二章三話[盗まれたのは]
※挿絵あり!
「ゆうり……? 誰にゃ?」
首を傾げる少女。
「誰って、お前……っ」
俺が、見間違える筈がない。
髪は白いし猫耳と尻尾が二本生えてるけど……その顔は、高校で初めて出会った頃の優莉と、まるで同じだった。
でも――
『――料理人スキル:食材鑑定Lv3、発動――』
個体名:“レイ”
年齢:17
性別:女
職業:盗賊
可食適性:✕
好味:うま味
状態:良好
「レイ……?」
違う名前に、俺は釘付けになる。
やっぱり、優莉じゃないのか?
「どうなってんだよ……」
他人の空似、なんてレベルじゃない。でも、そこにある情報は彼女が別人だと告げている。
「んー、よく分かんにゃいけど……大丈夫? 怖い顔してるにゃ」
「あー、ごめん……ちょっと、知り合いに似てたからさ」
少女は、ぱちぱちと瞬きをしてから、ふにゃりと笑った。
その笑顔がまた、優莉のそれと重なって見えて、俺の胸はざわついた。
「……へぇ〜、そんな偶然もあるんだにゃ~」
「そう、だな……」
あっけらかんと言う少女に俺は苦笑する。
――偶然? 本当にそうか?
今回だけじゃない。
シノと俺、その両親……そして、優莉とレイ。
同じ顔がこんなにも。
――この世界は、一体なんなんだ?
思考の波に溺れそうになったその時――
「――見つけたぞ、こっちだ!」
突き抜けるような声。
何事かと目を向けると、通りの向こうから数人の男達がドタドタと駆けてきた。
「げっ……バレたにゃ!?」
毛を逆立てて威嚇するレイ。
「今度はなんだよ……!?」
駆けつける面倒事の気配に、俺は呆気にとられるしかなかった。
「もう逃さねぇぞ! この泥棒猫がッ!」
鼓膜を揺らす怒号。
気が付けば、俺達は怖い顔のおじさん達に囲まれていた。
――え? なにこの状況?
眼帯を付けてたり顔に傷があったり、どう見てもカタギには見えない方々。その手には棍棒やら包丁やらが握られていて、殺気が目に見えそうだった。
「ちょっ、お前……なにしたんだよ!?」
「し、知らんにゃ! なんでみんにゃレイを追いかけてくるんだにゃー!?」
その言葉を聞いて、男達の一人が声を張り上げる。
「あぁ!? しらばっくれんなこの野郎! うちの大事な商品盗みやがって! 許さねぇぞ!」
「盗み? お前……」
俺が視線を向けると、レイは目を泳がせながら、
「ち、違うにゃ! あれは……ひ、拾っただけにゃ!」
「拾っただぁ!? そりゃどこでだコラ!」
ズイッと進み出る男。
腕のごつさと相まって迫力が凄い。
「ちょい待ち! 俺は関係ねぇからな!?」
巻き込まれるのはごめんだ!
慌てて弁明する俺。
「そんにゃ、酷い! レイを見捨てないで、ご主人様ー!」
「はぁ!? お前、なに言って――」
俺の腕に絡みつくレイ。
反射的に振りほどこうとするが、意外に力が強く、離れない。
「――ご主人様ぁ? ほぉ……てめぇがソイツの飼い主か?」
「いや、違……」
「そうにゃ! やっと会えた、レイのご主人様にゃ!」
なに言ってんだこいつ!?
男達の視線が一斉に俺の方へ集まる。
「そりゃあ物好きな野郎もいたもんだ! ……で、どうすんだ兄ちゃん?」
「どう……って?」
「どうケジメ付けるかって聞いてんだ! ご主人様なら、分かってるよな?」
分かるかッ!
レイは、いつの間にやら俺を盾にするように後ろに下がっている。
刺さるような視線の集中砲火。完全に矢面に立たされた俺。
言い訳は……無理だろうな。逃げ場もなし。
こうなったら、仕方がない。
「……ちなみに、盗まれたってのは?」
「上物のブツだ! ちょいと炙ってキメれば一発で飛ぶって代物よ!」
「あー……」
やばいやつだこれ!
