82.閑話 3月21日 誕生日
「誕生日おめでとう、お姉ちゃん。これは私とリリーから」
「ウィンちゃんおめでとう。日本人組からはこれ。晴れ着はちょっと難しかったから……」
二人で学院クエストを頑張って得た報酬で買ったという可愛い妹たちからのプレゼントは幸せを運ぶとされる虹色に輝く特殊なクリスタルを使ったシルバーのチェーンネックレス。アイシャちゃん、葉月ちゃん、マリアさんからはなんと甘酒だった。最初は晴れ着をと考えていたみたいだけど生地も技術も無いので泣く泣く諦めたとの事。それでも甘酒もこの世界にはあり得ないものだったのに。
「だってほら、燐ちゃんてば甘酒が大好きだったでしょう?甘酒なら秋川で一から作っていたからなんとか思い出して、こっちの職人さんに頼み込んで作ってもらったんだよ」
『え。ということは……』
「職人さんたちにもいい評価もらえてさ、定期的作って貰えることになったからちょっとお値段張るけど飲みたいときに飲めるよ」
思わず私はアイシャちゃんや葉月ちゃん、マリアさんたちに飛び付いてしまった。それくらい大好きな甘酒が再び飲めるなんて本当に嬉しかったから。
それからエレンとリリーちゃんから贈られた虹色クリスタルの大きさに思わず目を見張ってしまった。
『ちょ、エレン、リリーちゃん。これ普通より一回り大きいんだけど……かなり無理したんじゃないの?』
「無理はしてないよ。ね、リリー?」
「うん、無理はしていません。ただ、可能な限りの努力をしただけなんです」
詳しく聞いてみると学院のクエストを達成したさいに得られる報酬を金品ではなく情報や紹介状に変えてもらい色々手を尽くして一回り大きいものを手に入れることが出来たのだという。
「はい、お姉ちゃん。うん、良く似合ってるよ」
「先輩方のおかげで私たちは幸せを掴み取れました。だから先輩。先輩も必ず幸せになって欲しいんです」
私は言葉に乗せる事も出来ずにただただ二人を両腕で想いを込めて抱きしめて何とか絞りだした声でありがとう、そう伝えるのが精一杯だった。
「お嬢様。わたくしども使用人と家事見習いの有志からはお嬢様のために特殊な布団をしつらえました。伝手を頼ってノヴァとグラヴィティのそれぞれの大神殿から回復力向上の祝福を受けた逸品。これでまた倒れても安心です…………倒れるなと言うのは無理でしょうから」
『ちょ、ちょっと?!さらっと流しているけど布団のために光と闇の大神殿って……』
「お嬢様がそれだけ大切なのだというだけですよ。それ以外の他意はありません」
闇の大神殿は海上王国王都がある都市そのものが古代遺跡でもある古代都市の遥かに深い場所に存在している。当然のことながら図書館よりは安全性は確保されているものの不測の歪みが発生する場合があり、冒険者の護衛は欠かせない。
『……それにしたって……みんな頑張りすぎ、じゃない。私を泣かせ過ぎて、衰弱させる……気、なの……?』
それぞれのプレゼントに掛かった手間、時間、労力、そして想いを思うだけで涙もろい私の視界は歪み言葉が震えてしまう。
「なんだなんだ、ウィンテルは相変わらず泣き虫なんだな。こういう晴れの日くらい笑えっていっても無理か。涙腺昔から弱いもんな、私の自慢の娘は」
『っ!お、お父さん?!も、もぅいつまでもそんな子供扱いしないでよ』
「そうか?それは悪かったな。すまん。さて料理の準備が食堂に整ったから移動してくれないか?」
すまんといいつつもいつも以上に晴れやかな笑顔のお父さんに促されて食堂に赴くとそこにはお母さんがいつも作ってくれるバランスの整ったメニューだけれども良く見れば材質が普段より高めの良いものを使っているのが見て取れる。そして私の席の前には手作りケーキが鎮座していた。
「お母さんは間もなく帰ってくるからな、今からシャンパンを注ぐから席についていてくれないか」
『え、あれ。じゃあこの料理は…………?』
「ただいま。何とか間に合ったわね」
「お帰り、フェル。なんとか料理の体裁は整っていると思うんだが」
「そうね。貴方にしては頑張ったんじゃないかしら。一ヶ月の努力とその両手のケガ。ウィル、お疲れさま」
