二章六話[海鮮と香辛料]
厨房に入ると、予想以上に立派な設備が目に飛び込んできた。
「へぇ……いいね!」
船の揺れを考慮した設計らしく、全ての作業台や食器棚が金具でしっかりと固定されている。
焜炉は当然の如く魔法式で、おっさんの店にあったものと同じだ。
壁際の方には、これまた魔法で動いているらしい冷蔵庫と冷凍庫があった。
「凄え……!」
中を覗けば、そこには肉、野菜に果物、魚介、穀物等……あらゆる食材が大量に保管されていた。その他、棚には色とりどりのスパイスや調味料が整然と並んでいて、俺は思わず胸が躍った。
これだけあれば大抵の料理は作れそうだ。
まさに完璧な備え。仕入れにかなりこだわっているのが分かる。
「だってのに……」
せっかく設備も調味料も揃っているのに、これじゃ宝の持ち腐れだ。
さっき食べた料理を思い出して、俺はムカッ腹が立った。
あの薄っぺらい味は、食材のポテンシャルを完全に殺していた。
誰も笑顔になれない料理なんか駄目だ。俺が、今ここでそれを証明する!
「なにをボーっとしている! 今更怖気づいたか?」
監視のつもりか、隅に立つニックが蔑みながら笑う。
「いーや、なんでも」
俺は『アトリエ』のエプロンを腰に巻き、袖をまくった。
作る料理――そのレシピは、既に頭の中に。
――さあ、調理開始だ!
まずは下ごしらえ。
「必要なのはアレと、アレと……」
俺は冷凍庫を開け、鑑定スキルを使いながら食材を取り出す。
ぷりっと太った海老、肉厚の貝、それから真紅の身をしたイカらしきものもあったので、遠慮なくいただく。
「お、おい貴様……そんな高級食材を……!」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと美味しくしてやるからよ!」
眉を顰めるニックを無視し、俺は取り出したそれらを全て塩水入りのボウルに放り込んだ。
「解凍まで三〜四十分ってとこか……なら、その間に」
やれることをやる。
俺は作業台にまな板をセットし、腰から包丁を引き抜いた。
「タマネギとニンニクは……あったあった」
手に取ったそれっぽい野菜の皮を剥き、手早くみじん切りに。他にも、星形のトマトみたいな野菜をサクッとくし切りにして、一旦包丁は終わり。
「ふ、ふん! スピードだけはあるようだな!」
「そりゃどうも」
俺の包丁捌きを見たニックが悔しげな声を上げるが、構っている暇はない。
俺はすぐ次の作業に取り掛かった。
「米も炊かなきゃな、っと」
とはいえ、ただの米じゃ面白くない。
ここは、ちょっとしたサプライズを加えよう。
分量を量った米を水で洗い、炊飯鍋に投入。そこに適量の水と塩、バターを加え、更に――
「――隠し味だ!」
「なッ!? 貴様、またそんな貴重な食材を……ッ!」
「まあまあ、楽しみに待ってなって!」
俺が入れた物を見てニックが目を丸くするが、知ったこっちゃない。
好きにしろって言ったのはコイツの方だ。
俺は俺の料理のため、最大限のことをさせてもらう。
焜炉を強火で点火。
沸騰したのを確認したら中火に変えて、後は炊けるまで放置する。
さて、次だ。
「解凍は……?」
俺はボウルから海老をつまみ上げる。
プリッとした手触り。
――よし、大丈夫だ。
俺はまず海老の殻を剥き、背わたを取っていく。それが済んだら包丁を使って貝の殻をこじ開け、中身を取り出す作業。
最後はイカの内臓と軟甲を取り除いて、胴と足をそれぞれ輪切りにしたら、準備完了。
「うん、いい香り……」
辺りに充満する海の香り。期待に胸が膨らむ。
「待ってろよ、今美味しくしてやるからな……!」
俺は背中の鉄鍋に手を掛け、焜炉に向かった。
鍋にバッと油を投入し、魔力を集中。強火で点火する。
まず炒めるのは――
「――なっ……貴様、血迷ったか……!?」
躊躇いなく海老の頭と殻を炒め始めた俺に、ニックが驚きの声を上げる。
だが、それを無視して俺は殻を煎り続けた。
ぱちぱち、と乾いた音を立てて殻が色づき、香ばしい海老の匂いが厨房全体に漂い始める。
十分に水気が完全に飛び、香りが油に移ったところで殻を取り出す。
「――なんかいい匂いするにゃー!」
突然背後から聞こえた声に、俺もニックもビクッと振り返った。
「レイ!? お前、いつの間に……」
鼻をぴくぴくさせながら、興味津々でこちらに近付いてくるレイ。
「盗るなよ?」
「う、うん……でも、お腹空いたにゃー!」
「分ーったよ。とりあえず、これでも食ってろ!」
これ以上騒がれても面倒臭い。
根負けした俺は、煎った海老の殻に軽く塩を振ってレイに差し出した。
「な、なんにゃこれ?」
「いいから、食え!」
思いっきり怪訝な顔をするレイだったが、食欲には敵わなかったらしい、ひと思いに殻を口の中へ放り込むと――
「――うみゃー! なにこれ!? パリパリしてて、凄く美味しい!?」
「全部食うなよ? まだ使うんだからな!」
信じられないという顔で笑うレイ。
それを見て、ニックもまた信じられないという表情になっていた。
「馬鹿な!? 海老の殻を食べるなど……なんと卑しい娘だ! そんなもの、ただの生ゴミではないか!?」
「あ? ゴミ? てめぇ……それ本気で言ってんのか?」
ニックの言葉に、思わず低い声を出す俺。
「だ、だったらなんだと言うんだ!」
「ふざけんな! どんな食材にも、無駄な所なんか一つもねぇ! いただく命、その全てを生かしてこその料理人だろうが! ニックさんよ……てめぇは、なにも分かってない!」
だから、分からせてやる。
食材への感謝の気持ち。その骨の髄まで、叩き込んでやるよ!
