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まとうそれは何というのか


 貴族令嬢として色々規格外だったレアンドラは、やはり嗜好趣味も、貴族令嬢の一般基準からすれば奇抜で規格内には収まっていなかった。

 そもそも、アウデンリート公爵家の娘に生まれた前提があることで、最初から「規格外令嬢」になることは決定していたようなものである。

 また、そんな前提があるにせよないにせよ、おそらく他家に生まれていても、レアンドラはきっと規格外の名をほしいままにしていたことだろう。レアンドラは、興味を持つもの、己が身に付けられるもの、それらを全て余すことなく己の糧にしていく性だったから。

 そんなレアンドラの規格外さ加減を例で示してみれば――

 まず、そのひとつが剣のたしなみだ。

 これは貴族令嬢としては規格外だけれども、アウデンリート公爵家の娘としては何もおかしいことではない。

 次に、狩り、ハンティングだ。

 数人で馬に乗り、あらかじめ用意された獲物を追い込んで狩る「貴族の遊びの狩り」のではなく、きちんと武装して「野生の獲物」を狩り、調理し、野外で食べる本格的な狩猟だ。

 レアンドラは狩猟を剣の師匠に教わった。罠で獲物を追い詰め、剣で狩る。もし野戦に臨もうとも、自力で自活までできる程の腕前だった。

 そして最後は夜営ができるという点だ。

 この時点でもう一兵卒並みである。軍人の一族としては当たり前であるが、貴族の令嬢としては甚だしくずれているだろう。そもそも一般的な貴族ですら、こうもいかないだろう。

 そして、やはりレアンドラはそれだけでは終わらなかった。

 レアンドラは、一般的な貴族令嬢の範疇内のたしなみ――ダンスや詩を読むこと、刺繍やお茶会の作法など――をすべて網羅し、完璧にした。

 剣をたしなみ、自活できるまで狩猟を昇華し、夜営までできる、もちろん令嬢としてのたしなみも完璧な美貌の貴族令嬢――それがレアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートだった。




☆☆☆☆☆




 行方作家姉妹――彼女らは出版業界では「とある理由」から「名前を知らない者はいないほど」に有名である。

 姉作家、妹作家は付かず離れずではなく、ともにふたり揃って行動している。彼女らは双子であり、常に一緒に行動しているのだ――どこに行くにも。

 よって、ひとつの出版会社でふたりの作品を扱う場合、担当はひとりとなる。ふたりでワンセット、だからこそ担当はふたりではなくひとりなのだ。

 もちろん、この情報は業界内だけで知られているものであり、薫子たち一般人は知る由もないことだ。

 ……つまり、行方アリーに会うとすると、もれなく妹作家の行方シズルもついてくるというわけである。「カルツォーネ乙女物語」の作者である行方シズルが。


「………」


 薫子は、我知れず敵(?)と見なす相手と会うことになってしまった。

 薫子にとって「カルツォーネ乙女物語」は鬼門だ。悪役令嬢――悪嬢を毛嫌いするそもそもの根本的な原因。

 レアンドラの生前を描くあの物語を、薫子はなるべく遠ざけたかった。

 今生こそ穏やかに平和に暮らしたい薫子としては、今回の出会いは厄介事でしかなった。

 それでも、あの女の生まれ変わりに出会ったり、レアンドラを牢獄へ直接叩き込んだ張本人の名前が出てきたりと、最近既に「平穏」の二文字から遠ざかっているというのに。

 しかし、ここで逃げる薫子ではない。

 今生の家族を巻き込まないように、そして今生の家族の友人も巻き込まないように、最大限持てる力をもって全力で迎え討ち、回避してやろうではないか。

 狙った獲物は逃がさないし、自分でできることは全て余すことなく己の糧にしてみせよう。

 妹の騎士を自負する音次郎は、にんまりと笑顔を浮かべる妹を見て、女帝降臨した妹を全力でサポートすることを胸に誓った。




 案内された店内は、暖かみのある木材で統一されたアットホームな雰囲気だった。

 築百年の農家を改築しという店内は、確かに飲食店の内装だけれども、窓の障子、座敷の仕切りの襖と欄間、カウンターを飾る手鞠や押し花など、所々が昭和を思わせる雰囲気が漂っていた。


「こちらです。ご注文が決まりましたら、お知らせ下さいませ」


 薫子たちは、襖で仕切られた個室スペースに案内された。

 その個室スペースには既に人がいた。

 蔦村はその先客に近付いていき、音次郎は反射的に薫子を後ろに庇う位置に立った。妹を守らなきゃレーダーがびんびん立って警戒しているわけである。


「はじめまして、皆さん」


 先客はにこやかに微笑む、スーツを身にまとった青年であった。若いように見えて、けれども熟した年齢のようにも見える、年齢不詳の四文字を体現した青年だった。

 ――彼を見た途端、薫子は背中に冷や汗が生じて、ゆっくりじわじわと伝い落ちていくのを感じていた。音次郎は、その妹の反応をすぐさま感じとり、妹の壁となっていたのだった。まさしく妹大好き重症患者の鑑である。


「本日はご足労いただきありがとうございます。蔦村織雅つたむら おるがの兄、蔦村浄慈つたむら じょうじです」


 どこか能面のような作り物めいた顔は、妹とは全く似ていないというのに、年齢に関しての印象はやはり兄妹らしい。薫子は、まことに全くいくつなのかわからなかった。

 ……それよりも、薫子は心の臓が早鐘を打つことを止められなかった。レアンドラでもある薫子には非常に珍しく、今現在彼女は困惑していた。


(まさか……まさか……)


 レアンドラである薫子は、自身と同じような、あちらからこちらへ生まれ変わってきた同郷者を見て、この人もかと判別できる。

 先日和解(?)したアーシュ・チュエーカだった五百祢々子も、確認すればそうだった。彼女も判別でき、それで薫子をレアンドラだと判じたのだった。

 蔦村浄慈は間違いなく、あちらからこちらへ生まれ変わってきた人物だ。

 ――けれども、薫子には彼が誰だかわからなかった。

 確かに、直感であちらからの生まれ変わりだとわかるのに、それがどこの誰だかわからない……冷や汗の原因はそれだけではない。


「さ、皆さん立っておられないで腰を下ろしてください。ほら、織雅も立ってないで」


 嶌川兄妹の様子に戸惑い座らない妹を、蔦村兄は諌めた。その様子は普通の「兄」であり、どこもおかしくはない。

 けれど――……


「……薫子さん、座りましょうか」


 ……――薫子は、蔦村兄に恐怖を感じていた。思わず音次郎の服を指で掴んでしまうくらいに。それほどに、蔦村兄は薫子を、レアンドラを戦慄させる「何か」をまとっていた。


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