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インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第二章【甚雨の邂逅編】

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二章九話[波乱の航海・中編]

「ニック……」


 まずは、横たわる死体を調べる。

 探偵ものの小説なんかでは定石だけど、いざ自分でそれをやるとなると……キツイな。

 死体を見るのは初めてじゃないとはいえ、これはまた感じ方が違う。

 じめっとした雰囲気に、胃がムカムカした。

 でも、目を逸らすわけにはいかない。


「よし、やるか……!」

「ん、頑張るにゃー!」


 俺達は意を決して、ニックの死体を観察した。


「死因は……やっぱ、これか?」


 まず目に入るのは、後頭部の痣。

 血は出てないが、内出血で腫れ上がった皮膚が痛々しい。見ただけでかなりの衝撃がここに加わったのだと分かる。


「うぅ、酷い……」


 後ろでハンナが呻き声を上げる。

 確かに、酷いもんだ。

 こんなの……もし人がやったとしたら――


「――余程の殺意があった、ということになりますね」

「あ、えっと……イレーネさん?」


 突然話しかけられて俺達は振り向く。

 そこにいたのは、船医のイレーネ。


「驚かせてしまいましたか。すみません」

「いやそんな……こちらこそすみません。勝手に死体を調べたりして」

「構いません。船長も仰っていたでしょう? 人手は多い方が良いと」


 表情を殆ど変えないまま言うイレーネ。

 どうやら彼女は俺を疑ってはいないようだ。いや、ただ中立なだけかもしれないが。


「あの……ところでイレーネさん、どちらに行かれてたんですか?」


 恐る恐るといった様子で尋ねるハンナ。

 その問いに、イレーネは淡々と答える。


「厨房です。少し……気になることがありまして」

「気になること?」

「ええ、そうです。なんと言いますか――」


 そう言って、イレーネは俺の横にしゃがみ込む。

 プロの顔だ。声音は柔らかいのに、視線は冷静で鋭い。


「――綺麗過ぎる、とは思いませんか?」

「え? それってどういう?」


 言われた意味が理解できず、俺は思わず尋ね返した。


「現場そのものが、です。事故とするなら、場が整いすぎている。殺人とするなら、抵抗の跡がない。全てが出来すぎているように思いまして」

「成る程……」

「それに、ここを見てください」


 そう言ってイレーネが俺達に示したのは、“ニックの手”だった。


「料理人の貴方になら分かるでしょうか? 一箇所、この手にある小さな裂傷……それから火傷、これは最近できたものです」

「え? 最近って……?」

「ほんの数時間前、といったところですね。おそらくニックさんが亡くなったのもその頃……しかし――」


 そう言うと、今度は厨房の方を指し示すイレーネ。


「――厨房には、火を扱った形跡も、器具に触った形跡も、何一つ見当たりませんでした」

「ほ、本当ですか? でも、そんなの……」

「ええ、おかしいです。この場でなにかが起こったという痕跡が、あまりにも無さすぎる」


 まるで、そこにいきなり死体が現れたみたいだ。

 イレーネの言葉に、俺はそんな感想を抱く。

 この違和感の意味、まだはっきりとは分からないけど、少なくとも無視はできない。


「とりあえず、ただの偶然で死んだ……訳じゃなさそうですね」

「はい、私もそう思います」


 ともかく、ニックの死亡推定時刻が分かった。

 これは収穫だな。


「数時間前……」


 となると、真夜中だ。

 その時間、俺達は確か……熟睡中だったな。色々あって疲れてたし。


「ねぇ、ご主人?」


 不意に、レイが俺の袖を引いた。

 なにやら鼻をひくひくと動かしながら、珍しく真剣な表情をしている。


「やっぱり……変な匂い、するにゃ」

「匂い?」

「別に、そんなのしないけど……」


 訝しげな顔で言うハンナ。

 俺も、嗅覚は鋭い方だと思うけど、なにも感じない。


「よく分かんにゃいけど……嫌な匂いにゃ」

「それ、どこからだ?」

「ん~っと……そこにゃ」


 そう言ってレイが指差したのは――ニックの死体。


「はて? まだ腐敗するほど時間は経っていない筈ですが」

「いや、そういうのじゃないにゃ」

「な、なんだって言うの……?」


