二章十四話[聖獣の島]
「えっと……お腹、空いてる?」
俺の問いに少女はぶんぶんと首を振る。
けど、その態度とは裏腹に――
――ぐぅぅぅぅぅぅ!
彼女の腹の虫は、更に大きく騒いでいた。
「あの、その……これは、違います!」
「いやそんなに否定しなくても……」
バレバレな嘘。必死な少女の様子に、俺は思わず笑ってしまうそうになる。
「うーん? よく分かんにゃいけど……その子、腹ペコにゃ? だったら、ご飯食べればいいにゃ!」
「ち、違うんです! ワタシは、その……見てるだけで十分なので!」
少女はあたふたと両手を振り回す。
その表情は、恥ずかしさでいっぱいという感じだった。
「見てるだけって……」
「はいっ! あのっ! ただ、その……香りを嗅ぐだけでも幸せ、というか……」
そんな訳がない。
匂いを嗅ぐだけで満足できるほど、彼女の腹の虫は大人しくなさそうだ。
――こりゃあ……なんか訳あり、かな?
だんだんと可哀想なものを見る目になる俺とレイ。
その視線に気付いたのか、 少女の声はみるみる小さくなった。
やがて、耐えきれないように、
「実は……」
と、俯きながら。
「お金が、なくて……」
「そっか」
蚊の鳴く様な声で言う少女。
なんだろう……胸の奥が、少しだけチクリと痛んだ。
――これは、放っておけない。
空腹の女の子をそのままになんて、できる訳がない。
料理人として、俺の心が叫ぶ。
「よし! じゃあ、行こうか」
「え?」
きょとん、と間の抜けた声。
「行くって……ど、どこに……?」
「決まってるだろ。屋台」
俺が当然みたいに言うと、少女は慌てて一歩引いた。
「ま、待ってください! ワタシ、ホントに……大丈夫ですから!」
「まあまあ、遠慮しないで」
「で、でも……」
なかなか強情な少女。
どうやら、我慢と遠慮が癖になってるらしい。
いい意味でも悪い意味でも、子供らしくない。彼女の態度を見て、俺は思った。
そんな中、様子を見かねたのか、レイが動く。
「一緒に行くのにゃ? じゃ、さっさと行くにゃー!」
「え、えぇぇーー!?」
レイに引っ張られて悲鳴を上げる少女。
半ば強制的に連れてこられた少女は、目を白黒させて屋台と俺達を交互に見ていた。
「らっしゃい! らっしゃい! プレヌメールの串焼きは絶品だよー!」
「聖獣祭限定! イカ墨ソースの焼きパスタだ! 美味いよー!」
店員達の元気な声が響き渡る。
通りは、相変わらず人でごった返していた。
「う、うわぁ……!」
「うにゃー、いい匂い! どれも美味しそうにゃー!」
煙たい空気の中、きょろきょろと忙しなく視線を走らせる少女が二人。
俺もまた、見たことのない料理の数々に、目を輝かせていた。
「なに食おっか? なんかオススメとかある?」
「えっ? あ、そうですね。えっと……」
俺が聞くと、少女は視線を泳がせ、完全に立ち止まってしまった。
まあ、迷うのも無理はないか。
この音、この香り。目に映る屋台飯はハズレがなさそうで、逆に選ぶのが難しい。
「うーん、うーん……」
こりゃあ決まりそうにないな。
「そうだなぁ、じゃあとりあえず適当に……」
と、俺が口を出そうとしたその時――
「――レイ、アレ食べたい!」
突然の大声。
それが聞こえた次の瞬間には、レイは少女の手を引いて駆け出していた。
「あっ、おい!? 待てって!」
そんな制止の声も虚しく、レイと少女はずんずん人混みをかき分け、通りを疾走する。
その背中を見失わないよう、俺は必死に追いかけた。
「また、このパターン、かよ……っ!」
船の時といい、今といい、いっつもレイには振り回されてばかりだ。
まあ……嫌じゃないけど。
そんな風に思うのは、やっぱり彼女が優莉に似てるせいなんだろうか。
「ここにゃッ!」
急停止するレイ。
その勢いで転びそうになった少女を咄嗟に支えながら、俺も足を止める。
どうやら目的地に着いたらしい。
レイが指差す先には、なにやら一段と人だかりの多い屋台があった。
「ここは……?」
なんの店だろう?
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てているのは――見慣れない形で焼かれた生地。
たい焼き……みたいなもんかな?
興味深げに眺めていると、
「いらっしゃい! 聖獣祭名物、“オーフィス焼き”だ! 今しか食べられない限定品だよー!」
威勢のいい声で店主が声を掛けてきた。
「おーふぃす焼き? それってどんなご飯にゃ? ご主人、知ってる?」
「いや知らねぇよ! ってか、お前知らないでここ来たのか」
「うん! だって美味しそうだったにゃん!」
そんな俺達のやり取りに店主が吹き出す。
「ははっ! 流石は獣人、お目が高い!」
「いや、なんか……すみません」
軽く頭を下げる俺だったが、店主は気にしない様子で笑う。
「いいってことよ! それより、あんたら外の人だろ?」
「ええ、まあ、はい」
「だったら、尚更オススメだ! 海の守護者――“聖獣様”の姿を象った焼き菓子! 縁起モノだからさ! これからの船旅にもきっとご利益があるだろうよ!」
そう言われて、改めて鉄板の上を覗き込む。
確かに、焼き型はただの丸や魚じゃない。
細長い胴体。ぴんと立った耳と、鋭く尖った手足。
顔はデフォルメされてるのか可愛げがあるものの、今にも飛びかかってきそうな、躍動感のある獣の姿がそこにはあった。
「これが……聖獣様?」
「そうそう! “聖鼬オーフィス”様だ!」
店主は誇らしげに胸を張る。
「にゃんか、強そうにゃー」
「はっはっは! そりゃあ、聖獣様といったら、かつては“勇者”と共に大いなる災いに立ち向かった……なんてお伽噺があるくらいだからな!」
「えっ!?」
思わず声が漏れる。
「勇者……って?」
「お、おう。なんだい兄さん? 急に血相変えて……“七聖獣と勇者物語”、有名な話だろ?」
有名……そうなのか?
