79.休息と言う名前の苦行
それから私は今までに知り得た知識や情報を総動員して何とか明け方までには自分でも納得がいく報告書を書き上げることが出来、本来は一大事でもないと使用することが出来ない、緊急用の小型転移陣にてギルド総本部に送付して貰った。そして私はあまりの眠さと使いすぎた頭の疲労から来る頭痛で予想した通りに倒れて、現在ベッドに寝込んでいる。
「お姉ちゃん、無理しすぎ。本当に、もう。いっつもこうなんだから……」
『ごめん、ごめん。でも知恵熱みたいなものだから明日には回復するわよ。保証するわ』
「お姉ちゃんのこの類の保証はあまり当てに出来ないんだけど?」
『えー?そんなことはないよー?……ま、私のダウン一日で助かる命や減る被害が出てくると考えれば安いものじゃない。それよりいいの?ドゥエルフ君たち待ってるんじゃない?』
「はぁ。もぅ…………私がいない間に勝手にベッドから起き上がったりしてないでよね?お姉ちゃん」
『はいはい。おとなしくしているから早く行ってらっしゃいな』
健康問題に関してはエレンの中で私は余程信用がないらしく何度も念を押されてしまった。否定できないのが苦しいところだ。
けれども今回ばかりは確実に最低でも二人分の命が掛かっているのだからしっかりと休むつもりでいる。何事もなければ。
それにしてもラドル支部からの調査依頼クエストが思いもよらないところからの情報で一定の成果を確保してしまった。地下図書館にもう一度潜らないといけないと思っていたのにまさに棚からぼた餅だよねぇ。
『ひとまずこれであの古代遺跡に関しては私の手から確実に離れるだろうし、これからは護衛任務に専念出来そうかな。ただ、出入規制が発令されるとなるとどうなるんだろう』
冒険者ギルドに加入している人間には例外なくランクというものが付与されていてこれによって選べるクエストに制限が課されたり、報酬が変わったりしている。現在ギルド総本部が公表しているのはE−から始まりS+までの18段階でこれらは積み重ねてきた実績と備えた実力。そして個人によって形式が異なる昇格試験の結果などを総合的に判断して決定されている。この昇格試験に関しては困難なクエストそのものも該当し、クエストを無事達成出来れば報酬として昇格すると言うこともよくある話だ。
因みに私の現在のランクはB-。学院を首席卒業したという評価とウィザード魔術を習得した実力、そして名誉称号とはいえ史上最年少にて学院導師位を与えられたということから本来ならば個人によって若干の差異はあれど卒員生の大半がEランク、折り紙付きの優秀な人材でもD−からだというのに私はC+からのスタートを認められてしまった。そして今回の護衛任務を成功させればBへの昇格が決まっているらしい。自分の命も掛かっているとはいえこんなにランクアップを重ねてしまってもいいのだろうか、と最近少し疑問に思いもし始めているところだ。
『まぁ、お偉いさんにはお偉いさんの思惑もあるんだろうけど。それよりも実力的には私よりもアイシャちゃんの方があるはずなのにCランクなのは納得いかないなぁ。“笑う魔女”の影響を差し引いても』
「何言ってるのよウィンちゃん。素直に失われた魔術系統だったウィザードを復活させたばかりか才能や運に助けられている面があるとは言えそれなりに使いこなせている点を評価されているということを受け入れなさいって」
『アイシャちゃん?!』
「チャオ〜。朝の定時連絡無いから来ちゃった」
『あ、ごめん。総本部に出す緊急報告書を今朝早くに書き上げてそのまま力尽きちゃったから』
「まぁそんな事だろうとは思っていたけれど。エレンからは特に連絡無かったしね」
呆れたように笑うアイシャちゃんははい、これ。といつもの特製ドリンクを私に渡してくれる。味はおばあちゃん程ではないけれども味より効果を重視したこのドリンクは飲めないわけではないけれども普段なら余り飲みたいとは思っていない。でも今みたいな状況なら話は別。回復出来ると分かっているなら美味しさなんて二の次、三の次。
…………とはいえ。
『うげぇぇぇ……』
「ウィンちゃん、女の子がうげぇぇぇ、なんて言わないの。美味しくないの分かって飲んでいるんだからそこは堪えなきゃ」
『そんなこと言われても、げほっ。不味いものは不味いって……』
「じゃあ飲むのもう止める?」
『…………飲む。頂戴』
「無理しなくてもいいのよ?」
『妥協して死ぬより飲んで苦しむ方がマシ』
私だけの問題ならまだしも、私が倒れる事で生じる不都合はまさに致命的。そしてそれが私の出来ることをしなかったから、なんて事になったら死んでも死にきれない。だから死ぬほど不味くても死ぬような効果で無いかぎりは後悔しないために、生き延びるために、そしてあの子たちの笑顔を守るために最善に最善を積み重ねて行くしかない。
『……ねぇ、アイシャちゃん。おばあちゃんのもそうだけど、美味しくて効果が高いというのは無理なの?』
「出来るけど、一番安くても白金貨単位になるよ」
『…………頑張る』
「分かって貰えて嬉しいよ。じゃあこれが最後の一本。がんばれ〜」
『ねぇ、匂いが半端ないんだけど本当にこれ飲んでも大丈夫?……おばあちゃん並みなんだけど……』
「そりゃそうよ。原液をウィンちゃんが死なないレベルに改良しただけで材料変わってないもの」
『…………………正気?』
「無理しなくてもいいよ、とは言っておくよ。効果が強烈過ぎて生死の境を彷徨ったというのは聞いているしトラウマだろうから。でもね、ウィンちゃんのおばあちゃんが選んだ素材は入手困難なそして薬効は確かなものばかりだからちゃんと調整を根気よく繰り返せばウィンちゃんでも飲めるように出来るの。というか、私がしたの。私を信じて飲んでみて?大丈夫、私もちゃんと味見して飲んだから」
『……何回気絶したの?』
「調整完成するまで毎回」
その言葉を聞いた私は覚悟を決めて鼻を摘んで一気に喉の奥へと流し込んだ。確かに、確かにアイシャちゃんの苦労が感じられる。けれど。
『がっ、ぐ、うぁぁぁ……げほっ、げほっ、きもち、わる……これ、は……』
「ふふふふふ……気絶なんてさせないよ?」
『アイシャちゃ……謀ったわね……』
「安全に飲めるようにしたとは言ったけど、美味しくなったなんて言ってないもの。親友なら苦しみも分かち合ってくれるよね。ウィンちゃん」
***
『ううう、朝からひどい目に遭った気がする』
「なによぅ、体力気力魔力まで回復してあげたのに何か問題あるの?」
『ナンデモアリマセン』
口直しに、と淹れた紅茶の飲み慣れた味と香りに心底ホッとする。やらかしたのは私の責任だし、アイシャちゃんは助け船を出してくれただけなんだから文句を言うのは筋違いだなんて頭では十分に理解している。してるけど。
『私、このクエストから生還したら美味しいポーションの作り方探しに潜るんだ』
「そういうの何ていうか知ってる?死亡フラグっていうんだよ?」
ウィンテルのギルドランク表記が間違っていましたので修正しました。(2015/03/18)




