29.恋のお悩み相談会です
昼休みとなると、エリーザ様と昼食を食べ終えた。そして、いつも通りエリーザ様の推し活を聞く時間となった。
(はぁ…………)
登校時の馬車でジョシュアから逃げ道を潰された私は、どうすれば良いか悩んでいた。
「…………イヴェットさん」
「あっ……昨日はどんなものを作られたのですか?」
気を取られていたことを書き消すように、エリーザ様に向けて慌てて笑みを浮かべた。
「今日は……わたくしの話ではなく、イヴェットさんのお話を聞かせてほしいわ」
「えっ?」
「わからないとでも思ったの? ……何か悩んでいるのは見てわかるわ」
「!」
不安げな声色からは、私のことを心配してくれることがよくわかった。
「わたくしでは……頼りないかもしれないけれど、できる限りの力になるわ」
「エリーザさん……」
エリーザ様から真っ直ぐ見つめられると、私は嬉しくて胸に感動を抱いた。
(……一人で悩んでも答えが出ないのは自分が一番知ってる)
恋に悩んでいるエリーザ様は、今の私からすれば先輩のようなもの。相談するにふさわしい人だ。
そう判断すると、意を決して話し始めた。
「実は……予想外な方から告白をされて」
「告白を……」
「はい。今までそのような目で見てきたことはなかったので、どうして良いかわからなくて」
私の中では、ずっと戸惑いが気持ちの大半を占めていた。それ故に、答えにたどり着けそうになかったのだ。
「……お相手の方を、異性として見たことはなかったということね」
「はい」
「それなら断れば良い……だけど、それができなかったということは、イヴェットさんでさえ、自分のお気持ちが見つけられないということかしら」
「……情けない限りです」
ずっと傍にいて、見守り合って、助け合ってきた家族。そんなジョシュアに対して、私はこれ以上望むことはなかった。ただ、答えを間違えればその家族にさえ戻れない気がして。
迷子になっている心に、エリーザ様は手を差しのべてくれた。
「なら探しましょう。わたくしと」
「えっ」
「簡単よ。わたくしの質問に答えれば良いの。難しいことは聞かないわ」
「し、質問?」
理解が追い付いていない中で、エリーザ様は早速簡単で直球的な質問をし始めた。
「お相手のことは嫌い?」
「いいえ」
「そう。では好意的に感じているのかしら?」
「恋愛の“好き”は意識したことがなくて」
「なるほどね」
嫌いかと言われれば、それは絶対に違うと断言できる。ただ、だから好きだという結論にはなれなかった。
「では一緒にいてどうかしら。楽しかったり、落ち着いたりする?」
「そうですね……楽しいですし、落ち着きます」
「それなら、お相手の方が遠くに離れたとしましょう。何か感じる?」
「……寂しいです」
でもそれは、家族でも……弟でも感じられることだ。
「では、一年に一度しか会えないとしたらどう? 下手すればそれさえも会えないとしたら」
「一度、ですか?」
その質問の意図は、私には読めなかった。しかし、エリーザ様は気にすることなく説明してくれる。
「えぇ。これが家族と婚約者の違いになるわ。家族は、無条件に会うことができる。繋がっていられる。ただ、いつかは婚約者や恋人のもとへ行き、ご実家を出なくてはならないのよ。その時、家族はもう隣にはいられないの。隣にいるのは両親や兄弟、友人でもなく、伴侶となる方。その方のみなのよ」
「隣に……」
今はまだ、姉弟としてずっと傍にいることができるけど、近いうちにそうでなくなる。
(ジョシュアと永遠に離れるの……?)
そんなこと、想像したこともなかった。前世でも、今世でも。常にジョシュアさまは手の届く場所にいたから。
その瞬間、胸が痛むのがわかった。それと同時に、質問からエリーザ様がどこまで見抜かれているのか気になってしまったを
「……どうしてこの質問を?」
「あら、簡単な話よ。わたくしは昔そう考えてみて、セラフィス様のお傍に居続けたいと思ったから。……わたくしが決断するに至った思考を、もしかしたらイヴェットさんでも上手く使えるかと思ってね」
「そう、だったんですね」
てっきり告白相手がジョシュアだと勘づかれたのかと思ったが、ご自身の実体験のようだった。
「どうかしら。少しは答えに近づけた?」
「……少しだけ」
「それなら良かった」
一段落したと思えば、エリーザ様はこちらを伺うように見つめた。
「……少し意外だわ」
「意外、ですか?」
「えぇ。お相手がどなたであろうと、イヴェットさんの気持ちは固まっていると思っていたから」
「私の気持ちが……?」
何故そんなことを思っていたのか凄く気になってしまう。
「だってイヴェットさん、わたくしと同じく推し活をしてらっしゃるじゃない」
「推し活は……」
「どんな想いであろうと、その推し活をなさるお相手はお一人のみでしょう? それはつまり、その方以外は考えられないということではないかしら」
(ジョシュア以外のことを……?)
いまいち腑に落ちないまま、思考を巡らせると、エリーザ様は強烈な言葉を私に送った。
「あら。だってイヴェットさんが教えてくださったのよ? 推し活は、想いを形にすることだと」
「想いを、形に……」
「だから思ったのよ。何年も続けてきたイヴェットさんなら、既に答えが出ているのに、気が付いていないだけなんじゃないかしらって」
「!!」
私が、今までしてきたこと。
推し活というものとその意味。
それが今、エリーザ様の言葉によって再び考えさせられることになった。




