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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
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75.領都騎士団

 領都レイニームーンには追われる立場になったせいか予想よりも早く午後三時くらいには到着する事が出来た。この街はすぐ近くに“雨の森”というモンスターが比較的多い、いわゆるフィールドダンジョンがあるために城壁が二重になっていて、市街地を囲む第一城壁と農耕地を囲む第二城壁があり今目の前に見えて来たのは第二城壁の南城壁門だ。第二城壁には他に北城壁門と東城壁門が存在し、東城壁門からは更に他のフォレスト地方都市へと小街道が延びていて、北城壁門からは“雨の森”へ通ずる小道が続いている。

 市街地を取り囲む第一城壁には南側にある中央城壁門だけしかなく、防衛上の理由だとかしか聞かされていないがダナン帝国時代に使われて今は封鎖されている廃門が北側にあるということは知られている。

 人通りは結構まだ多いのでここまでくれば一息付けるだろう。と思っていたら少し甘かったらしい。城壁門の方に行列が出来ている。何だろう、あれ。


「おじさん、この行列はなぁに?」

「ん?あぁ、何か事件があったみたいで領都騎士団が入城審査を厳しくしているらしくてさ。いつもなら身分証か通行証で終わるんだが」

「あらら。それは困ったわねぇ。うちの子たち、へたばっているから早く休ませたいのに」

「おやおや。……ん?お前さんたち、冒険者か。なら先に行ってみるといい。優先的に入れてくれるはずだ」

「本当?ありがとう、おじさん。さ、みんな行きましょう」


 行列の最後尾に到着するとラミエルちゃんが最後尾にいた旅行者らしいおじさんに早速聞き込みを開始する。事情を聞けば事件による警戒体制との事で、普段ならやらない事をしていると言う事は結構面倒な事態になっているのかもしれない。ともあれ優先的に入れてくれると言う事なのでみんなが並んでいるその脇を更に歩く事数分。受付らしきものが見えて来たので私が手続きに赴く事にした。普段なら経験を積ませるためにやらせるところだけれど今回は別。目的地は第一城壁の中のさらに奥の方だし、この分では第一城壁中央城壁門でも似たような事やっていそうな気がしてならない。


『すみません。ウィシュメリア冒険者ギルドのラドル支部にて依頼を受けているパーティー《氷翼を追う者》とその引率者ですが、手続きはどちらでしょうか』

「ん、冒険者窓口はこちらだ。まず依頼を受けているのであればギルドが発行している証明書を拝見したいのだが」

『こちらです。ご確認下さい』

「うむ、確かに。貴女が代表者かね?身分と氏名、それから身分証をお願いしたい」

『はい。王立地下図書館司書及び賢者の学院ウィシュメリア校名誉導師、ウィンテル・ウィンターです。身分証はこちらとこちらに』

「なんと!貴女がかの有名な《魔術の申し子》ウィザードのウィンター伯爵令嬢ウィンテル様でしたか。お噂はかねがね。春先に起きた図書館の奇跡はこちらまで届いておりますぞ」

『まだまだ未熟者ですので……。ところで今回の依頼に当たりそちらの本部にお邪魔したいのですが、今から伺っても宜しいでしょうか?』

「分かりました。中央城壁門と本部に連絡しておきますのでこちらの通行証をお持ちになってお進み下さい」

『ありがとうございます。それでは失礼致します』


 行列に並んでいる人達と南城壁門を警護している騎士団の人達からの好奇の視線が背中に刺さっているのがわかり「あのお嬢ちゃんがウィザード?」「若いのに大したもんだねぇ」「病弱そうに見えるけどなぁ」等々の騒めきが結構恥ずかしい。更には「あー、知ってる知ってる、《銀光の護り手》だろ?」とかいう声まで聞こえて内心少し焦っているのは秘密だ。まさか、また新しい二つ名なんだろうか。いやだなぁ、あまり目立ちたくないのに。


「……先輩。なんかまた増えたみたいだな。非公式二つ名。大変だなぁ……」

『言わないで。ついでに忘れて頂戴』

了解りょーかい。ま、それは抜きにしてミランダたちは勉強になったか?」

「はい。色々見聞きして糧に致しますね。ありがとうございます」


 南城壁門を通り抜けて中央城壁門へと延びる中街道を歩き始める。ちなみに東城壁門へは第二城壁の内側に沿って延びる新しく出来た街道を進んでも辿り着く事が出来るそうで、帝国時代よりは楽になったそうだ。

 第二城壁の内側は一面農耕地や溜め池、牧場、養畜場などの領都に住む人々の胃袋を支える農業地帯になっていて農家の人達が一生懸命に収穫作業や世話をしているのが見て取れた。城壁に囲まれているせいか安心感漂うのどかな風景が広がっている。レイニームーンのように農業地帯を城壁で囲っている都市はどちらかといえば少数で大体は囲っていても木材の壁か石積みの壁で、地方によっては壁すらもなくただモンスター警戒の見張りだけをおいているだけ、または何も無いというのが大半でこれらは立地条件や財政状況、歴史的背景によっているらしく一朝一夕になんとか出来るものではないらしいのだけれども今回の大量発生を機に財政状況に余裕があり、なおかつ被害が深刻な地方では城壁かそれに類するものによる囲い込みを検討し始めたという情報が流れ始めたみたいで材料関係の生産系ギルドが動き始めたようだ。


