49.閑話 7月7日 七夕
記念日閑話シリーズその5。
異世界日本、燐が中学三年生の時のお話しです。
最終改稿日2015/04/12
綺麗に澄み渡った夜空には雲一つ無く、満天の星が静かに瞬いている。昼間は倒れそうなくらいに暑かったのに今は涼しい夜風が私のうなじをくすぐっている。
『こんばんは、愛ちゃん、葉月ちゃん。浴衣、二人とも似合ってるよ♪』
「いらっしゃい、燐ちゃん。ようこそ秋川神社七夕の宴へ。今年も楽しんで行ってね?」
「ふふ……燐ちゃんもホント、似合ってるよ。さ、あちらに行きましょう?今年は真理お姉様が舞われるそうなのよ」
鳥居のところで私を出迎えてくれた浴衣姿の秋川愛ちゃんと夏海葉月ちゃんに付き添われてゆっくりと境内へ通じる長い階段を登って行くと舞台の周りには近隣の住民の方々が既に集まられていて用意された座席に思い思いに座って歓談されていた。
篝火によって照らされた舞台にはすでに舞にあわせて奏でる雅楽の奏者の人たちが準備を始めていて、私たちはその脇の細道を抜けて社殿に続く秋川家の方へ歩みを進めていく。
「やぁ、いらっしゃい。園樹燐さん。今年も秋川神社の七夕へようこそ」
『こんばんは、ご無沙汰してしまってごめんなさい。秋川のおじ様。お招きしていただいてありがとうございます』
「今年も健やかに過ごせるよう、そして来年揃って進学できるようにお祈りするとしよう。それから今年は我が娘、真理が舞う。少し緊張しているようだから会って行ってくれないだろうか?」
『いつもありがとうございます。はい、喜んで……』
真理さんは愛ちゃんのただ一人のお姉ちゃんで才色兼備の美しく優しい、笑顔の素敵な女性だった。高校生になった頃から巫女としての本格的な修行を始めて、今年の春には私たちが進学予定の学園を卒業されて実家のこの秋川神社で巫女として働き始めていた。
大学に行こうと思えば難関大でも難なく入れるだけの学力は持っていたらしいのだけれども進学はせずに今に至ったらしい。秋川のおじ様は大学くらい行っても別に良かったのに、と苦笑されていたらしいけれど真理さんは巫女さんになって家業に従事するのが昔からの夢だったから、と微笑むばかりでそれ以上は教えてくれなかった。
『失礼します、燐です。よろしいでしょうか?』
「あら、いらっしゃい。どうぞお入りなさいな」
『こんばんは。お久しぶりです、真理お姉ちゃん……………』
聞きなれた優しい返事に襖を開けて中を見ればいつもと同じように微笑む真理お姉ちゃんが小さなちゃぶ台を前にお茶を飲んで寛いでいた。
「いらっしゃい、燐ちゃん。今年も来てくれたのね……どうしたの?」
『あ、いえ。その……いつも以上に綺麗で……見惚れてしまいました』
「ふふ、ありがとうね。燐ちゃんも可愛らしいわよ?」
『あ、ありがとうございます……』
それから少し近況を交えたお話をしてから私は前々から聞きたかった事を聞いてみることにした。
『真理お姉ちゃん。本当の理由、聞いてもいいですか?』
本当の理由、と聞いて小首を傾げた真理お姉ちゃんはすぐに、あぁ、と合点がいったようで少し考えていたようだけれども。
「愛、それから葉月。申し訳ないのだけれども……少し席を外して貰えるかしら?」
「「……はい、真理お姉様」」
部屋を辞した二人の足音が聞こえなくなるのを見計らって真理お姉ちゃんが衝撃的な言葉を口にしたのだった。
「……私はね、そんなに遠くない未来を視ることが出来るのよ。貴女たち三人に関する、未来が……ね」
はっきりとした事象まで見えるわけではないらしいのだけれども、少なくとも吉凶とその度合いくらいはわかるらしい。
「燐ちゃん。貴女の事をみんなが大事にしてる。夏海家も秋川家も、そして春野家、冬山家も……園樹のお家には遥か昔からお世話になって来たから。生まれつき身体が弱い燐ちゃんが無事に育って幸せになれるように、毎年願いを込めて祈祷しているの」
「…………今はまだ晴れない闇だけれども各家に伝わる儀式と祈祷術で、必ず貴女を幸せに導いてあげたいの。それが私たちの存在意義だから。だから……」
貴女も精一杯、楽しんで生きてそして幸せになって頂戴。貴女の前途が順風満帆になれるように私も想いを込めて今夜、舞うから。
そう言って優しく微笑む真理お姉ちゃんは衝撃に泣きそうになってしまったわたしを柔らかく抱きしめるとその頭を落ち着くまで撫でていてくれたのだった。
幽玄な雰囲気漂う幻想的な舞を舞う真理お姉ちゃんの初舞台を神社側が用意した席に座り鑑賞しながら先程の話を片隅に思い返す。
たおやかに見える女性の面を付けた真理お姉ちゃんが私の方を視るたびに優しくいとおしくしてくれている想いが伝わってくるのが分かってまた泣きそうになる。
「燐ちゃん、笑って。みんな燐ちゃんの笑顔を守りたいんだよ」
「わたしたちもそう。愛ちゃんも私も燐ちゃんの笑顔が大好きだよ」
『……うん』
私の両隣に座る愛ちゃんと葉月ちゃんが私の手をそれぞれ握ってくれながら耳元で囁いてくれる。
小さい頃から何度となく大きな病気にかかって死にそうな目に遭って来て、自分は幸せにはなれないと諦めてしまっていたような気がする。
けれども経緯はどうであれ私の為にたくさんの人達が私の幸せを願ってくれていることに私は…………。
『……ありがとう。たとえどんな時でも、笑顔、忘れないように……するね……』




