第三話:車中にて
カラカラと軽快な音を立てて馬車は道をゆく。
馬車の前後を護衛するは屈強な騎士たち。先頭の者が掲げる旗にはボレアリス家の家紋たる、蛇が巻きつく盾の紋章が縫い込まれている。
民たちは首を垂れ、敬意を示してそれを見送った。
これはこのあたり一帯が、ラディクス家及びボレアリス家によって良く治められていることを示していると言えよう。
そんな馬車の中では女性の声が響いていた。車中には三人の女性が座っていたが、そのうちの一人が激昂し、座席から立ち上がらんばかりであったのだ。
「もうもうもう! なんだというのですか!」
「落ち着きなさい、オリザ」
「これが落ち着いていられますか! ヨーリオム殿はマサエール奥様の愛を、忠節を、献身を何だと思ってらっしゃるのです!」
「もう奥様ではないわ」
オリザはマサエールの侍女である。マサエールの従姉妹でもあり、歳は二つばかり下。昔からマサエールの良き友として配下として仕え、彼女の嫁入りにあたっても自ら志願して帯同し、仕え続けることを選んだ忠臣である。
それ故にこそ、今回ヨーリオムが切り出した離婚に際して思うところも大きいのだろう。離婚された本人よりずっと怒りを露わにしていた。
「奥様でないなら、マサエールお嬢様とお呼びすべきですかねえ」
呑気な口調でそう言うのは乳母のウンダである。彼女は胸にまだ幼いモンジューを抱え、適度にゆすってやったりとあやしていた。
「……この歳になってお嬢様もやめて」
「はい、マサエール様。ばぁ〜」
話の途中で、顔を袖で隠してから赤子に見せていた。
モンジューがきゃっきゃと笑って手を動かす。その様子にオリザも毒気を抜かれたように言葉を止めて座席に座り直した。
しばし三人でモンジューを構った後、オリザはポツリとこぼすように彼女の主に問いかける。
「マサエール様は落ち着いていらっしゃいますね」
「そうかもしれないわね」
「なぜでしょうか」
「予測と覚悟を既に済ませていたからかしら」
しょせん、自分は北方の辺境領ボレアリス家の娘である。確かにそのボレアリスの助力あってこそ、ヨーリオムがこの地で軍事力を強化できたという側面があるのは間違いないであろう。
ボレアリスは地方領主の中では一段抜けた力がある。だが、ラディクス家とは全く格が違うのだ。この国の地理は大まかに中央に都があり、南方がプレイナムの勢力圏、北方がラディクスの勢力圏である。ラディクス家はボレアリス家を含むこの国の半分を統べていると言っても良い。
そしてこの二家のどちらが中央に影響力を示すかということになるのだが、ここ数代はプレイナムの力が強く、今ヨーリオムのもとでそれが逆転しようとしているのである。
「予測と覚悟ですか……」
「あの方の側にいれば、時勢を読めるようになってしまうもの」
マサエールは窓の外に視線をやった。何か用があるかと騎士が寄ってきたが、彼女はゆるゆると首を横に振る。平穏な道中であった。
マサエールも住んでいたラディクス家の屋敷、それはラディクス一門の本拠地でもあるが、それがボレアリスの領地に隣接するように建てられていて、いま女たちが苦労することもなく馬車で移動できているのもそのためである。
だがラディクス家がプレイナム家を破り、この国における軍閥の覇権を握る、中央への影響力が強まらんとしている。となればボレアリス家のみを重視するわけにもいくまい。
ラディクス家の本拠地とて、いずれは中央に近い場所に新たに構えられることであろう。
「おいたわしや、マサエール様」
オリザはハンカチを目の下にあてた。
いたわしいのは何についてであろうか、とマサエールは思う。夫に別離を告げられた自らの境遇か、それともそれに取り乱せないことであろうか。
マサエールは本来、苛烈な性質である。だが歳をとって落ち着きを有したこともあり、理性と知性によって普段はそれを抑えられるようにはなっていた。
「オリザ、私のために泣いてくれるのはありがたいことだけど、そろそろやめて。モンジューもつられて泣きだしてしまうわ」
モンジューの顔が歪んでいた。泣きだしてしまう一歩手前というところだ。
「ばぁ〜」
「あぶぶぶぶ」
オリザは奇妙な泣き笑いの表情をモンジューに向け、モンジューはどうやらそれがお気に召したらしかった。
「モンジュー様は良い子ですねー」
オリザとウンダが我が子をあやす様に優しい瞳を向けた。マサエールも笑みを浮かべ、一転、表情を引き締めて馬車の外に視線を向けた。
「問題は、お父様たちが何というかよね」
その呟きは二人には届かず、馬車の空気を僅かに揺らしただけだった。
馬車は北へと向かう。
彼女たちの頭上には暖かな春の空が広がっているが、その向かう先には灰色の雲が垂れ込めているのだった。
ξ˚⊿˚)ξ感想欄にあったのでお伝えしますが、
この作品のタイトルは、本来なら『うわなり、うつべし。』と読むのが正確です。
ですが、正直言って作者も普段は、『ごさい、うつべし。』と読んでいますし、どちらで読んでいただいてもかまいません。
お好きな方でどうぞ。
引き続きよろしくお願いします!
ブックマークとかしてくれると作者が救われます!