「ウィンテル様とお連れ様方ですね。こちらの客室にてお待ちいただけますか?間もなく外壁巡回警備隊の者が参りますので」

『ありがとうございます。時に私たち以外にこちらを学院パーティーが訪れたりしていませんか?』

「いえ。本日はまだいらしていませんね。いらっしゃるのですか?」

『はい。今回の“狩り”の戦力不足を補う為にギルドと学院は協定を結び、最上級生かもしくは優秀な新入生と最上級生の混合、いずれかのパーティーを投入し始めました。一応引率者として図書館司書やギルドのベテランが付いていますが』

「むむむ。それは中々にシビアですね。こちらにいらっしゃるという方々は?」

『今夕か明日には到着すると思います。最上級生のみで編成されていまして、“雨の森”の巨大ジャイアント種を狩る依頼を受けているそうです』

「なるほど。それで?」

『どうやら好奇心と正義感が強すぎる傾向にあるらしいので、間違っても奥には、特に濃霧の方には行かないように警告してください。私たちの任務の妨げになりかねませんので』

「分かりました。何か特別な事情があるようですね。詳細は担当の者に説明してくださいますか?」

『明かせる範囲でしたら』

「それで結構です。それではお待ちください」


 ラミエルちゃんたちを先に部屋に入らせてから問題の学院パーティーの事を聞いてみればまだ来ていないらしい。モンスター絡みの情報を集めるならば治安機関である領都騎士団に来るほうがそこら辺の一般市民が集まるような場所で聞き込みするより早いし正確だから必ず寄るはずだ。通常の“狩り”ならある程度は中央広場の告知掲示板に情報公開されるのだけど、今回は無闇に混乱させないよう、情報統制されているような非常事態においては一般市民の情報は正確でない可能性やデマなどの可能性を否定出来ない。そこに気付けるといいのだけれど、正直、不安だ。

 そこまで考えてしまった以上は彼らに対して打てる方策はしておくしかない。応対してくれた同い年くらいの女性騎士に事情を簡単に説明して彼らが来たら必要な情報と警告をしてもらえるように頼むことが出来たのは幸いだった。これで自重してくれるといいのだけれど、それでもダメなら最悪奥の手を使おう。一か八かだからやりたくない手段だけど。


***



「お待たせ致しました。外壁巡回警備隊隊長を務めていますハミルトン・ネルー特務少尉です。貴女がウィリアム先輩のお嬢さんですね?」

『初めまして。ウィンテル・ウィンターと申します。……父をご存知なのですか?』

「ええ。貴女のお父上でいらっしゃるウィリアム先輩とは昔にパーティーを組んだ事があります。中々にいい経験を積ませて頂きました。ウィリアム先輩によろしくお伝えください」

『はい。では本題に入らせて頂いても宜しいでしょうか?』


 今回ギルドから受けた調査クエストは実は私の受けた指名クエストに対する隠れ蓑だと後からクレアさんに聞かされた時は思わず言葉を失ってしまった。確かに巻き添えは出来る限り減らせるだろうけれど不測の事態も起こりやすい濃霧の近くで迎撃戦はするものじゃないと思う。今回はマリア先輩の予知夢やアイシャちゃんが準備してくれたガープスネックレスを利用した支援を受けられるからなんとかマシな準備が出来たけれど……今度からは最初から教えて欲しいものだ。


「まず、“雨の森”は元々そんなに危険な場所ではありませんでした。モンスターもほとんどは奥地にある濃霧との境界付近に生息している程度で、外周部は森の恵みに溢れているためこの時期は子供たちが木の実等の収穫に行く事もよく見る光景でした。…………去年までは」

『異変を感じたのはいつ頃でしょうか?』

「夏の終わり頃です。私たちは第二城壁の外周、特に北側を巡回警備しているのですが、日が経つに連れて小動物の気配が消えていきました」

『その当時、森の中に誰か行った方はいましたか?』

「いえ。おかしいとは思いましたが特に街への被害はありませんし、冒険者の方々も滅多にあの季節は来ませんので」

『決定的に異変を感じたのは?』

「シーズン開始の少し前です。いつものように子供たちが収穫に行ったのですが、顔を引きつらせて直ぐに戻って来たのです。小鳥の囀りも生き物の気配もなく、静まり返っていて怖い、と」


 考えられるのはおそらくモンスターの異常繁殖により獲物が足りなくなり例年なら出てこない外周部付近までモンスターが来ているのだろう。確かあそこにいるのは巨大アリ地獄、巨大マンティス、巨大スパイダーとかだったはず。となれば森の中にいた動物たちは全滅……かな。アリ地獄やスパイダーは街の方まではこないだろうけれど、マンティスは餌が尽きれば森を出て来る可能性が高い。


『当然その時点で立ち入り制限は掛けたのですよね?』

「はい。北城壁門を封鎖し、市民にはモンスターの脅威があるという理由で立ち入りを禁止しました。その上で冒険者の心得がある私が長となり森の中を少し探索したのですが……」

「…………まともな生命の気配が全く感じられない正に死の森に変わり果てていました。もう少し奥を探ろうとしたのですが、次第に周囲をもやに囲まれ始めてしまって。身の危険を感じたので撤収し、状況を上役に報告した次第です」

『それから今までの間に再調査したりとかは……してませんよね。今回の事態で余裕無さそうですし』

「はい。現在フォレスト地方領都騎士団は各都市防衛及び治安維持の為、予備役も召集して警戒態勢を続けています。それでもまだ余裕はあったのです。先日とある事件が起きるまでは」

『……それは今の城壁門における警戒態勢に関係があるのですね?』

「はい。……五日前、領主様の一人娘で今年六歳になられましたエミリアお嬢様が何者かに誘拐されて、そしてよりによって一番危険なあの森に放置されてしまったのです」

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