二章十三話[祭りの味]
桟橋に足を下ろした瞬間、空気が変わった。
乾いた板の感触と、潮風に混じる香り――肉、魚、香草、香辛料。
「……“プレヌメール”、だったか?」
まだ到着したばかりだけど、俺には分かる。
良い島だ。間違いない。
空は依然として灰色のまま、でも、そんなものを吹き飛ばす程に、ここには華やいだ風が吹いている。
「まっつり〜! お〜まっつり〜、にゃー!」
陽気なレイの歌声に思わず頬が緩む。
まあ、コイツがそうなるのも仕方がない。
祭りの雰囲気。今この港にあるものはそれだ。
豪勢に飾られた街並み。行き交う人々の笑顔に、こちらまでなんだか楽しい気分になる。
「にゃっはー! ご飯の匂い! ご主人、こっちにゃー!」
「おいこら、勝手に行くなって! 迷子なっても知らねぇぞ!」
一体どこへ向かっているのやら、海の上に組まれた道を一目散に駆け抜けていくレイ。その背中を見失わないよう、俺はどうにか追いかけた。
やれやれ、景色を楽しむ暇もないな。
海の上に組まれた道をずんずん進む。
そうしてどれほど走ったのか、
「にゃはは〜! と〜ちゃくにゃ!」
気が付けば、俺達はひときわ賑やかな大通りに来ていた。
「見て見て、ご主人! お店がいっぱい!」
「お、おう、凄ぇなこりゃ」
両脇にずらりと並ぶ屋台。
その光景に、俺は思わず唾を飲んだ。
これは、やばい。
焼ける肉や魚の匂いが、ジュワッとなにかを揚げる油の音が、客を呼ぶ威勢のいい声が、空きっ腹を強烈に刺激してくる。
散々走らされた疲労感はどこへやら、いつの間にか俺の目は、屋台の料理達に釘付けになっていた。
「食べるにゃ! 全部食べるにゃー!」
「こら待て! 金ッ! 持ってねぇだろお前は!」
店に向かって走り出したレイを、俺は慌てて追いかけた。
「――おっ、いらっしゃい! 兄さん方!」
そう言って出迎えてくれたのは、どこかの部族っぽい衣装に身を包んだ褐色肌の男店主。
ここは、なにを売ってるんだ?
その疑問の答えは、屋台の内装を見れば明らかだった。
炭火で熱された鉄網。その奥には、籠に山積みになった貝殻が見える。
ということは、
「プレヌメール名物! 笛吹き貝のバター焼きだよ! どうだい、お一つ?」
そう聞かれた瞬間には、俺の頭はもうソイツの味を想像し始めていた。
迷いなんかない。
俺は即座に二つを注文し、店主に金を渡した。
「よっしゃ! ちょいと待ってな!」
二つの貝が網に乗せられる。
この熱気、ワクワク感……たまらない。貝が焼けるまでの焦れったさこそ、浜焼きの醍醐味だ。
――ひゅ〜。
ふいに、妙な音が鳴り響く。
なにかと思って辺りを見渡してみれば、それは――鉄網の上、焼かれている貝の方から聞こえるようだった。
「おっ、鳴き始めたな!」
「鳴く?」
それって、貝が?
俺は好奇心をくすぐられ、つい店主に聞き返した。
「ああ、外の人にゃ珍しいか。へへっ、面白いだろ? こいつァこの辺でしか取れない貝でさ。焼いてやるとご覧の通り、口笛みたいな音を出すんだよ」
「へぇ〜」
それはまた、おかしな貝がいたもんだ。
見た目は殆どハマグリなのに、殻に煙突みたいな突起が付いてて、そこから蒸気が吹き出している。
音の正体は、これか。
――ピュ〜。
徐々に大きくなる音。
俺達は固唾を飲んで、その様子を見守った。
やがて――
――ピィィィィィーーーーッ!
甲高い笛の音が辺りに響き渡った。
「うにゃーーっ!?」
ヤカンが沸いたような大音量に悲鳴を上げるレイ。
俺はその様子を笑いながら、網の上を観察する。
勢いよく蒸気を吹き出す笛吹き貝。それは、やがて限界を迎えたかのように――
――ポン!
