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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
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88.盲目の良し悪し

『ミランダちゃん。王太子殿下って…………バカ?』

「えぇっ?!」


 いきなりの言われようと私の剣呑な雰囲気にミランダちゃんがお手紙拝見したいというので差し出した私はそのままベッドのうえにいる私の上半身を支えていたたくさんの柔らかなクッションに、ぼふんっと勢い良く身体を沈めた。


「えーと…………はぃ?」

「ひぃさま?どうなされました?…………は?」


 あ、二人とも固まった。しかもミランダちゃん肩を震わせ始めてる。セレスちゃんは……頭抱えた。ま、それが普通の反応だよね。うん。


***




親愛なるウィンター伯爵家令嬢ウィンテルよ、我が側妃候補ミランダの護衛任務誠に大儀である。


ついてはそちに余から大いに名誉な任務を任せたく書をしたためる。余の正妃候補であるフィナリアがミランダに会いたがっておるので直ちに支度を行い速やかにミランダを護衛してコッタンへ参れ。


余の依頼をよもや断るなどないとは思うが、以下に指定する宛てへ速やかに返書するよう望むものである。




「……リーフったら……。お姉様、こんなのは無視なさって結構です!いくらフィナちゃんが大事だからってこんな失礼な……!」


 ミランダちゃんが怖い。普段なら怒っていたとしても表情豊かなその可愛らしいお顔から一切の表情が消えて、しかもわずかとはいえ凍てついた北国の冷気のような気配を纏い始めている。


「セレス。ラドルの大使館にこれから参ります。準備なさい」

「はい、ひぃさま。直ちに先触れを出します」

「お姉様方、この件はわたくしにお任せください。特にウィンテルお姉様は療養を最優先なさってくださいませ」

『う、うん。ミランダちゃん、無茶は……しないで?』

「大丈夫です。少しリーフにお灸据えますわ」

『ははは…………あ、アイシャちゃん。ミランダちゃんの護衛お願いね。大丈夫だとは思うけれど、一応』

「はいはい。葉月ちゃん、監視お願いねー」


 慌ただしく出発する三人を見送ると深い溜息を吐いて隣にいる葉月ちゃんを見やれば葉月ちゃんも苦笑いしていた。


***


「これはミランダ様、何か火急のご用件とお聞き致しましたが」

「はい。今回わたくしが大切に想っています方に、王太子殿下の名を騙る不届き者が大変失礼な手紙を送り付けた事が判明致しましたの。かなり色々な、そして重大な問題がございますのでわたくし自身が直接参りました。……ガイウス大使様おじさまはいらっしゃいますか?」

「な、なんと。……はっ、こちらへどうぞ」


 ミランダはセレスと護衛として付き添ってきてくれたアイシャを後ろに控えたまま王都ラドルにある在ウィシュメリア精霊王国コッタン大使館に到着したのち応対した大使おじの側近に周囲を気にするような素振りを見せて声を潜めて用件を告げると側近はあわてて大使の執務室へと一行を案内するのだった。


「ミランダです、おじ様」

「入りなさい」


 失礼します、と入室するミランダとセレスにアイシャ。側近はアイシャを別室にて待たせようとするがミランダが押し留め一緒に入室させることを認めさせる。


「やぁ、ミランダ。元気そうだな。セレスもご苦労さま」

「ガイウスおじ様もお元気そうで何よりです」

「何か急ぎの用件があるそうだが、後ろのお嬢さんは確か……」

「わたくしが大切に想っていますウィンテルお姉様と懇意になさっていらっしゃいます、アイシャお姉様ですわ、おじ様」


 成る程と頷くガイウス大使にミランダはウィンテルより借り受けた書状と封筒を取り出して大使に示しながら憤懣やるせないというように説明する。


「敬愛する殿下がこのような書状を国交があるとはいえわたくしに事前に相談する事もなく、非公式に、しかも関係の無い者を傷つける可能性のある手段を用いて寄越すはずがございません。いくらフィナを愛しているとは言ってもです。ですので偽手紙の可能性もございますし、もしも万一これが本物であった場合それはそれで外交問題になると思いましたので参上致しました次第ですわ」

「うぅむ…………」

「…………というのは建前で、恋は盲目とは言っても良し悪しがあります。今回は完全に失礼過ぎますので殿下にお灸を据えたいと思いますの」

「まぁ、気持ちは分かるが……。時にウィンテル嬢のご容態は?“狩り”以降倒れられたと聞くが」

「ガイウス大使様。ウィンテルは未だ病床にございます。また、長旅に耐えられるような身体ではもとよりございませんので仮に今回のお話しが正式な手続きによる“依頼”であったと致しましても伯爵夫妻や陛下は反対なさると思います。勿論私も反対です」