「お前、なんつーもんを……」
「にゃにゃ!? ご主人にゃんか勘違いしてる!? レイが取ったのは……コレにゃ!」
ちゃっかり自白したことはさておき、レイがどこからか取り出したものに俺は目を奪われた。
「……魚?」
綺麗な魚だった。
見た目は秋刀魚に近い。鮮度が高いのか、白銀の鱗が太陽の光を反射して、角度によっては金色に見える。
「お、おいおい……まさか“ブツ”って?」
「そうだ! うちの看板商品、“日鱗魚”! ソイツ一尾で小金貨五枚分の価値がある! 高級品を、その泥棒猫は……!」
怒りに震える男。
俺は、ホッと息を吐いて一歩前へ出た。
「……よし、話は分かった。じゃあ、こうしよう」
「あん?」
「その魚は、俺が買い取る」
男たちが一斉に俺を見た。
「な、なんだと?」
「代金は小金貨五枚、だったな。ちゃんと払うよ。それと――」
鞘から包丁を引き抜く俺。
「――アンタら、腹減ってねぇか?」
「はぁ、腹? なに言ってやがる?」
「料理人としてのケジメだ。俺がこの魚で料理を作る。美味いと思ったら、コイツのことは見逃してやってくれ」
頼む、と俺は頭を下げた。
ざわつく男達。
だが、やがてリーダー格らしき男が、
「面白え兄ちゃんだ……そこまで言うなら、やってみな」
「ありがとう!」
早速準備に取り掛かる俺。
「にゃにゃ、ご飯! それ、レイも食べられるにゃ!?」
「お前っ、誰のせいで……ったく、まぁいいや。ちょっと待ってろ」
まずは、下処理。
その辺にあった木箱の上に清潔な布を敷き、そこへまな板をセッティング。その上にレイから受け取った日鱗魚を置いて、包丁を構えた。
でっかい秋刀魚みたいなそれを前にして、神経が研ぎ澄まされていく。
「良い魚だ…」
見ただけで分かる。この輝き……この鮮度なら、あえて内臓を取る必要はなさそうだ。
俺は手早く包丁を動かして魚の鱗を取り、皮に✕の形で切り込みを入れた。
「お次は……っと」
呟きながら腰のポーチから取り出したのは、瓶詰めにした塩と、それから――
「――おい、そりゃ砂糖じゃねえか! どうすんだそんなもん!?」
「まあまあ、見ててよ」
やや茶色っぽい砂糖を片手に、俺は答える。
ちょっと意外な食材だったか?
でも、この方が絶対に良い仕上がりになる。
目を丸くする男達を尻目に、俺は塩と砂糖を魚の表面にまぶした。
そこまでやったら、こちらは一旦放置。
「……盗るなよ?」
「わ、分かってるにゃ!」
涎を垂らしながら頷くレイ。
伸ばしかけていた手は見なかったことにしておこう。
背中の鉄鍋に手を掛ける俺。
一緒に背負っていた携帯用の小型焜炉も取り出し、テキパキと組み立てる。そこへ鍋を置き、鍋底に鉄網を敷いたら――準備完了。
魚の方へ視線を戻す。
「うん、良い感じ」
擦り込んだ塩と砂糖のお陰で魚から余分な水分が出ている。
これを清潔な布で丁寧に拭き取ったら、後は――
「――点火ッ!」
焼くだけ。
俺は焜炉に魔力を通し、やや控えめに火を起こした。
網に油を塗り、そこに日鱗魚を乗せる。
――じゅっ!
皮が焼ける音と共に、魚介特有の香ばしい匂いが辺りに広がった。
「な、なんだこの香り……!?」
「おい、お前、涎!」
「うるせぇ! 仕方ねぇだろ! 勝手に出ちまうんだよ!」
騒ぎ出す男達の声に、俺はほくそ笑む。
――まだだ、まだ。
魚の脂がぱちぱちと跳ねる。
俺は細心の注意を払って、火加減を調整した。
待つこと数分、魚の片面に色が付いたのを確認したら、ひっくり返してもう片面も焼いていく。
「うにゃー! まだかにゃ? まだかにゃ?」
「まだだから、落ち着け」
尻尾をブンブン振ってはしゃぐレイ。
気持ちは分かる。でも、焦りは禁物だ。
中火程度の火力で、焦がさないよう、慎重に。
そうしてじっくりと火を加え、両面に黄金色の焼き目が付いたら、それを皿に乗せ――
「――仕上げだ!」
柑橘の香り。
腰のポーチからビー玉サイズのレモンみたいな果実を一つ取り出す。
旅立ちの日、村の果物屋さんがくれたそれを俺は豪快に握り潰し、その果汁を焼き魚にサッと振りかけた。
これで――
「――完成! 名付けて“日鱗魚の黄金焼き”! さあ、食ってくれ!」
その辺にあった木箱の上に皿を置き、俺は男達にナイフとフォークを差し出した。
「……お、おう」
気のない返事。
さっきまでの威勢はどこへやら、料理を前にしてぼーっと佇む男達。
日鱗魚――焼くことで増したその黄金色の輝きに、誰もが目を奪われているようだった。
「どうした? 見てるだけじゃ味分かんねぇだろ? ほら、冷めない内に!」
言いながら、俺はナイフとフォークを男達に突き付けた。
「……そんじゃ、ま、いただこうか」
そう言って最初に手を伸ばしたのは、リーダー格らしい眼帯の男。
顔に似合わず上品な動きでナイフとフォークを動かし、切り分けた魚の身をパクリと頬張る。