と軽い破裂音を鳴らし、遂に固い殻を開いた。
「食べ頃だ! 待たせたな!」
店主が手際よく小匙でバターを塗り込み、醤油のようなソースをサッと散らす。
直後に鼻を刺激する磯とバターの香り。その最強の組み合わせを前にして、俺もレイも、もはや我慢の限界だった。
「はいよ、兄さん方! 火傷に気ィ付けてな!」
「おう、あんがとー!」
差し出された紙製の皿を受け取った瞬間、俺のテンションは最高潮を迎えた。
『――料理人スキル。Lv向上。食材鑑定Lv4、発動』
アイテム名:笛吹き貝のバター焼き
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:A
効能:HP小回復、防御力中向上、水耐性中向上
紙皿に載った貝は、思ったよりもずっしりしている。
殻の上でふるふると揺れるその身は、一口では食べ切れなさそうだ。
立ち昇る湯気が、既に美味い。
期待が高まる。
「いただきます!」
俺は一緒に渡された木串を使って貝の身を取り外し、まずは一口、噛み千切った。
それに倣って、レイも一口。
咀嚼し、飲み込むまで、お互い口を開かなかった。
「……う、めぇ……ッ!」
思わず漏れた第一声。
これは……やばい。
コリッとした身の食感。その奥に閉じ込められていた海の味が、噛む度に解き放たれる。
仄かな苦みのアクセント。バターのまろやかさがそれらを全て受け止め、しょっぱいソースの風味で後味スッキリ。
「うみゃーっ! なにこれ!? すっごい美味しいにゃーっ!」
そう叫びながら、レイは早々に二口目を口に入れる。
俺も釣られてもう一口。
「最高……!」
貝柱の部分はさらに弾力があって、噛む毎にじわりじわりと旨味が滲み出す。
――こりゃたまんねぇ。
いきなり大当たりだ。
この島に来て良かった。まだ来たばかりだけど、そう思うほどの一品だった。
「おかわりするにゃー!」
「待てッ、早まんな! 他の店も行くんだからな!」
レイの気持ちは分かる。
でも、焦っちゃ駄目だ。
祭りは始まったばかり、最初の店で腹を満たしてる場合じゃない。
「ほら、次だ次!」
そうして次の店に向け走り出そうとした時だった――
「――ん?」
ふと、視界の端に小さな人影が映る。
通りの隅っこ、人混みからやや外れたそこに――少女が一人。なんだか苦しげな表情で立ち尽くしているのが見えた。
「あの子……」
見た感じ、歳は中学生くらいか?
さっきの店主と似たような衣装を着ているから、多分島の子だろう。日焼け対策なのか、フードを被ってるから顔は見えにくいけど、海を思わせる青色の瞳が特徴的だった。
――どうしたんだろう?
なぜだか放っておけなくて。
俺の足は、まるで導かれるようにその子に近付いていた。
「にゃっ? どこ行くにゃご主人?」
突然方向転換した俺に気付き、レイが声をあげる。
その声にハッと反応する少女。
目と目が合い、なんとも言えない気まずさが生まれた。
「あの……なにか?」
幼さの残る声。
先に口を開いたのは、少女の方だった。
「あ、いや、ごめん。なんか、苦しそうにしてたから」
「え? そ、そんな顔してましたワタシ?」
「うん、まあ……」
なんというか、なにかに耐え忍んでいるように見えた。
近付いて見てみれば、顔色は悪くないみたいだけど……やっぱり気にはなる。
「大丈夫? 具合が悪いなら……」
「い、いえ! 大丈夫です! 全然、そんな……なんでもないので! すみません!」
慌てた様子で手を振り、頭を下げる少女。
しかし次の瞬間――
――ぐきゅるるるる。
豪快な音が響く。
もちろん、俺じゃない。レイも違う。
それは、目の前で顔を赤くしている――少女の腹の虫の声だった。
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