「ぬ、ぐぐ……この、青二才が……!」
こちらを睨むニックを無視して、俺は調理を進める。
焜炉を再点火。
鍋に溜まった海老油がパチパチ音を立てる。そこへ、みじん切りのタマネギとニンニクを投入。
ゆっくりかき混ぜながら炒め、飴色へ近付ける。
十分に色付いたところでカットトマトを入れ、ペースト状になるまで炒めたら――次だ。
「にゃー、美味しそう!」
俺が手に取った魚介の山を見て涎を垂らすレイ。
「盗るなよ?」
「わ、分かってるにゃー……」
シュンと猫耳を垂らすレイ。
そ、そんな顔するなよ。
優莉と同じ顔だけに、なんだか心が痛む。
「はぁ……手伝ってくれんなら、少し味見していいぞ」
「ホントにゃ!? 分かった! なんでも言ってにゃ! レイ、頑張る!」
「よし、それじゃあ……」
そうしてレイに渡したのは、海老の殻。
「これ、ぜーんぶ潰してくれ! 道具はそこ!」
「オッケー、お安い御用にゃ!」
ドンと胸を叩くレイ。
――よし、後は任せた。
気を取り直して、俺は焜炉の方を向く。
食べやすく切った魚介を全て鍋に投入し、トマトペーストと絡めながら炒める。
そこへ調味用の酒を適量入れて更に炒めたら、一旦火を弱めて……
「……こっからが本番、だな」
棚から取り出した色とりどりのスパイスを前にして、俺は精神を集中させた。
正直、ここからは未知の領域だ。
いつもなら市販品を使う所だが、この世界にそんな便利な物はない。
「やるしかねぇか……!」
スパイスの調合、料理人として腕の見せ所だ。
頼りになるのは己の嗅覚と知識、勘、それから――
『――固有スキル――【再現】。発動』
思い出せ、あの香りを。
再現するんだ、あの味を。
この世界に来る前、家で、学校で、お店で、何度も食べた“あの料理”……そのイメージを頭の中で鮮明に形作る。
必要なのは――
「――これだ!」
名前も知らないスパイスの群れ。無数にあるその中から、俺は感覚とスキルを頼りに組み合わせを見つけていく。
「そんなにスパイスを……! 素材の味を殺しおって……!」
そんな声が聞こえたが、知るか!
俺はもう、止まらない!
一つ、また一つ……スパイスを鍋に落とす度、立ち昇る香りが変化して鼻腔を刺激する。
甘い香り、刺激的な香り、爽やかな香りに芳ばしい香り……それらが複雑に混ざり合い、そして――
「――な、なんだ、この香りは……ッ!?」
それだけ言って言葉を失ったニックに、俺はひっそりほくそ笑む。
「レイ! 殻はッ?」
「出来てるにゃー!」
よし! 良い感じの粉々! 完璧だ!
レイから受け取った海老殻の粉末をそのまま鍋に投入する。
瞬間、
「にゃああああ!? 凄い匂いにゃ!」
「こ、これは……ッ!」
魚介とスパイスによる香りの暴力。
レイが歓声を上げ、ニックが驚愕の表情で固まる。
――その反応を待ってた。
でも、まだ終わりじゃない!
この料理を真に完成させるには、もう一つ……もう一つだけ、必要なピースがある。
「アンタの料理、ちょいと借りるぜ!」
導き出した最適解。
炒め終えた食材を手に、俺が向かったのは――
『――料理人スキル。食材鑑定Lv3、発動』
アイテム名:ニックの野菜スープ(うすしお味)
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:C
厨房の隅に放置された大ぶりのスープ鍋。大量に余ったその料理の元へ、俺は近付いていく。
「なんだ? お、おい貴様、どうするつもりだ……ッ!?」
ニックが慌てて駆け寄って来たが、構わない。
俺はにやりと笑って言った。
「どうするって? 決まってんだろ……こうすんだよッ!!」
「なっ、待て! やめろぉおおおおお!!」
ニックの絶叫。
でも、もう遅い。
制止の声を振り切って、俺は鉄鍋の中身を全てスープに放り込んだ。
なにを作ってるか分かるかな?
次回「華麗なる一撃」
乞うご期待!
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