68.氷翼を支える者
「結論から言えば答えはナイン、つまり否だ。だが、お前を将来支えるパーティー、《氷翼を支える者》になら構わない」
『……え?』
私を支えるパーティー……?そんな話、聞いていない……。
「来春、エレンたちが卒院したら結成するパーティーだ。メンバーはエレンたち四人にハヅキ、アイシャ、マリアを加えた七名。それぞれに意志確認を行い同意を得ている」
ドゥエルフ君、ハーレムだねぇ。違うけれど。まぁ問題点はそこじゃなくて。
葉月ちゃんはまだ冒険者としての初歩にも到達していないはず。そして立場上学院への編入学が難しい。それなのに将来的とはいえパーティー登録を許諾するなんて……。
「……お前の言わんとしている懸念はハヅキの事だろう?」
『ええ。葉月ちゃんは無理にパーティーに加えなくても』
「本人からの強い希望、だ。だから最低限の事は母さんと私、ヨーク、レックス、それとミッシェルで来春から叩き込む」
お母さんとお父さんが教えるのは魔法学全般といったところだろう。ミッシェルさんが近接格闘術、レックスさんは弓を中心とした遠距離戦闘術。ヨーク技官は恐らく冒険者の一般教養だと思う。
『お互いに本気、なんだね?じゃあ私も腹を括るね。……世の中には絶対はないけれども最善を尽くしていくから』
「ああ。お前が大切にしたいと思うのならばその想いを常々忘れるな。そして周囲も同じくらいにお前の事を想っていると言うことも」
ありがとう、そう言って代理補佐執務室を辞した愛娘ウィンテルを視線で見送ったウィリアムは再び静寂に包まれると、一言ポツリと呟いた。
「……もう、我々の代で解き放たねばならぬ」
***
『お待たせ。ごめんね、みんな』
「大丈夫ですよ、先輩。依頼内容に関する打ち合わせをしていましたから」
『じゃあ次は学院購買かしら?』
「はい。支度金を頂きましたのでミランダさんたちに説明しながら、と考えています」
どうやら私を待っている間の時間を無駄話に費やすことなくきちんと打ち合わせに使っていたようで、身内贔屓なしに評価できると思う。本番になったら本気出すなんてことは余程の実力者でなければ無理だから。ならば常に本気でいるしかないだろう。勿論休む時はきちんと休息をとるというメリハリは大事だけどね。
「今回の依頼は近くの街を拠点にできるから保存食はその街に着いてから考えましょう。街道を外れない限りは遭難もないでしょうしね」
「ミランダたちは冒険者基本セットは揃えているか?まだなら買っておけ。セットの方が安いからな」
「マジックアイテムを買うような余裕はないけれども、誰でも使用可能な護符や一部の各種晶石は比較的安く買えるんだよ?」
「だからパーティーにとって必要だと考えられるものについてはみんなで相談して費用は折半するのが多いかな」
ラミエルちゃん、ドゥエルフ君、エレン、リリーちゃんが順番にミランダちゃんたちに懇切丁寧に教えて行く。最上級生は何度か学院外に出ることがあったけれども、新入生のミランダちゃんたちは初めての本格的な冒険だから後々(のちのち)の為にも基礎的な認識は共有させた方が無難だからね。
『みんな、良く聞いてね?今回の冒険は今日からパーティー単位での行動が義務付けられているの。だから各自準備が整いしだい今夜はウィンター家に集合する事。夜に最終確認して問題なければ明日出発よ』
「了解。じゃあ必要物資を揃えたら次は武器と防具の手入れをしに行きましょう」
『よろしくね、ラミエルさん。私はちょっと図書館に用事があるから後は任せたわ』
「お任せ下さい」
みんなを見送った後私はすぐに隣接している王立地下図書館へ向かう。昨日のうちから続けていた作業の仕上げをしなければいけないからだ。
最終的に件の護符はコッタン組の令嬢全員と私の七人が所持するということにして、その発動タイミングは私が勘案するということに落ち着いた。その代わりに複数同時連動発動にさせる分作成に必要な魔力や精神力は増加し、織り込む術式は複雑化したため倒れた翌日からずっと司書長室隣の最早私専用の作業室と化した部屋にて作成に専念していた。その苦労も今日までだ。……仕上げが上手く行けばだけどね。いや、成功させなくちゃ。未来を切り開くために。
ドアの表に《作業中につき立ち入り禁止》の札を掛けて施錠すると、さらにロックの魔法を掛ける。窓にはカーテンを広げて外から見えないようにしてあるが、遠見の水晶などで覗かれないように更に室内に結界を張って慎重に慎重を期している。この切り札の存在を暗殺者に知られる訳にはいかないから。
『よし、と。順調に行けば迎えが来るまでには終わるはずだから集中しよう……』
レックスさんから借り受けている風の精霊石を手に取り机のうえに設置した魔方陣・ヴァシュヌの紋章の所定の位置に安置すると私は精神を集中させてプレダナン語による詠唱を開始するのだった。
***
…………一方その頃。
「ところでミランダ。野宿の経験はあるのか?」
「徒歩での旅行は経験ありますが……野宿は経験させていただけませんでしたわ、さすがに」
武器防具の手入れが一足早く終わったミランダにドゥエルフが確認を取ればミランダは、高すぎる身分は時には厄介なのですと嘆息しながら返答する。
「やっぱりか。まぁウィシュメリアならともかく他国の高位貴族のしかも令嬢ともなれば、そっちが普通だろうしな。だが、その様子だと野宿が嫌いと言うわけではないんだな?」
「えぇ。幼い頃に親戚と集まってキャンプと言うものを体験したことがあるんです。とても楽しい思い出でしたから……ねぇ、セレス」
「はい、ひぃさま。今いるメンバーが初めて出会いましたあの日はよく覚えています。とても楽しゅうございました」
続いて手入れの終わったセレスが話の輪に加わり自分の分を含めてお茶を運んで来て振られた話題に応える。ラミエル、エレン、リリーは金属鎧を身につけている面々達の指導の為それぞれに付き添い細かく実戦向けのコツなどを教えているようだった。
「そうか。ただまぁキャンプと野宿は野外で一晩明かすのは同じだがそれ以外は結構違うからもしそうなるときは覚悟はしておいてくれ。基本的には宿屋に泊まる方針だがな」
「えぇ。勿論ですわ。そもそも冒険者になろうと考えた時点で普通の貴族令嬢の暮らし方は求めていませんし」
「私たちはひぃさまに最後まで付き従いますわ。それに……精霊王国王都にいては体験出来ないことがこちらにはたくさんありますから。毎日が楽しゅうございます」
実際あちらにいては料理を学ぶことは恐らくほぼ一生無かっただろうし、平民を交えての気楽なお茶会や、護衛を付けない友達同士でのウィンドウショッピングなんて夢のまた夢だったに違いないだろうから。あまりの違いに最初は思い切り戸惑ったミランダたちもウィンテルたちに保護されてからは次第にウィシュメリアの生活に馴染み、今ではすっかり年頃の女の子として日々の生活を満喫し始めていた。
「まぁ、あれだ。俺たちは仲間なんだから困った時や分からない時は遠慮なく頼れ。たとえお前らが国に戻っていたとしても、だ」
「そうよ、ミランダ。遠慮なんてしたら怒るからね?……同じ氷翼の下に集った仲間なんだから」
「…………ドゥエルフ先輩、ラミエル先輩。ありがとうございます。……私も、ウィンテルお義姉さまや先輩方の助けに成れるときは駆け付けますね」




