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Geister Kontinent   精霊大陸での日常  作者: うぃんてる
第一部 賢者の学院編
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64.過去の記録

 静寂に包まれた地下へと延びる階段を自分の靴音だけを響かせて降りていく。光晶石こうしょうせきを使用して魔法語魔術のライトを発動させて周囲を明るく照らしながら。いつもは妹たちのパーティーに付いていく事が多いので、自分一人だけの探索は実に一年ぶりだ。気を引き締めないと。


『誰もいないと本当に静か……』


 右手に携えている、幻の魔法金属と言われている氷霊鉱石ひれいこうせき製のデスサイズを不思議な想いで最近眺めるようになった。


『……いつの間にか私の持ち物にあったこの氷属性を持つデスサイズ。使えば使うほど私の手に馴染む……』


 しばらくの間階段を降り続けて地下15階。ようやく最初の歴史的事件などを納めた書物が主に並んでいるフロアに辿り着いた。今のところ歪みの前兆も、徘徊しているモンスターの気配も感じられないけれど、警戒態勢は維持し続ける。病弱な身体に鞭打って初等戦士の訓練をしておいて本当に良かったと心底思っている。でなければこうして一人で探索なんて出来なかっただろうから。


『……“狩りの季節”絡みの事件……はここには無い、か。うーん、仕方ないなあ』


 念入りにフロアを探索してみたけれどもお目当ての物は見つからずに一時間程時間が過ぎてしまった。やはり簡単には見つかってくれないらしい。気を取り直して再び階段を降り始める事にした。幸いまだまだ時間はある。

 更に階段を降りて行くが何故か今日は本当に不気味なくらいに静か過ぎる。最後の最後に強敵が〜とかになるんじゃないかと思ってしまうくらいに。


『……こういうのを死亡フラグって言うんだっけ?良く分からないけれど……』


 雑談する相手もいないから自然と独り言も多くなっていくけれど、耳が痛くなるくらいに静寂に支配された空間はここまで来ると段々苦痛に感じて来てしまう。普段はモンスターや歪みに遭遇してほしくない癖にね。ホント、人間って勝手だなぁと苦笑していたらそんな私にバチでも当たったのか階段の途中で目の前に小規模な歪みが発生していくのが分かった。


『あっちゃー。言ったそばから歪み発生しちゃった。手強くないといいなぁ……』


 私はデスサイズを構え直して歪みに対して適正な距離を取り直し予備詠唱を開始する。いくら戦士の心得があったって、私の本質は魔法使い。遠距離戦闘が本分なのだ。


『!あれは……下位アンデッドだね。ならなんとかなる』


 素早く記憶から対象の特徴や弱点を思い出して相手から攻撃される前に有効な魔法を完成させて展開、攻撃を命中させて反撃を受ける事無く殲滅させて歪みを消滅させる。ドロップ品も特にはなくあっさり戦闘を終えれたことに、ふぅと一息を付く。


『うん。やっぱり大きい歪みが発生しないだけで何時も通りの図書館だね……良かった』


 やや乱れた衣服(基本的に魔法金属を糸状に加工した魔法防御能力の高い特注品)を整えて水筒に入れてきた紅茶を少し飲み下すと私は気合いを入れ直して再び階段を降り始める。

 立ち入り禁止措置を取ってからかなり経つけれども階段やフロアに埃が積もるような傾向は見られない。ブラウニーの精霊力は感じるから彼らが掃除しているのだろうか。不思議だ。


『……っと、地下32階。ここだね。……次は見つかるといいなぁ……』


 光晶石を取り出してライトを再度掛け直し明るさを維持し直すと、丁度限度回数に達していたのか、小さな破砕音と共に砕け散って消えてしまった。安くて使い勝手がいいから重宝していたんだけどなぁ。後でまた買いに行こう。


『……見つからない上にお腹空いた……。考えて見たら私まだご飯食べてないじゃない。……何か無いかな?』


 今日はエレンたちが少し買い物を多めにすると聞いたのでスィーツのお土産一つと引き替えに私のマジックバックパックを貸し出しているので、学院時代に自分が使っていた普通のバックパックを背負っている。遭難するような深さに潜るつもりというかそもそもギルドから探索クエスト貰うとは想像もしていなかったのでお昼は普段通りに図書館食堂で摂るつもりでいてお弁当を用意していないんだよね。


『ん。…………干し肉があったけれど……これ、いつのだろう。塩漬け肉だから結構持つのは知ってるけれど……』

『…………他には見つからないし。いっか、食べちゃえ。死にはしないだろうし』


 少しちぎって口のなかに放り込みしばらくの間モグモグと噛み締める。じんわりと口の中に広がる懐かしい味に体力的に厳しかった学院時代の実戦実習をぼんやりと思い出す。


『エレンたちも来年には卒院か……来年はどんな年になるんだろう。来年こそ平穏無事だといいな』


 僅かばかりの干し肉と水筒の紅茶で簡単な遅い昼食を終えると再びフロア探索にもどる。そうしてそろそろ戻らないと厳しくなる頃に私は“狩りの季節”に関するタイトルではないけれども気になって仕方ないタイトルの本を二冊見つける事になったのだった。


『うーん、《雨の森と霧の城調査報告書》に《バハル湖調査報告書》かぁ。直接関係無いかもしれないけれど貴重な文献には違い無いね。もうこんな時間だし本日はここまで』


 バックパックの中に二冊の報告書を大切に仕舞い込むとゆっくりと今度は階段を昇り始める。何も成果がないなら帰還護符リターンランドが早いのだけど、そうなると図書館の本の持ち出しは不可能になってしまう。境界結界を通過する事で初めて地上に移動させることが可能になるのだ。どういう理屈なのかは全くもって未だに解明されていない。


『……考えて見たら何もばか正直に歩いて行かなくてもいいよね。飛んでいこうっと。《ガイスター・フリューゲル》』


 問題なく発動した背中の氷翼を羽ばたかせて速度を調整しながら一気に出口へと飛んでいくことにした。


***


「お帰りなさいウィンちゃん。何か成果あった?」

『んーん。お目当ての物は見つからなかったよ。もう終わり?』

「うん、あとはウィリアムさんが来てくれるまで食堂でお茶でも飲もうかなって」

『私も行くよー。お腹空いちゃった』


 今日の仕事はもう終わりだと言う葉月ちゃんと一緒に上に上がり食堂で一息ついておしゃべりに花を咲かせていると、二階からレックスさんとお父さんが難しい顔をして降りてくるのが見えたので右手を上げて合図をしたら、気が付いたお父さんがレックスさんと別れて私たちの方にやってくるのが見えた。


「ウィンテル。特に用事が無いなら三人で帰らないか?話しておきたい事もあるし」

『うん、お腹空いちゃったし、疲れたから帰るよ』

「よろしくお願いします、ウィリアムさん」


 シャープル山脈にかかり始めた夕日に照らされた石畳を学院の馬車が私たちの屋敷まで走っていく。馬車の中は終始沈黙に包まれて静かで、気が付けば私は葉月ちゃんの膝枕で到着するまで熟睡してしまっていたのだった。

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