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「え……? 僕がですか?」


 次の日の夜。

 あたしはうちのリビングで、ママと一緒にソファに座って、ユウお兄ちゃんと向かい合っていた。


「ほんと、ごめんなさい。この子が急にこんなこと言い出しちゃって」

 ひとくちだけ飲んだ紅茶のカップをローテーブルにもどして、ママが申しわけなさそうに頭を下げた。

「お友達が私立の中学校に行くらしくて。夏休みは、塾の講習でほとんど遊べないみたいなの。それで急に、『それじゃあたしも』なんて思っちゃったみたいでね」


 進学塾の夏期講習は、夏休みに入ったらすぐに始まる。この時期だと、もう申し込みをしめ切っているところが多くて、パパとママは「さあ困った」ってことになった。

 こんな中途半端な時期に、急にあたしが「中学じゅけんする!」なんて言い出したことで、パパもママも本当にびっくりしたみたい。「別に、三年生から始めなくってもいいんじゃないのか」って、パパは変な顔をしてたし。

 ママは逆に、「綺羅がやる気になってくれたんなら、あたしは全面的に応援したいわ!」ってすんごく前向きになっちゃって。あたしはべつに、本当に勉強に前向きになったわけじゃないんだけど。ごめんね、ママ。


 それで、「さてどうしよう」ってなったとき、あたしは言ったの。

「家庭教師がいい! それで、ユウお兄ちゃんにおねがいしたい!」って。

 前から、お兄ちゃんがアルバイトのひとつとして中学生や高校生の家庭教師もしてるってことは知ってたし。

 それで今夜は、こういうことになったってわけ。



「うーん……。このあたりじゃ、別に公立の中学校でもそんなにレベルは低くないと思うんですけど。僕だってそこの中学だったし」

 ユウお兄ちゃんが、困っていてもきれいないつもの笑顔であたしを見る。

「今はむしろ、いっぱい遊んだり、学校以外の色んなことを学んだり、そういうことに大事な時間を使ったほうがいいんじゃ……? 小学生の間にしかできない大切なこともいっぱいあるし……。あ、すみません。なんだか偉そうに」


 頭を下げたお兄ちゃんに、ママは「いえいえ」と顔の前で手をふった。


「とりあえずこの子、受験するレベルがどんなものかも知らないと思うの。それがどれだけ大変かも知らないだろうし。理由だって、かなーりふわっとしたもんに過ぎないし」

 あたしはちょっとムッとした。

 悪かったわね、ふわっとしてて。

「だから、一度体験させてみるのもいいかなって。『やっぱり大変。やめとくわ』って、あきらめるならそれでもいいし。ユウ君の言う通り、公立だってここは決して悪くないんだしね」

「あきらめないわよ! あたし、あきらめないもん!」


 ぱっと立ち上がって大声を上げたら、ソファの上でころころ転がっておもちゃであそんでたルナがぴくっと一瞬こおりついた。

 ごめんね、ルナ。びっくりさせて。


「ユウ君も、夏休みは他のアルバイトやなにかで忙しいんでしょうけど……。この子がどうしても『ユウお兄ちゃんがいい!』って聞かなくって。ほんと、ごめんなさいね。わがままな子で」

 またママがぺこぺこする。

「でも、幸い家もお隣だし、ユウ君だったらあたしたちも信用してるし。主人はあんまり乗り気じゃないんだけど、それでも『まあユウ君だったらいいかな』って言ってくれてて」

「そうなんですか……」


 ユウお兄ちゃんは恥ずかしそうにちょっと首の後ろをなでて、あたしを見た。

 その目を見ただけで、あたしはわかった。

 この作戦が成功したってことが。

 ユウお兄ちゃんが帰っていって、玄関まで見送りに行ったママは、ふうっと息をついてあたしを見下ろした。


「綺羅ったら。ほんとうにユウ君が大好きなんだから」

「え?」

 どきっとして見上げたけど、ママの目は「しょうがない子ね」ってあきれたように笑っているだけだった。

「あんまりワガママ言って困らせちゃダメよ? 『一人っ子はこれだから』なんて思われるのは悔しいしね。ユウ君だって忙しいんだし。自分の勉強もあるんだから」

「うん。わかってる」

「あと、自分で言った以上は、ちゃんと勉強すること。サボってるってわかったら、すぐにやめさせるからね。そんなことじゃママ、ユウ君に申し訳ないから」

「うん。ちゃんとやる」


 あたしはせいいっぱいの「シンミョウな」顔をして──やだ、やっぱり漢字がわかんないわ。国語辞典をひかなくちゃ──ママにこっくりとうなずいた。

 足もとでは、今にもドアのすき間から飛び出ようとタイミングをうかがっていたルナが、がっかりしたのをごまかすみたいに、前足をぺろぺろとなめていた。



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