二章十五話[喜べぬ再会]
それから、俺達はひたすらに祭りを満喫した。
「にゃははー! どんどん行くにゃー!」
先導はレイ。
獣の本能が赴くまま駆けずり回るその背中を追いかけ、屋台から屋台へ。休む間もなく、あらゆる祭り飯を味わった。
「アレ、美味しそう! こっちも、いい匂いにゃー!」
串焼き、揚げ物、焼きそばっぽいパスタに新鮮なフルーツ……次々と購入しては、口に運ぶ。
そんなレイに、俺はどうにかついていった。
一方で、
「はぁ、はぁ……レ、レイさん、待って……っ」
忙しなく走るレイに目を回すカンナ。
最初は遠慮気味だった彼女も、あっちこっち引っ張られる内に、いつしか子供らしい笑い声をあげるようになっていた。
「しっかし、どこの店もレベルが高いな! ここまで全然ハズレがないぞ!」
「ホントホント! 美味しい物たくさんで、いい所だにゃ〜!」
「あ、ありがとう、ございます!」
気が付けば、俺達の両手は紙袋やら串やらでいっぱいになっていた。
「……買いすぎたな。少し」
「えー? まだまだいけるにゃ!」
「い、いや、無理です……もう…!」
息も絶え絶えな様子で言うカンナ。
足取りも覚束ない。流石に、限界か。
「よし! それじゃあ、一旦休憩で!」
「えー、もう終わりにゃ?」
俺の提案に不服そうなレイ。
「こっちはお前みたいに体力無限じゃないんだよ! 見ろ! カンナなんて、今にも倒れそうだろうが!」
「うにゃ?」
「す、すみません。レイさん……っ」
ペコリと頭を下げるカンナ。
でも、謝る必要なんてない。
「いやいや、こっちこそすぐ気付かなくてごめんな」
「むー……仕方ないにゃあ」
レイはやれやれとでも言うように肩を竦める。
もう一度、「ありがとうございます」と頭を下げるカンナ。
「……で、休憩するにしてもどこ行く? どっか落ち着けるところないかな?」
「あ、それなら……」
と、カンナ。
「こっち、この先に広場あるので……」
「お、じゃあそこで――」
「――休憩するにゃー!」
「うぉぉい!? 走んな馬鹿野郎!」
場所知らないだろうがお前は!
走り出そうとしたレイの肩をなんとか掴み、俺はカンナに案内をお願いした。
出店通りを抜けると、祭りの喧騒はやや落ち着いてきた。
人通りは相変わらず多いが、それぞれが道の端で談笑したり、食べたり飲んだりして、思い思いに過ごしている。
そこかしこに笑顔が落ちている光景。
――こういう時間、大事にしないとな。
そんなことを考えながら、歩いていると、
「――あら?」
ふと、前から歩いてくる人物に気付いた。
紫の髪、修道女風の衣装。見間違えるはずもない――ヴィオレだ。
「にゃにゃ! ヴィオレさん、また会ったにゃー!」
「ふふっ、お早い再会だったわね」
本当に早かったな。
ふわりと笑うヴィオレに釣られて、俺も笑みをこぼす。
「奇遇ですね。ヴィオレさんも、お祭りですか?」
「そうね、それもあるけど……ちょっと、この先の広場に用があって」
「広場にゃ?」
それって……今から俺達が行こうとしてる?
「ええ、この島に来たのなら、一度は見ておこうと思って」
「見る?」
なにを?