 ガイウス大使はミランダとアイシャからの意見を聞いて表情こそ苦笑い程度ではあったものの、思わず吐いた溜息の深さが状況の深刻さを表していた。王太子という身分からくる物言いに関しては取り敢えず保留するにしても、封蝋に使われた古代のトラップや友好国とはいえ他国の有力な貴族に対して強要と受け取れかねない態度は流石に問題がある。何より正規の外交手続きを無視している上に個人的過ぎる理由というのも問題に拍車を掛けている。さらに……。


「何よりもわたくしが一番頭にきていますのは、わたくしが大親友のフィナの為に身を退いたというのに、勝手に“側妃候補”だなんて。ふざけるにもほどがあります!そういう制度があるとか、世継の問題があるとかそんなのは関係ありません。フィナを愛しているのならば良く考えるべきだと思いません?!ガイウスおじ様!!」

「…………落ち着け、ミランダ。今、茶でも淹れさせる」


 鼻息荒く一気にまくし立てたミランダはガイウス大使が呼び鈴にて茶の用意を依頼する合図を送るとともにミランダを宥める言葉を掛けるとようやく少し落ち着いたようで我を忘れた事に恥じ入り顔を朱に染めていた。


「まあ、座りなさい。君たちも」


 執務室にある応接セットに運ばれてきた茶と菓子をセッティングさせると三人を座らせ、自分も座る。


「取り敢えずこの件は宰相閣下あにうえに今夜にでも相談する、という事で構わないか?ミランダ」

「はい。それでお願いします。それからお父様にその件とは別に伝言をお願いします」

「なんだね?言ってごらん」

「はい。まず殿下がなんと仰いましても“妃”になることは致しません。また、学院卒院後はカミュイの大神殿にて一年間修行する事に決めた、と」

「……本気、なのだな?」

「はい。お父様にはミランダは一族の使命について覚悟を決めたとお伝え下されば大丈夫です」

「…………分かった。そのように伝えておくが改めてミランダ自身の口から大神殿の件は説明しなさい。いいね?」

「ありがとうございます、おじ様」





 一方その頃。コッタン王国王都カミュイに屋敷を構えるフローリス侯爵家、フィナリアが伏せている私室にはお忍びで訪れている王太子スティリーフがフィナリアを見舞っていた。


「……リーフさま、何か嬉しい事でもあったのですか?」

「ん?ああ。フィナがずっとミランダに会いたいって言っていただろ?」

「ええ、でもミランダちゃんは遠国ウィシュメリアにて勉学に励んでいますから。それに国内がこんな状況じゃ…………」

「確かにここまで治安が悪いと確かに呼び戻すのは危険が伴うだろうな。だが、きちんとした護衛を用意すれば問題ないであろ?」

「……えっ?」

「先の事件での功労者、ウィンテルとか申す伯爵令嬢に護衛を申し付ける書状を極秘に出してな、先ほど向こうに着いたという…………」

「ちょっ?!リーフさま、それは……」

「ん?どうしたのだフィナ。まぁ、安心するがよい。余の直々の書による大変名誉な任務だからなすぐに受諾の連絡がくる…………っ?!」

《ばちんっ!!》

「リーフさま、なんて勝手な事をなさっているのです?!せめてわたくしに一言相談なさって下さいませっ。あぁ、ミランダちゃん絶対怒るだろうなぁ……どうしよう……」

「な、なにをするのだ!」「リーフさま、ウィンテル様はミランダちゃんが一番にお慕いされている大切な方なのです。まさかいつもお書きになられているような文章ではない、礼を尽くした……」

「何を言うておる。伯爵家ごときにそのような、うわっ!」

《ぶんっ》

「リーフさまのバカァッ!今すぐお戻りになられてお詫びの書状をお書きになられて下さい!」

「なぜ余がそのような必要性があるのだ。余は王太子だぞ?」

「……ウィンテル様がウィシュメリア国王サーレント陛下のお気に入りで、ウィンター伯爵家がフェンリル大神殿と深いえにしをもち、ご自身が大陸唯一のウィザードとして各国から注目を浴びていらっしゃるお立場という事を知ってもそのような事を仰る事が出来ますか?」

「……………………」

「まず間違いなくミランダちゃんが宰相様に連絡するでしょう」

「やばい」

「だったら今すぐ動く!」


 頬に真っ赤な手形を付けたまま慌てて退室する王太子を見送ったフィナリアは大親友のミランダが確実に怒っているだろうなぁと頭が痛くなっているのだった。



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