60.打ち合わせ
ギルドマスターからの指名クエストを受諾したウィンテルは報酬に関する説明を受け、ギルドから受けられるサポートの確認などを終えて学院長代理と並び歩きながらまだ日の高い闇の日の陽光を浴びつつ、学院長執務室へと歩いていた。
『ねぇ、お母さん。いくつか私、疑問点があるんだけど……』
「でしょうね。話は部屋で聞くわ。私も貴女に聞きたいことがあるし」
そのあとは適当な世間話をしながら途中学院食堂の購買に寄ってお茶菓子をいくつか買い、揃って執務室に入るとフェルリシアは執務室のドアの外側に会議中の札を下げてから施錠した。
その間にウィンテルはティーポットとカップを温め始めながら部屋備え付けの給湯室にて魔導コンロを作動させて湯を沸かし、買ってきたお茶菓子を受け皿に並べ始める。
『お母さん、残りのメンバーは学院長代理補佐と技官長さんでいいの?』
「あらどうして?」
『だってこんな重大な話は私たちだけでするものじゃないし、できるだけ一同に会して行った方がいいじゃない』
「人選の理由は?」
『お母さんは事務的な担当者で、お父さんは王宮や領主さん向けの外交的担当者、ヨーク技官長は恐らく一年生を含むパーティーのサポート担当者なのでしょう?』
「…………呆れた。鋭いじゃない、ウィンテル。さすがねぇ」
フェルリシアは応接セットの準備をしながら愛娘の答えに舌を巻きつつ、けれどもその成長に感慨深い笑みをこぼしていた。
「だいたい当たりだけど。あと二人分追加で用意して貰えるかしら?」
『え?あとは誰が来るの?』
「ふふふ、それは来てからのお楽しみ、よ」
***
30分後には執務室の応接セットにお母さんを除く5人が席に着き、お母さんは自分の執務机の椅子に座っていた。
「本日はお忙しい中ご足労戴きまして有り難うございます。打ち合わせに入る前に初対面の方も居ますので紹介致しますね」
私がそれぞれの前に温かな湯気と香りの立つ紅茶をセッティングして着席するとお母さんが立ち上がり挨拶を述べる。
「右手から。まず、当学院の学院長代理補佐。ウィリアム・ウィンター伯爵」
「よろしく」
「次に同じく当学院の技官を束ねる技官長、ヨーク・シルフィール」
「若輩者ですがよろしくお願いします」
「次に、特殊技術協会よりお越しくださいました、セルディク・スプリングフィールド子爵様」
「セルディクです。よろしくお願いします」
「そして、王立地下図書館より主任司書のマリア・フォーリン子爵令嬢様」
「よろしくお願いしますわ」
「そして最後に当学院名誉導師ウィンテル・ウィンターです」
『まだまだ未熟者ですので宜しくご鞭撻願います』
一通り簡単な自己紹介を終えてフェルリシアが学内の状況を報告し始める。
「さてと。昨日までの学内状況ですが。特に学生側におかしな面は見られませんね。ミランダさん周辺にはアマチュアにしては練度の高いジーナさんに加えてマリスさんという逸材もいらっしゃいます」
「ふむ。セルディク殿、絞り込みはまだ無理そうか?」
「は。相手もプロ、そう簡単にはしっぽを出しはしないでしょう。ですが時間の問題でもあろうかとは思います。伯爵閣下」
さっそく始まった情報交換に以前からこのような場はあったのだろうと言うに足りる親密さを感じ、目の前の男性――セルディク子爵と両親のやり取りを静かに聞くウィンテルはマリアに脇を突かれて小さく畳まれた紙片を渡された。
『?』
「……あとでね」
それだけ言うとマリアは再び前を向いてしまう。訝しながらもウィンテルはそっとその小さく折り畳まれた紙片を開きその中に書かれていた文字を盗み見ると《相談ごとあり、このあとで》と書いてあった。
「報告は以上です。申し訳ありませんがこの後も予定が立て込んでおりますので失礼してもよろしいでしょうか」
「ええ、忙しいなか来て戴いて助かったわ。また何か判明したら連絡をお願いしますね、セルディク様」
セルディク子爵が席を辞し執務室から退室する。ふぅ、とため息をついて凝り固まった肩を解すかのように首周りの筋肉を揉み始めたヨーク技官長を見て私は思わずクスリと笑ってしまった。
「さ、ここからは顔馴染みだけだから気楽にいきましょう。ギルドからの要請に基づき来週頭、光の日から週末の闇の日午後までは最上級生全員と、先日のコンペで優秀な成績を残した4パーティー、そしてウィンテルが引率するパーティー《氷翼を追う者》を王都近郊に限定して実習させます」
「まぁ、理由については説明済みだから割愛するが今回は如何に被害を増やさずに済む場所におびき寄せながら迎撃するかという割と面倒な上に精神的に来る状態なわけだ」
「さすがにウィンテル、貴女が優秀でも引率と監視、警戒までさせるのはきついと思うのよ。だからマリアさんを単独でウィンテルたちのサポートに就かせるわ」
うーん、確かに言われてみればその通りで夜間は特に夜通し警戒する羽目になりそうだ。さすがに睡眠不足は避けたいところ。そこまで頭が回っていなかったなぁ。
「我々技官側は何か異変を感じ次第、学院長代理を経由してお前に連絡する。先日雇用した臨時職員たちに目が届きにくくなるが……まあ仕方があるまい」
「ま、今の時点では情報が足らなさ過ぎて何もとまでは行かないけれどもあまり対策が取れないのよね。そういえばあなた。スケープドールは借りられそうなのかしら?」
「ああ、そちらは問題ない。この前陛下に打診したら二つ返事で許可を戴いてある。さすがに今回は洒落にならんしな」
つまり最悪一度だけならミランダちゃんの命は守られると言うことらしい。もっとも、私の可愛い義妹に手など触れさせるつもりもないけどね。それよりも私は気になっていることがある。
『ねえ、どうしてコッタン本国の首謀者が捕縛されているのにミランダちゃんの暗殺指令が取り消されていないの?デメリットばかりでメリットなさそうにしか思えないんだけど。……本当に対象はミランダちゃんなの?』
両親の表情には特に変化は見られなかったが、一瞬だけ纏う空気が変わったのを私は逃さなかった。
「そうね。普通はこういった依頼主と実行犯はある程度の連絡を確保しておくものだけれども」
「なんともお粗末なことに連絡手段が無いのだそうだ。……全くもって信じられないことだがな」
苦笑いしながら両親が最初の質問に答えてくれた。ではもう一つの方はどうなんだろう。私は頷いて次の言葉を待つ。
「それから標的はミランダさんよ。他に狙われているといった情報も状況ないわ」
『…………本当に?何か隠してない?』
「なんだってそんなことを言うのだい、ウィンテル」
『私が誰か別の、って言った時お父さん達が纏う空気が一瞬変化したんだもの』
「気のせいよ、気のせい」
『…………怪しい。絶対何か隠しているでしょう?』
「愛する娘に隠し事なんてしないし、していない。なぁフェル?」
「そうですよ。第一本当に標的がいるならそれを貴女に隠してメリットがあるわけないじゃないの」
『…………』
両親達が言っていることは確かに正論に思える。だけれどもどうしても違和感が拭えないのだ。
(……これ以上は突っ込んでも無駄かな……)
私が沈黙したことでこの話は区切りが付き、その他に幾つかの注意事項や今後の予定などを話し合って打ち合せは終了となったのだった。




