63.不審者
「…………なに?」
『人相その他は後程お知らせしますが……目的が分かりません』
「分かった。こちらも気を付けよう。で、当面はどうするつもりだ?」
『そうですね、葉月ちゃんの送迎については念のため、お父さんにお願いしようかと。葉月ちゃんは冒険者ではありませんから万一が怖いんです』
「分かった。連絡しておこう。……だがそのうち、初歩くらいは手解きしておけよ?いざというときに困るからな」
『はい。あとは特殊技術協会に伝手が出来ましたので人相等分かりしだい問い合わせてみようと思います』
ただの好奇心とかならいいけれども、ミランダちゃんの件を考えれば油断はしないに越したことはない。私に取って葉月ちゃんは弱点の一つだし、誘拐されて利用されたりしてしまったらろくな事にならないのは目に見えている。
「これから潜るのか?ハヅキなら地下にいるから良ければ会っていけよ」
『はい。色々ありがとうございました』
私は臨時探索許可証をいただいて地下へ下りる階段にいく前に先ほどの彼女のところへと歩いて行った。
『……ねぇ、さっきの人の特徴できてる?』
「できてるよ。はい、手配書」
『手配書、って……まったくもぅ。じゃあもう一枚をレックスさんのところにお願い。明日もここ?』
「明日は地下だよ」
『分かった。明日はお礼にお弁当作って来てあげるから期待してて』
「ラッキー♪」
やたら詳しく記載されている手配書ばりの似顔絵付きな不審者の特徴が書かれた紙を受け取り眺めてみると確かに昔からいる職員さんたちではない新しい人のように見える。身に付けている制服は確かに学院職員のものだったし。
そうこうしているうちに地下の神域結界フロアに到着したので“手配書”をポーチに折り畳んで仕舞い入れ、境界結界修復本部にいる受付担当者の元に赴く。
『こんにちは、葉月ちゃん。今のところは問題なし?』
「うん、今日はおとなしいかな。どうしたの今日は」
『うん。今から潜るから手続きお願い。許可証はこれね』
「ん。気を付けて行ってきてね」
葉月ちゃんの事務手続きが終わるまでの間に私は探索準備を始める。今回の探索目的は近代の歴史書だからそんなに深い場所にはないとは思うのだけれど。けれども今回の異常繁殖が本当に稀なケースだとしたら深い場所にあるかもしれないし、油断は禁物。最初から本気でいこう。
「はい、お待たせ。処理完了したよウィンちゃん」
『ありがとう葉月ちゃん。それから今日から帰宅する時はお父さんと一緒でお願いね?しばらくの間は』
「……何かあったんだね?了解」
『夜になったら説明するよ。じゃあまた後でね』
***
一時間程前。ウィンテルが王立地下図書館に到着した頃。
「ふむ。さすがに二つ名持ちだけはあるな…………」
一人の学院職員制服を着ていた、男性とも女性とも取れるような顔立ちの人物が図書館から少し離れた茂みに姿を隠して自分の送った視線に対する反応から分析した、ウィンテルに対する自己判断を頭の中で重ねていた。
「……それにしても本部は……いくら伝説のウィザードの再来とはいえ、あの程度の小娘に何を怯えているのやら。侯爵令嬢暗殺に見せ掛けて暗殺、可能なら死体回収とか」
自分の実力なら他愛ない。ただ、姿を見られるのだけがまずい。だから今度の学内実戦訓練実習は都合がいい。そう心の中でほくそ笑みながらどこで仕掛けるかを思案しながらゆっくりとその場を離れていくのだったが、僅かに芽生えたウィンテルに対する慢心により薄れた警戒心が更に少し離れた場所にいたセルディクを見つける事は無かったのだった。
「……ようやく見つけたぞ?しかしよりによって奴か。参ったな……彼女だけでは重荷かも知れないな」
セルディクは声に出さずに一人ごちるとようやく絞り込みに成功した目標人物、それも暗殺ギルド構成員である人物に付かず離れずの絶妙な距離を保ちながら尾行を再開するのだった。
「おーい、デミル係長。例の買い出しを頼んだ物品はもう大丈夫か?」
「あ、ウィリアム代理補佐。すみません、まだ買い出しに行かせた臨時職員のパルミラ君が戻っていないんです。……また道に迷ったのかなぁ?」
「おぃおぃ。いくら何でも遅すぎるんじゃないのか?それに、仮にも冒険者が道に迷うのはどうかと思うぞ。……まぁいい。帰って着たら連絡をくれないか?」
「わかりました、すみません。次はないように指導しておきます」
「頼むよ」
学院事務局を後にしたウィリアムは今後の臨時職員採用について、今回の事案をどう生かして身元確認などの改良をするべきか少々頭の痛い思いだったが、今はそれを考える時ではないと頭を切り替える。
《ウィリアム。今は大丈夫か?》
「少し待て…………いいぞ、レックス」
《ウィンテルから報告と依頼だ》
「ん?何かあったのか。なんだって?」
《不審人物に尾行されたそうだ。それで今日からハヅキの送迎に関して直衛を頼むとよ》
「……構わないが。それほどなのか?」
《ああ、最初は俺も大袈裟だと思ったんだが……あいつの勘は相変わらず鋭いな。聞いて驚くな?……中性的な顔つきで有名なサンドラだとよ》
「…………今からそっちに行く」
遠隔通話護符を通じて突然話しかけてきたレックスからの思いもよらない情報にウィリアムはその名前を聞いて思わず顔を顰めた。仮にそいつが件の手配された暗殺者だとしたらウィンテルたちのパーティー編成では苦戦する可能性が高い。手に負えないとは言わないが状況によっては厳しい事になるかもしれない。それくらいの相手だ。
「やれやれ、面倒な人間を送り込んでくれたものだ。しかし…………いくら護衛込みだとしても過剰戦力じゃないのか?」
侯爵令嬢だけを暗殺するだけならサンドラレベルを送り込んでくるほどではないはずだ。殺す以外に目的があるのか?……だがそうするとコッタンの首謀者の思惑から外れる事になる。向こうは純粋に暗殺を望んでいたらしいしな。
「…………どうもきな臭いな」
ウィリアムは執務室にいるフェルリシアに外出する旨告げると足早に隣接する図書館へと向かうのだった。