 不安そうなハンナを余所に、レイはニックの死体に顔を近付ける。

 鼻先を服の上で滑らせるように動かし、そして――


「――ここにゃ!」


 動きを止めたレイは、ニックの胸元にあるポケットに躊躇なく手を突っ込んだ。


「ちょ、ちょっと……!?」


 ハンナが咎めようとするが、イレーネが静かに首を振って制止する。

 ポケットを探るレイを、俺は静かに見守った。


「見つけたにゃ!」


 引き抜かれたレイの手には、なにか……小さな物が握られていた。


「な、なに、それ?」

「んー……分かんにゃい!」


 不安げなハンナにあっけらかんと言うレイ。

 布とは違う。紙でもない。薄く半透明で、なにやらぼろぼろなその物体。

 なにかの切れ端にも見えるけど……謎だ。


 でも、確かめる術はある。


 俺は早速その物体に視点を合わせ、鑑定のスキルを――


「でもでも! これと同じ匂い、他にもあるにゃー!」

「――あっ、こら! 待て!」


 急に走り出したレイ。

 物体が視界から消えたせいでスキルが中断される。

 俺は慌ててレイの後を追った。


「ちょ、ちょっと、どこ行くのよー!?」


 その声に一瞬だけ振り向くと、少し遅れて走ってきたハンナが。

 一方、イレーネはきょとんとした表情でその場に留まっているのが見えた。


「……匂う! 匂うにゃー!」

「おまっ、はえーんだよ! ちょっと落ち着け!」


 静止の声に振り返ることもなく、レイはずんずん通路を進んでいく。


「近い! こっちにゃ!」


 右へ左へ。一歩間違えば迷子になりそうな船の通路。それでもレイは一度も立ち止まらず、まるで見えない糸を辿るかのように曲がり角を抜けていく。

 その姿を見失わないよう、俺とハンナは全力で足を動かした。

 やがて――


「――ここにゃ!」


 レイは一枚の扉の前でぴたりと足を止めた。


「この中! プンプン匂うにゃ!」

「おいおい、マジかよ……この部屋」


 指を差して断言するレイに、俺は思わず声を漏らした。


「お向かいさんじゃねぇか……!」


 言いながら、扉の表札を一瞥する。


 ――202号室。


 そこは、俺達が宿泊している部屋の真向かいに位置する部屋だった。

 その事実に、なにか奇妙な縁を感じて、俺は背筋が冷えた。


「誰の部屋だ……? ハンナさん、分かりませんか?」

「し、知らないわよ。私、客室に来ることなんて滅多にないし……」


 食堂勤務だもんな。それはそうか。

 となると、調べるのは難しい。

 お向かいさんとはいえ、すれ違った覚えもないし……でも、こうなった以上、この部屋の主については、知らなきゃいけない。

 そんな気がした。


「どうしたもんかね……」


 そうして頭を抱えていた時、


「そんなの、入れば分かるにゃ!」

「いやそれは流石に……って、お前なにしてんだッ!?」

「まあまあ、ここはレイにお任せにゃ!」


 そう言うや否や扉の鍵穴に爪を差し込むレイ。

 直後、カチャリと音を立てて扉が開く。

 恐ろしいまでの早業。呆気にとられている間に、レイは部屋の中に飛び込んでいった。


「お、おい! お前、勝手に……!」

「大丈夫、誰もいないにゃ!」


 レイの言う通り、中は静まり返っていた。

 外出中らしい。人がいる気配はない。

 俺は警戒しながら足を踏み入れた。

 綺麗に整えられた寝台。几帳面に並べられた荷物。

 どこか落ち着いた雰囲気のある部屋だった。

 だからこそだろう、


「ん?」


 一つの違和感が、妙に引っかかった。

 なんとなく視界に入ったテーブル――その角が、少しひび割れている。

 自然に付いた傷じゃない。それはまるで、なにか重たいものが叩きつけられたかのような……。

 妙な想像が、頭の中で膨らんでいく。


「ちょっと、アンタ達! 早く出なさいよ!」


 咎めるように言うハンナの声で、俺はハッと我に返った。


 そうだな。いつ部屋の主が帰ってくるか分からない状況。鉢合わせになるのは、流石にまずい。

 俺は咄嗟にレイの腕を掴んで引っ張った。


「ちょ、ちょっと待つにゃ! ここ、絶対なにかある! レイの鼻がそう言ってるにゃー!」

「駄目だ! ほら、行くぞ!」

「うにゃ〜〜!」


 じたばた抵抗するレイを力ずくで連れていこうとする俺。


「暴れんな! 大人しくしろって!」

「痛にゃッ!?」


 言わんこっちゃない。

 引っ張られた拍子に、レイの肩が近くの棚に思いっきりぶつかった。


 ――ガタン! 


