながら戦ってたの! “ソース派の誇りにかけて!”って!!」
「……は? 私、ソース派じゃないし。あれだよ? ポン酢派だよ?」
「そこじゃないでしょ!? そっちの派閥争いどうでもいいよ!!」
「うーん……アコウ、最近寝不足? なんかすごい妄想力だよね。
でもフライパンで戦う夢って、たぶん……図書館の本の読みすぎだよ」
アコウはぐぬぬと唸った。
図書館、と言われた瞬間、ふと思い出す。
ダンジョンで一緒に戦ったユウ。
そして、何度か訪れた図書館で見かけた狐耳に似た雰囲気の司書――
(……似てる、気がする……けど、まさか……ね?)
現実の中で非現実と繋がりそうな瞬間が、一瞬過ぎっていった。
「……ミコト」
「なに?」
「今度、もう一回行こう。コンビニ裏の……あそこ」
「やーだよ~、揚げ物の幻覚見せられるなんて、二度とごめんだし」
「はぁ……」
電話を切ると、アコウはぐったりと再びベッドに沈み込んだ。
フライパンが転がって、鈍い音を立てる。
その様子を、誰にも気づかれずに――観測する存在がいた。
ビルの屋上。風にゆらぐセミ透過の姿。
少女のような何かが、虚空に浮かぶ情報ウィンドウを眺めている。
ミメイだ。
「対象A:精神疲労率、安定範囲内。対象B:記憶遮断成功。
感情同期反応、上昇傾向……このまま観測を継続。次の段階、楽しみね」
風のように揺れて、ミメイの姿は夜に溶けていった。
唐揚げとフライパンの戦いなど、彼女にとってはほんの導入にすぎない。