「と言うわけだ。私からのプレゼントだ、受け取ってくれな、ウィンテル。ケーキはクライセンさんところで教えて貰った」
よくよく見れば包丁傷だとわかる傷痕がお父さんの両手にたくさんついていることに今更ながら私は気付いた。お父さんはどちらかと言えば我が家では不器用な方で大雑把な焼き物料理とかは冒険者として生計を立てているわけだから出来るのだけれども、家庭料理のように細かい地道な料理は苦手だと言っていたのに。お母さんの言っていることが本当ならば文字通り寝る間を惜しんで、しかもハカナちゃんのお店にも一時的に弟子入りして特訓していた事になる。
『……ありがとう、お父さん。たった一日の、私のためにこんなに…………』
「いや、もうだいたい覚えたからまた機会があればまた作るさ。フェルにも休日は必要だしな」
「それにこれくらいしかお前に贈れるものを思いつかなかったんだよ」
エレンたちみたいに今どきの女の子に似合うアクセサリーのセンスもないし、ハヅキたちのような特別な知識もないからな、とお父さんは頭を掻いている。
「だが、この料理にかけたウィンテル、お前への愛情は誰にも負けていないつもりだ。な、フェル」
「ええ、会心の出来よ。間違いなく貴方の精一杯の想いが込められてるわ」
『…………お父さん、お母さん。二人の子供に生まれることができて本当に嬉しいよ。ありがとう。本当にありがとう!二人とも大好き!』
***
あれから私はもう我慢することも出来なくてお父さんとお母さん。それからエレンと将来的には家族になることが分かっているリリーちゃんに優しい笑顔で抱きすくめられながら大泣きに泣いてしまい、その間みんなからはたくさんの祝福の言葉を掛けられて、もう何も考える事すら出来ないくらいに幸せな気持ちにさせてもらえて。
みんなが寝静まった深夜になった今も私は興奮しているのか眠ることが出来ないでいた。お父さんの手料理はお母さんがスパルタで教え込んだせいか本当に美味しかった。バースデーケーキも初めてだという割りには少々不恰好であっても料理に合わせて甘さを調整してあって、心いくまで愛情を感じる事ができた。
エレンとリリーちゃんのネックレスは今も私の胸元にて淡い輝きを放っていて、葉月ちゃんやアイシャちゃんたちが記憶を頼りに再現した甘酒は懐かしい心安らぐ想いに包まれて嬉しかった。
『…………頑張ってきて、本当に良かった』
大きな窓の先に輝く満月の優しい光を浴びながら思わず呟く。
「……そうね。本当に貴女がたくさんの試練を乗り越えてきてくれて……お母さんも嬉しいわ」
『……お母さん?』
「今夜は一緒に寝ようと思ってきたのだけれども……」
『いいの?明日も早いんじゃ……』
「大丈夫よ。明日はお休みにしたの。明日の分は今日全部終わらせてきたの」
「だからウィンテル。貴女の心の奥底に沈んでいる澱みを今夜は私が癒してあげる。……私の胸の中でね」
さ、いらっしゃい。お母さんは窓際にいた私に思わずホッとするような笑みを差し向けてゆっくり手招きをしてくれた。私も小さく頷くと既に私のベッドの中にいるお母さんの隣へと潜り込む。
「ウィンテルと一緒に寝るなんて何年ぶりかしら。でも、たまにはいいでしょう?」
『うん……。凄くホッとするの……はふ……』
「ふふふ。さ、ゆっくりおやすみなさい?」
『うん……、おやすみなさいお母さん…………ありがとう……』
「はい、おやすみなさい。……私の愛しいウィンテル」
おはようございます、またはこんにちは。もしくはこんばんは。
去年の今日に連載を開始したこの物語は無事に一周年を迎える事ができました。これもひとえに、毎日誰かしらは分かりませんがこの物語が読まれていたという事実に励まされ頑張ろうという気持ちになることが出来ていたことが大きいと思っています。
物語の終着点はまだまだ見えてこない状態ではありませんが、必ず納得のいく完結を目指して頑張りますのでどうかよろしく御見守りくださりませ。
また、わずかではありますが評価してくださったり感想を述べて下さった方々には心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
引き続き本作品をよろしくお願いします。