 鈍い音を立てて揺れる棚。その振動で置いてあった物が床に落ちる。


 ――財布だ。


 革製の金貨袋。

 落ちた拍子に紐が緩んだらしく、中身が床に散らばってしまう。


「ちょ……ッ!」

「ああもう、なにしてんのよ! ほら、さっさと拾って!」


 そう言うハンナの声に従い、俺達は手早く散らばった硬貨を拾い集める。

 金銀銅貨。そして、その中に混じって――


「――ん?」


 硬貨を拾う手が、思わず止まった。

 目に入ったのは……薄く、半透明な物体。



『――料理人スキル。食材鑑定Lv3、発動』



 アイテム名:サイレントスネークの抜け殻

 種別:素材

 可食適性:✕

 毒性:無

 調味ランク:無



「“サイレントスネーク”……蛇、か?」


 その結果を見て、俺の背中に嫌な汗が伝う。


「なあ、レイ。お前が言ってたの、もしかして……」

「そう、それ! それにゃ! レイが持ってるコレと同じ匂い! 間違いないにゃー!」

「そう、か」


 レイの手にあるボロ切れ。

 思わぬ所で正体が判明したもんだ。

 そしてその途端、俺の中で一つの可能性が芽を出した。


「こらそこ! 口じゃなくて手を動かして!」


 ぴしゃりと言うハンナの声で我に返る。

 散らばった硬貨をあらかた拾い集め、それをしまおうと

俺は、床に転がっている財布に手を伸ばした。

 その瞬間――


「――あれ?」


 再び停止。

 手の中の財布を凝視したまま、俺は一瞬だけ固まった。

 見覚えがあったからだ。

 この財布、これの持ち主を俺は……俺達は知っている。


「なんでこれが……それじゃ、この部屋は……?」


 確信、そして疑念。

 ようやく辿り着いた、そんな感覚があった。

 でも、まだ言うべきじゃない。

 無用な混乱は避けるべきだろう。

 俺はサッと財布を元の位置に戻し、レイとハンナの二人に告げた。


「……戻ろう。ニックのところへ」


 最後に、どうしても確かめたいことができた。

 俺は二人の返事を待たず、通路を引き返していく。


「ご主人、待ってにゃー!」

「ちょっとなによ!? 急に……」


 頭の中で今までの情報を整理しながら走る。

 そうして再び食堂に戻ってきた俺達を出迎えたのは、さっきとなにも変わらない姿で横たわるニックと――


「――お戻りですか。なにか収穫は……あったみたいですね?」


 相変わらず冷静な態度のイレーネが言う。

 流石、鋭いな。


「ええまあ。それで……すみません、イレーネさん。ニックのこと、もう一度調べていいですか?」

「はい、構いませんが?」


 頷くイレーネ。

 許可は取った。俺は早速、ニックの死体に視線を向け、意識を集中させた。



『――料理人スキル。食材鑑定Lv3、発動』



 瞬間、視界に流れ込んでくる文字列。


「やっぱり、そうか……」


 思った通りの結果に頷き、俺は静かにスキルを解除した。


「どうです? なにか分かりましたか?」


 俺の様子を見てか、イレーネが尋ねてくる。


「はい、だいたいは」


 自然の料理人、ニック。彼に何が起きたのか?

 誰にやられてしまったのか?


 点と点が繋がり、一つの線となって真実へ。

 俺は深く息を吸って、後ろを振り返った。


「すみませんハンナさん。一つお願いしてもいいですか?」

「はぁ、はぁ……え?」


 遅れて食堂に入ってきたハンナに俺は言った。


「皆を、呼んできてください。今回の事件……多分、犯人が分かりました」

「え? え?」

「おお! さっすがご主人! それなら、善は急げ。さっさと行くにゃー!」

「えぇぇぇーー!?」


 ハンナが半ば引きずられるようにして食堂を飛び出していくのを見送り、俺は静かにニックの亡骸へと向き直った。


「教えてくれて、ありがとな」


 ちゃんと、メッセージは残ってた。

 後は、その拾い集めた素材を正しく調理するだけだ。


「後は、任せろ」


 ニックの死。その真実――皆に分かるよう、俺がしっかり振る舞ってやるよ!

次回は解決編!

「波乱の航海・後編」

乞うご期待!

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