と、俺が聞こうとした時、
「もしかして、“聖獣様”……ですか?」
カンナがポツリと呟いた。
全員の視線が、彼女に集まる。
「聖獣様!? 広場にいるにゃ!?」
「あっ、いえ、本物という訳では……」
「ええ、石像があるのよ。観光名所にもなってるのだけど、知らなかった?」
へぇ〜、そんなのがあるのか。
観光名所、ちょっと気になる。
「……ところで。貴方は、はじめましてね。島の子かしら?」
「あ、はい。申し遅れました。ワタシ、カンナです」
ペコリと頭を下げるカンナ。
「あら、これはご丁寧に……私はヴィオレよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
カンナは緊張した様子で、もう一度小さく頭を下げた。
そんな彼女を見て、ヴィオレは柔らかく微笑む。
「ふふ、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ」
「そうにゃ! ヴィオレさん、優しいにゃ!」
レイの声で場の空気がふっと和らぐ。
カンナも、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
「そうだ、ヴィオレさん。せっかく会えたんだし、一緒に祭り回りませんか?」
「あ、それいいにゃ! また一緒にご飯食べるにゃー!」
俺の提案に盛り上がるレイ。
だが、ヴィオレは、
「……嬉しいお誘いだけど、ごめんなさい。立場上、あまり人目に付く場所には長居できないの」
丁寧に頭を下げるヴィオレ。
そりゃそうか。
彼女の職業を考えたら、それはもっともな話だった。
「えー、来ないにゃ? レイ、残念……」
「まあ、無理強いしてもな。じゃあ……すみません、ヴィオレさん」
「いいえ。こちらこそ、お誘いありがとう。料理人さん」
ヴィオレは穏やかに微笑み、軽く手を振った。
「それじゃあ、私はこの辺で。カンナちゃんも、お祭り、楽しんでね」
「あ、はい。ありがとうございます!」
そう言って、踵を返しかけたヴィオレ。
だが――
「――ああ、そういえば」
ふと思い出したように、彼女は振り返った。
「運がいいのね私。実は、さっきも知り合いに会ったのよ」
「知り合い?」
何気なく聞き返す俺。
「ええ、ほら、覚えてるでしょ? あの食堂の娘。食材の買い出しに来てたみたい。確か、名前は――」
少し逡巡して、ヴィオレは言った。
「――ハンナ、だったかしら?」
その瞬間、誰かが息を呑む音が聞こえた。
「う……そ……?」
掠れた声。
カンナだった。
血の気の引いた顔。さっきまで浮かべていた笑みは消え、唇が微かに震えていた。
「おい、カンナ?」
呼びかけると、彼女は一瞬だけこちらを見た。
だが、焦点が合っていない。
震える声で、カンナは言う。
「あ、あの、ヴィオレさん。それ……どこで……っ」
「広場の方よ。ついさっきだから、まだいるんじゃないかしら?」
それを聞くや否や、カンナは――
「――ご、ごめんなさい……っ!」
走り出す。
突然の彼女の行動に呆気にとられる俺。
「お、おい!? カンナ!?」
「にゃにゃ!? どうしたにゃ!?」
人混みを掻き分け、細い背中が遠ざかっていく。
迷う暇なんてなかった。
「レイ、行くぞ!」
「了解にゃ!」
あの様子は、只事じゃない。
ヴィオレにひとこと別れを告げ、俺達はすぐにカンナの後を追った。
「なんだってんだ……!」
訳が分からない。
今の今まで、あんなに楽しそうだったのに……。
祭りの喧騒が、急に遠くなったような気がした。
太鼓の音も、笑い声も、今はどうでもいい。
走れ。走れ。走れ。
カンナ――その小さな背中を目指して。
「居た! カンにゃ!」
広場へと続く道の途中、人混みの向こうに――彼女はいた。
そして――その奥に、もう一人。
見覚えのある顔。
「あれは……」
八百屋さんらしき店の前で、商品を値踏みしている――ハンナの姿があった。
「っ……!」
立ち止まるカンナ。
いくらか遅れて、俺達もその場に駆けつける。
「会えた……やっと……い、今まで、どこに……っ」
息も絶え絶えの様子で、それでも、カンナは叫ぶ。
「……“お姉ちゃんッ”!」
姉――そう呼ばれたハンナがこちらを振り向く。
きょとんとした顔で俺とレイを順に見て、そして――
「――な、なんで……なんでアンタがここに……!?」
そう言う彼女の目は、何故だろう……とても、妹を見る目には、見えなかった。
次回「聖獣の巫女」
乞うご期待!
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