緊張の一瞬。
俺も周囲の男達も、息を呑んでその様子を見守った。
「…………フッ」
鼻息? いや、それは――
「フフッ……ハーッハッハッハ!」
破顔。
眼帯の男は、その瞬間、堰が切れたように笑い声を上げた。
「やられた! 負けたよ、兄ちゃん!」
眼帯の男がそう言ったのを皮切りに、他の男達も次々と皿に向かう。
「な、なんだこりゃあ……!? 皮はパリッとしてんのに、中はふんわりとろけやがる!」
「うま味が強ぇのに、しつこくない……! 塩加減も、絶妙だなおい!」
「それとこの仄かな甘み! 砂糖と魚の脂が合わさって……クセになりそうだぜ!」
「最後にかけた果汁もいい仕事してんな! スッキリした後味で、ずっと食ってられるぞ!」
男たちは感嘆の声を上げながら、競うように皿をつつく。
「こらー! レイの分も寄越すにゃ!」
割り込むように皿の方へ突っ込むレイ。
「うみゃー! なにこれ、すっごく美味しいにゃご主人様!」
騒がしい声に思わず笑ってしまう。
気付けば、さっきまでの剣呑な空気はどこへやら、満足げな顔が並んでいた。
「いや〜、参った参った。日鱗魚の美味さををここまで引き出すたぁ、大したもんだぜ兄ちゃん!」
「それじゃあ……?」
俺の問いに、眼帯の男はフンッと鼻を鳴らした。
「ま、しゃーねぇか……今日の所は、この料理に免じて見逃してやるよ」
「ほんとに!? やったにゃーっ!」
その言葉を聞いたレイがぴょんと跳ねて、俺の腕に飛びついてきた。
「おい、くっつくなって!」
「ご主人様ー! やっぱりレイのご主人様は流石にゃ!」
「誰がご主人様だ!」
俺の腕にしがみつき、頬を擦りつけてくるレイ。
柔らかい感触とふわっとした香りが鼻をくすぐる。変な声が出そうになったのを、必死に飲み込んだ。
「ったく……ほんっと、調子いい奴だな」
もはや抵抗する気力もない。
されるがままになっている俺を見て、眼帯の男が笑う。
「おうおう仲睦まじいこって……邪魔しちゃ悪ぃな――おい、野郎共! そろそろ行くぞ!」
リーダーの号令に従う男達。
「良いもん食わせてもらった! ありがとな!」
その声を最後に足音が遠ざかり、通りに静けさが戻ってくる。
「……ふぅ、なんとか収まったな」
「にゃははー! ご主人様、かっこよかったにゃ!」
「だからご主人様じゃねぇって……」
レイは無邪気に笑う。
その顔が――またしても優莉と重なった。
「……なぁ、レイ。お前、どこから来たんだ?」
「どこから? んー……知らにゃい!」
あっけらかんと言うレイ。
「いや、知らないってお前……生まれは? この町か?」
「分かんにゃい! レイは、気付いたらここに居たにゃ!」
「気付いたら? その前は? なにしてたんだ?」
問いかける俺に、レイは首を傾げて「んー」と唸り声を上げる。
だが、
「覚えてにゃいにゃ! これまでどこでにゃにをしてたか、にゃんにも……」
答えるレイの表情は、とても寂しげだった。
「そっか……」
記憶がない。
その症状、聞き覚えがある。
この子は、もしかして――
「お前、霧に触ったりしたか?」
「霧? どうだったかにゃー? 触ったかもしれにゃいけど……それがどうしたにゃ?」
「いや、いいんだ」
それすら不明……と。
――“霧患い”。
いつか聞いたその言葉が、俺の頭には浮かんでいた。
「……お前、これからどうすんだ?」
「うにゃ?」
レイは首を傾げて、二本ある尻尾をぴょこんと揺らす。
「帰る家は……家族とか、いないのか?」
「んー、分かんにゃい……けど、今はご主人様がいるにゃ!」
「だから誰が……っ」
言おうとした言葉を、グッと飲み込んだ。
――記憶喪失。
霧患いの可能性が高いけど、俺には確かめようもない。
ただ言えるのは、コイツをここで一人にしたら、どこかでまた今みたいな騒ぎを起こすってこと。
放って行く――なんて選択肢はなかった。
「……じゃ、一緒に来るか? 俺と」
「え?」
レイの耳がピクンと動く。
「い、いいのかにゃ!?」
「ああ。まぁ……ここで会ったのもなにかの縁だ。ただし、一個だけ条件がある」
「じょーけん?」
真ん丸な目を向けるレイ。
俺は咳払いをして、言葉を続けた。
「盗みは絶対禁止! 食いもんが欲しい時は俺がなんとかする。人様に迷惑だけはかけんなよ?」
「分かったにゃ!」
ホントかよ?
苦笑する俺の手をレイが取り、ブンブン勢いよく振る。
「ご恩返しできるように、レイいっぱい頑張るにゃ! だからよろしく! ご主人様ー!」
「後、呼び方も変えろ! 俺の名前はシノだ!」
騒がしい旅になりそうだ。
そんな予感に、俺は頭を抱えた。
次回「猫と蛇の船出」
乞うご期待!
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