残念ながら、俺は知らない。
やれやれ何回目だよ。この世界の常識から取り残されるのは。
それにちょっとした疎外感を抱きながら、俺が次の言葉を口にしようとした、その時――
――グゥゥゥ。
気の抜ける音。
その出所に、全員の視線が集まる。
「あ……ご、ごめんなさい……!」
「にゃはは、また鳴いたにゃ!」
恥ずかしそうにフードを深く被る少女。
「ははっ! そっちのフードの子は限界みたいだな! どうする? とりあえず三つでいいかい?」
「じゃあ、はい、それで」
「あいよー!」
俺は苦笑しつつ、代金を支払った。
受け取った店主は、慣れた手つきで生地を型に流し込む。
じゅっ、と小気味よい音に胸が躍った。
「あの、お金……ありがとうございます」
「いいっていいって! せっかくのお祭りだろ? 楽しまきゃな!」
「そうにゃ! ご主人ならお金持ってるから大丈夫!」
あっけらかんと言うレイに、俺は本日何回目かの苦笑。
そんなこんなでわいわいと過ごしていると、
「オーフィス焼き三人前! お待ちどお!」
「おっ、ありがとー!」
紙袋に包まれたオーフィス焼きを受け取り、俺は二人に手渡した。
「わぁ……!」
「にゃー、熱々にゃ!」
受け取ったそばからさっそく齧りつくレイ。
味の感想については、緩みきったその表情でだいたい分かった。
一方少女は、両手で大事そうに包みを持ったまま動かない。
「どうした?」
「あ、いえ。その……」
戸惑った表情の少女。
「聖獣様を、食べてもいいのかなって……」
瞬間、俺は吹き出した。
「あっはっは! 大丈夫だって! むしろちゃんと食べてやらなきゃ怒られるかもしれないぞ?」
「そーそー! 冷めたらもったいないにゃ!」
そう言われてようやく決心がついたのか、
「そ、それじゃあ、いただきます……」
恐る恐るといった様子で一口。
次の瞬間――少女の目が見開かれたのを、俺は見逃さなかった。
「お、美味しい……!」
もしかして、食べたことがなかったんだろうか?
そう思うほど、新鮮な感動が伝わるリアクションだった。
「よかったにゃ〜」
「はい、よかったです」
緊張が解れたのか、笑顔を見せる少女。
その様子を眺めながら、俺もオーフィス焼きを一口齧った。
『――料理人スキル。食材鑑定Lv4、発動』
アイテム名:オーフィス焼き
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:B+
効能:HP小回復、毒耐性小向上、雷耐性小向上
「おお……!」
こりゃ確かに美味い。
外側はパリッと、内側はしっとり。完璧な火加減で生地の食感が最高だ。
その上、中に入ってるこれは……多分カスタードクリームか?
かなり良い卵とミルクを使ってるんだろう。濃厚で深い甘みが、俺の舌の上に幸せを運んでくれる。
料理人として、つい唸ってしまうような一品だった。
「あ、あの……」
「ん?」
控えめな声に目を向ける。
「……本当に、ありがとうございました」
「気にすんなって! 腹が減ってるやつに手を差し伸べるのが、料理人の仕事なんだからさ!」
「そうにゃ! レイの時も、ご主人すっごく優しかった!」
やめろよ照れくさい。
レイの言葉に、少女はくすっと笑った。
「レイさん……あ、すみません。ワタシ、名前もまだ……」
「ああ、そういやそうだな。じゃあ、改めて――」
「――レイはレイ! ご主人はご主人にゃ!」
「いや早ぇよ!」
俺に関しては名前にもなってないし!
軽く突っ込みを入れてから、俺は改めて名乗った。
「俺はシノ。まあ、しがない料理人だ。よろしくな!」
「ワタシ……“カンナ”です。こちらこそ、よろしくお願いします」
深く頭を下げて丁寧に名乗る少女。
その所作に、どこか気品のようなものを感じたのは、気のせいだろうか。
「カンにゃ! よ~し、覚えたにゃ!」
「ちげぇ、カンナだカンナ!」
「細かいことは気にしにゃい! それより、ほら! 次行くにゃ次ー!」
もう食べ終わったのか、レイが再び始動する。
「あ、あの、まだ食べ終わって……っ!」
「行きながら食べればいいにゃ! レッツゴー!」
オーフィス焼きを咥えたままのカンナがレイに引っ張られていく。
――うちの相棒がごめんなさい。
俺は心の中で謝りながら、二人の後を追いかける。
カンナの口から覗くオーフィス焼き。象られた聖獣のその顔が、なんだか微笑んでるように見えた。
次回も乞うご期待!
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